2010822日。

燃えるような灼熱の3日間を早稲田大学で乗り切った僕は小さな解放感に浸っていた。当分勉強しなくていいと思うと、嬉しさがこみ上げた。

でも、それと同時に、翌日823日から始まる就職活動へと頭を切り替えなければならなかった。

ただ、当時の僕は試験勉強から解放された嬉しさが就職活動の億劫さを上回っており、どちらかと言えば気分が良かった。就活を早々に終わらせ、残りの時間は誰と何をして遊ぼうか、なんてことばかりを考えていた。。。そう、これから地獄の五ヶ月間を過ごすとも知らずに。真っ暗な霧の中で進むべき方向がわからなくなるとも知らずに。


◆大手監査法人編 前篇~823日-931日~

勉強からの解放感を少しだけ満喫した後、僕は早速就職活動の準備を始めた。履歴書用の写真を取りに行き、あ○た、新○本のエントリーシートに取り掛かった。2009年試験合格者の就職難を知らないわけはなく、就活にも全力を注いだ。。。つもりだった。今思えば、もっと修正すべきだった事や準備できた事はいくらでもあった。何より僕は「油断」していたのだ。この油断こそが僕の最大の失敗。自分は大学4年だから大丈夫、と心のどこかで思っていた。根拠のない自信ほど人を危うくさせるものはない。


最初の説明会はあ○た。

うだるような暑さの中、真新しいスーツに袖を通し僕は汐留に向かった。


説明会は無難な内容。業務や部門等の説明。やたら美人な社員による体験談。そしてテーブル(4人)毎にリクルーターやマネージャーを付けたフリートーク。真偽はわからないが、フリートークは選考には全く関係ないとのことだった。これはどこの監査法人でも言われたことだった。


僕の班には入社2年目の女性1人と入社1年目の男性1人がついた。用意していた質問で僕は話をした。フリートークではもっと色々な社員と話をしておけばよかったと今になって思う。もし席を移動できるならした方がいいし、ついてくれた社員に頼んで他の社員を呼んでもらうのも手だ。僕もそうだったけど、大手監査法人の社員全員が「スゴイ」という錯覚を持ったまま説明会に臨むと失敗する。たいした情報が得られない人だと思ったら、行動を起こした方がいい。限られた時間の中で情報をできるだけ多く得なければならなかった。どれもこれも今思えばという条件付きなのが悲しいけど。最も、あ○たと新○本は説明会にエントリーシートを持ってこさせたから、説明会のフリートークで得た情報は僕みたいに書類選考で落とされた場合は意味がなくなる。


あ○たでは説明会の後に適性試験を受けた。エントリーシートとこの適性試験の結果で面接にいけるかどうかが決まる。適性試験は、いわば頭の体操のような論理問題が多かった。知識というよりは論理的思考力を試される問題。時間がとにかく短かった。焦ると頭が回らなくなる僕にとってはもはやお手上げだった。

英語力もなければ、大学のネームバリューもない、ましてや適性試験の出来も散々。お祈りメールが2日後に当然のように僕のもとに届いた。わかってはいたものの、初めてのお祈りメールに僕は動揺を隠せなかった。あ○た、終了。



次に僕が訪れた説明会は新○本だった。

雰囲気作りに趣向をこらしていた、あ○たやあ○さと違いここの説明会はどこか事務的だった。ルーティンワークのように会場に案内され、何度も行った説明なんだろうなと感じさせる説明を聞き、フリートークをこなした。新○本のフリートークでは周りの事を考えず一人で永遠とマネージャーを独占して喋り続ける就活生のせいでまともに話ができなかった。これも今思えば早々に席を移動するべきだった。


説明会の後は小論文試験。僕は事前に時間が足りないという情報を得ていたため、素早く小論文を書き終え、内容を何度も確認した。イケる。エントリーシートも添削をしてもらっていた。

結果は新○本のことを忘れかけたころにお祈りメールとして届いた。3週間位経っていた気がする。一次試験を突破した人には説明会の当日や翌日にメールが届いていたことは知っていただけに、お祈りメールを見ても特に何も思わなかった。ただ、何故面接に辿りつけなかったのかがわからなかった。大学名?エントリーシート?小論文?新○本、終了。


あ○たと新○本の不採用を突き付けられたあたりから僕の中で小さな違和感ができはじめていた。