南京大虐殺?
南京事件のあらまし
1937年12月9日 日本軍が南京城を包囲して翌日正午を期限とする
投降勧告を行ったが中国軍(国民党)は応じず。
同年12月10日 日本軍の総攻撃が始まる。
同年12月13日 南京陥落
【中国側の主張】
南京陥落後の翌日、12月14日から約6週間にわたって南京城内外で
大規模な虐殺が行われ、約30万人の市民及び捕虜や投降兵が殺さ
れたとするもの。(中国人研究者の孫宅巍氏は1997年に東京で行わ
れた南京大虐殺60年国際シンポジウムの中で「私たちが言っている
30万というのは、まわりの6県その他の地域を入れていない」と発言
していることからも、中国側の主張は南京城内外で30万人虐殺とい
うことになる)
■捕虜・投降兵の虐殺
第16師団長である中島今朝吾中将は、日記に「捕虜はせぬ方針」と
書いています。この方針に基づいて南京城内外での掃討で、多くの
捕虜や投降兵が殺害されたのではないかと見られています。
南京の北方に位置する幕府山では、第13師団山田支隊(若松歩兵
第65連隊)支隊長山田栴二少将が日記に「12月14日 捕虜の始末に
困り、あたかも発見せし上元門外の学校に収容せし所、14777名を得
たり。斯く多くて殺すも生かすも困ったものなり」「12月15日 捕虜の
始末その他にて本間少尉を南京に派遣し連絡す。みな殺せとのこと
なり」と書いてあるように捕虜14,777名を殺害したと言われています。
南京北部の下関では、捕虜が収容された後に殺害され長江に捨てら
れたことが日本側、中国側、そして残留外国人の記録や証言に示さ
れている。第114師団第66連隊第1大隊の戦闘詳報では、旅団命令
によって捕虜を殺害したことが記録されています。
ただ、問題は中国軍の捕虜が捕虜としての要件を満たしていなかった
ことです。ハーグ陸戦協定(戦争のルール)では、指揮官が存在し、遠
方から識別可能な固有の徽章を着用している者に対して交戦者として
の権利や義務を与えています。
捕虜として扱われるためには、上記のルールを遵守してこそ適用され
る訳なのですが、中国軍には撤退命令を出さずに指揮官が勝手に撤
退してしまったり、便衣兵と言って軍服を脱いで民間人の衣服を着て
戦闘に参加する兵士が存在したため、捕虜の要件を満たしていなか
ったのです。
戦闘中に一兵卒が勝手に銃を放り出して「俺たちは降参しま~す」と
言っても認められる訳がありません。部隊の指揮官が投降を申し出
ていなければ捕虜とは言えないので、殺害が敵兵収容後であっても
「戦闘員の殺害=単なる戦闘行為」とも受け取れるため、捕虜の殺
害に関しては旧日本軍だけが悪いとは言えず、どっちもどっちとい
った感じに。
要するにハーグ陸戦協定では便衣兵や上官の逃走を想定していな
かった訳です。まぁ、普通は部下置いて逃げたり、民間人に化けた
りなんてしませんからね(W
■市民への虐殺
市民への虐殺を直接指示する命令書(決定的な証拠)は見つかって
いません。しかし戦闘に参加した日本軍将兵の中には、市民を無差
別に殺害するように指示を受けたとの証言や、手記による記録を残
している者が数多くいます。
ただし証言は全て戦後に証言したものであり、手記も当時に書かれ
た物であるかどうかの確認はとれていないため、有ったとする証拠
として採用することは難しいのが現状です。
また「市民を虐殺しろなどという指示などなかった」という証言も数多
く存在するので、どちらが本当なのか分かりません。
先述した便衣兵(ハーグ陸戦協定における交戦者資格の4条件を満
たさない者)が存在したため、旧日本軍は便衣兵狩りと言われること
を行いました。その際に多数の罪もない民間人が巻き添えになった
ことは否めませんが、これは日中双方に問題があり、両者共にルー
ル違反を犯したために起きた出来事です。
■中国の軍隊は当時何をしていたのか?
6週間という長期間に及ぶ虐殺行為の間、なぜか中国軍は同胞を救
い出そうとはしませんでした。国民を守らなければならないはずの軍
隊が国民を守ることを放棄したわけです。しかし中国人は、その事に
対してはなぜか怒りません。当時の中国軍が何をしていたのかはい
まだに不明です。
■旧日本軍による大量レイプ事件
強姦被害が数万件に上ったと言われていますが、なぜか混血児が
生まれたとか堕胎手術をする人が大勢いたという話は聞きません。
ソ連兵によるベルリン(ドイツ人女性)や満州(日本人)での強姦事件
は、事件後にかなりの人々が堕胎手術を行っていますし、ベトナム
戦争時もアメリカ兵や韓国兵による強姦や売春が盛んに行われて
いたため、ベトナムには混血児が10万人以上存在しています。
ちなみに韓国はベトナムに対して非公式な謝罪を行いましたが、補
償はしていません。(日本は謝罪も補償もしています)
■虐殺の動機
虐殺する動機がありません。
ナチスによるユダヤ人迫害に関しては、当時のドイツの状況(財政状
態)やユダヤ人に対する金銭的嫉妬、ユダヤ資本が敵国に協力する
のを防ぐ、また宗教的な理由などが考えられますし、アメリカ軍によ
る東京大空襲や原爆投下は単純に実験目的です。
動機が無いのに大量殺人は行えません。快楽殺人も快楽を得たい
という動機があります。カレー事件だって被告人が動機を語らなか
っただけで、何かしらの動機が存在したはずです。
補給の乏しい日本軍が、何の意味もなく機銃掃射により民間人を
大量に殺害・・・・首都を占領しても中国軍は降伏した訳ではないの
で、まだ戦争中であるにも関わらず無駄弾を撃つなんてそんなアホ
なことはしないでしょうし、仮にしたとするならば、小さな島国のそん
なアホな集団に首都まで奪われた中国って・・・・どんだけ頭悪いん
だってことになります。
ましてや何のための侵略かって話しです。敵地を占領して植民地化
する事が目的であるならばその地域の労働力を減らすということは、
イコールで自分達の財産を目減りさせていることになる訳です。土地
があってもそこで働かせる人間が居なければ、それは何も生み出さ
ないただの空き地です。
ハイジャック犯が飛行機の乗客を全員殺しますか?見せしめに何人
か殺すことはあっても、大量に殺す必要はありません。しかし旧日本
軍は必要もないのに30万人を殺したと言うんですから、信じろという
方が無理です。
「30万人殺せ!」という神の声でも聞いたんですかね?(W
■虐殺された後の死体
30万人の死体が平均で50Kgだとすると、1万5千トンという重さにな
ります。言い方は悪いですが、それだけの肉が腐ったら街中に腐
臭が漂って住めたものじゃないでしょう。それに伝染病が蔓延して
もおかしくないはずです。でも伝染病が流行ったという記録はどこ
にも残っておりません。
映画「南京!南京!」にも出てきましたが、死体の処理は紅卍会と
いう赤十字社に準ずる組織が行いました。紅卍会の報告では41,330
人の埋葬をしたとのことで、日本軍は19.000円(現在に換算すると約
3800万円)を支払っています。
ちなみに中国は東京裁判で死体の埋葬数を15万5千体と申告して
います。紅卍会は4万人の死体しか埋葬していませんが、崇善堂
という団体が残りの10万人以上の死体を無報酬で埋葬したそうです。
【崇善堂埋葬記録】
12月 1.011体
1月 1.556体
2月 2.507体
3月 2.475体
4月 104.718体
合計 112.267体
1000~2500体/月の埋葬量が、4月になるといきなり10万体以上
になっています。
突っ込みどころ満載ですがあえて信用したとして、1ヶ月で10万体も
の死体を埋葬するために、どれだけの人員が必要になるでしょうか。
軍用以外はトラックもないし、ブルトーザーもありませんので、埋葬
場所まで死体を運んでから埋葬作業をするとなると、一日に一人が
三体の死体を埋めることができるかどうかといったところではないで
しょうか。
仮に一日に一人が三体埋葬するとして、一日に1100人で3300体、
1ヶ月フル稼働で約10万体の死体が埋葬可能となります。
「南京市崇善堂報告書」によると、崇善堂は全部で4隊、各隊に主
任を1名置き、食事付き、無給で埋葬作業を行ったそうです。隊員
一人につき一日八合(中国の一合は約0.5合)、つまり一人につき一
日600gの米が支給されていたことになります。
そうなると一日あたり660Kg(0.6Kg×1100人)の米が支給されてたこ
とになるので、1ヶ月で約20トンの米が支給されたことになります。
当時にこれだけの米をどこから調達していたのかは謎ですし、旧日
本軍や国際安全委員会からの支援も受けずに、これだけの米を購
入する資産があったというのも腑に落ちません。
そしてなにより、南京大虐殺の犠牲者数は30万人な訳ですから、
半数近い14万5千人の死体は埋められることもなく放置されたとい
うことになる訳です(W
□結論
捕虜の殺害は実際にあったが、捕虜の要件を満たしていないため
グレーゾーンである。
便衣兵狩りによる一般市民の犠牲は、ハーグ陸戦協定に違反して
いた中国軍にも非があるため、旧日本軍だけに責任を追及するの
は無理がある。
そのため捕虜の殺害をグレーゾーンと考え、便衣兵狩りで発生した
一般市民の犠牲者を除くとなると、軍の命令による一般市民の虐殺
は有ったとは言えない。
部隊レベルでの一般市民への虐殺は有った可能性を否定できない
が、犠牲者数30万人は完全なおとぎ話。現実的に考えて不可能で
ある。
ゆえに中国側が主張する南京大虐殺は存在しない。




