統合失調症と生きる (ベニシアさん記)

「私の娘、ジュリーが発病して四年になります。孫のジョーが生まれて、当時24歳のジュリーは産後の重い抑うつ症を患い、幻聴を聞くようになりました。そして一ヶ月ほど京都大学病院に入院したこのときに、私は統合失調症というものを初めて知ったのです。そのとき主治医は、娘の病気は治ること、また日本でこの病気は出産後、1000人にひとりの割合で発症することを教えてくれました。娘はひと月ほど抗精神病薬を投与され、クリスマスイブの日に退院しました。主治医によると、娘の症状が安定した状態で一年が経過し、幻聴もなくなれば、正常に戻るだろうとのことでした。

私たちは希望を胸に家路につき、この病気と向き合うことになりました。殆どの人はそうだと思いますが、私もそのときはジュリーになにが起こっているのか、よく理解できていませんでした。私の頭はさまざまな考えや恐怖でいっぱいになり、わが娘ジュリーが発病したという事実を受け入れられない状態にありました。娘がどういう状態にあるのか表面的にはわかりにくいことから、娘がいつも無口でよそよそしく、ぼおっとしているのは強い薬のせいではないかと大抵の人は思うようです。娘は他の人たちの会話を理解できなかったり、記憶障害が出るようになりました。

子供の頃のジュリーは、喜んで人のお手伝いをするような、温厚な可愛い子で、誰からも愛されていました。とてもきれいで、おしゃれをして姉のサチヤと一緒にダンスに出かけるのが好きでした。勉強はあまり得意ではなく、読むことと「短期記憶」に問題がありました。日本で「特殊学級」のある学校をみつけられず、娘はディスレクシア(読み障害)の子供たちのための特別クラスがあるニュージーランドの寄宿学校へ入りました。卒業後、帰国して暫くの間、私の夫が経営するインド料理店で働いたあと、22歳になったジュリーは京都でひとり暮らしを始めました。初めてのボーイフレンドとの不幸な出会いを経て、ジュリーは妊娠しましたが、子供を産み、自分で育てることを決意し、私も協力することを約束しました。ジュリーの息子、ジョーは愛らしい男の子で、今ではふたりとも私たちと一緒に大原に暮らしています。ジュリーの病気は悪化し、統合失調症の症状は進行しました。

「スキツォフレニア(統合失調症)」という言葉は思考過程のさまざまな部分が分裂しているという意味のドイツ語に由来します。これは脳の失調であり、大脳の時間構造に作用しています。ここは通常の感覚入力のフィルターともいえる部分で、顕微鏡で観察すると、脳の特定部位のニューロンが減少していたり、細胞配置の異常が見られるそうです。この障害は100人にひとりの割合で、まったくランダムに発生するもので、幼少期や成人以後の個々人の経験とは無関係だといいます。正常な脳は、経験の糸を人生という一枚の大きな布に紡いでいく魔法の機織り機のようなものです。統合失調症を患う人は、この機織り機が壊れているのです。

家族にとって、自責の念、羞恥心、罪悪感がさらに悲劇を増幅させます。統合失調症はもっとも研究が遅れ、誤解されている病気のひとつであり、私自身もこの四年間、医学論文を読んだり、ジュリーの看病をすることでこの病気を少し理解できるようになったところです。ヨガがいいとか、玄米がいいとか、中国漢方医やラヴェンダー、チベットのシャーマンが効くとか、大勢の友人が気にかけて助言してくれます。薬は止めた方がいいと娘に言う人もありました。二度ほど、薬を止めてみましたが、一度目は急性の精神病を発病し、一ヶ月の入院となりました。二度目は緊張症状が現れ、動くこともできず、幻聴に悩まされました。

そこで私は、ジュリーがどういう状態にあるか、またどういう気持ちでいるかをみなさんに知ってもらうために手紙を書くことにしました。大脳辺縁系に障害があるジュリーは、論理的な思考がうまく出来ないため、自分で手紙を書くことはできません。そこで私が娘の声、心の代弁者を務めます。私と娘は毎日、殆どの時間を共に過ごしているので、私が見てきたこと、それから彼女がときたま口にしたことなどを基に書いてみます。

この病気を理解できたなら、神秘的な暗い世界の得体の知れないこの病を、理性の明かりに照らすことができるでしょう。人生の旅路は、絶え間ない変化の連続です。私は忍耐力と理解力を学びました。この病気を受け入れることも学びました。お陰で、これまで感じていた心の痛みから解放されました。ユーモアを忘れず、この不条理をありがたく思えるよう努めています。家族のバランスをとることにも努めています。優しく、愛情のこもった世話を必要とする家族に、私は囲まれているのです。かつてインドで、年若き師から「期待しなければ、失望することはない」と言われました。まさにその通りではありませんか。

【症状が再発する前】
1) 症状を再発させる一番の原因は、投薬治療が十分でないこと。再発初期段階で、薬を多少余分に投与することで、症状を未然に防ぎ、元の状態に戻ることが多い。
2) 統合失調症の症状には、その人独自のパターンがある。ジュリーの場合は、
   ① 睡眠障害
   ② 不安感
   ③ 緊張感、短気になる
   ④ 外食したがらない
   ⑤ 家族との食事を拒み、自室に引きこもる
   ⑥ 幻聴が聞こえ、怖くなる
   ⑦ 食欲不振

【「私のことをわかってください」-ジュリーからのお願い】

1) 誰かに話しかけられると、頭の中がいっぱいになるときがあります。一度に把握しきれず、右から左へと抜けてしまうのです。言葉が頭の中に残らないので、今聞いたこともすぐ忘れるのです。ただ言葉が宙に浮いているような感じなのです。

2)触られるのはいやです。

3)家からバス停まで歩くという簡単なことにも集中できないことがあります。風にさらわれるんじゃないか、車に轢かれるんじゃないかといった恐怖感に襲われるのです。

4)片付けをしたり、解釈したり、返答することが苦手です。洋服を決まった引出しにしまったり、誰かにちゃんと返答することが私にとっては難しいのです。「こんにちは」とか「ありがとう」と言わなかったら、ごめんなさい。

5)誰かに話しかけられると、全神経を集中させなければいけません。どうか、私にはものすごくゆっくり話してください。調子が悪い日に、返事をしなかったら、ごめんなさい。

6)人と関わるのが難しいときには、誰かが来ても、自分の部屋に隠れてしまうことがあります。

7)じっとしている方が私には楽なのです。たとえば、水を飲みに行くという行為をする場合、私は事前に頭の中でその行為を詳しく組み立てないといけないのです。カップをとる、歩く、蛇口を開ける、カップを満たす、蛇口を閉める、水を飲む――という具合に。実際に動く前に、頭で思い描かないといけないのです。

8)ことわざのような抽象的な概念は理解できません。論理的に考えることもできません。

9)バスに乗ったり、道順に従ったり、食事の支度をすることが苦手です。

10)気持ちが活動停止状態になって、閉じてしまうことがあります。

11)私にささやいたり、話しかける声が聞こえることがあります。そんなときは、音楽をかけたり、ラジオをつけたり、あるいは両方をつけて声が聞こえないようにします。

12)人に同じ質問を繰り返すことがよくあります。母に「その質問はもう五回目よ」と言われるけど、私は覚えてないのです。

13)落ち込んで、悲しく、寂しくなることがよくあります。友達に理解してもらえず、変人と思われるんじゃないかと心配になります。弟のシュウジは私のことをわかってくれるので、彼と一緒にいるのが大好きです。

14)つまずいたり、ものをこぼすことがよくあります。不器用でごめんなさい。

15)日常的な作業はゆっくりやりたいし、作業の途中で休憩しないとダメなんです。怠けてると言われますが、自分ではがんばっているのです。

16)変に見えるかも知れませんが、なにかをするときには自分なりの順序で、決まり事のようにやりたいのです。
   たとえば
    ①食器を洗う
    ②風呂掃除をする
    ③ゴミを捨てる
   という具合に。混乱してしまうので、私のやり方を変えようとしないでください。

17)同じことを何度も何度も繰り返すことがあります。例えば、ガスの元栓が閉まっているか、何度も確かめたりします。変に見えるでしょうが、私には意味のあることなのです。

18)自覚症状はありました。病気になり始めた頃、自分の中でなにかがおかしくなっていくような感じがして、母に病院に連れて行って脳検査をしてもらうよう頼んだことがあります。

19)読むことも苦手になりました。絵本やひらがなのメニューなら、なんとかなります。どうか難しいものは読ませないでください。

20)映画は筋書きが単純なものしか、わかりません。MTVや子供のアニメ番組を見るのが好きです。ニュースは難しい言葉が多すぎて、わかりません。私と話すときは、簡単な言葉を使ってください。

21)昔はきれい好きでしたが、今では自分の部屋の掃除も難しくなりました。姉のサチヤがやって来て、私の部屋を掃除してくれるのが嬉しいです。

22)シャワーを浴びて、髪を洗うエネルギーがあるときは、ハッピーな気分です。大抵は、「忙しすぎて」、こんなことをする気にならないので。

23)毎日、歯を磨き、服を着替え、薬を飲むように言ってくれる人が必要です。よく忘れてしまうので、母か父が毎晩、薬を渡してくれます。

24)薬を止めて、瞑想をしたらよくなると言ってくれる人がいますが、そんなことはありません。薬は二度止めてみましたが、具合が悪くなって、頭がおかしくなり、また一ヶ月入院しました。薬を止めろと言わないでください。

25)誰かに怒鳴られたり、怒られると、ストレスになるのでよくありません。気分が悪くなり、幻聴が聞こえるようになるのです。

26)私を怖がらないでください。病気になってからも、私の性格は変わっていません。変な振る舞いをしても、心配しないで。危険人物ではないですから。

27)日々の決まったルーティンがあったり、予測できるスケジュールがある方が気分がいいです。一日中、寝かせないでください。

28)家にひとりでいるのは嫌いです。母が外出して三時間以上過ぎると、怖くなってきます。そんなときは誰かに電話して、落ち着かせてもらいます。

29)質問は一度にひとつだけにしてください。ふたつのことを訊かれると、混乱してしまいます。

30)指示も、一度にひとつだけにしてください。なにかするべきことを忘れていても、やさしく指摘してくだされば、その通りにします。

31)「戸棚にヘビがいる」と言っても、皮肉らないでください。そんなときは、「ヘビがいると思っているのはわかったわ。でも、ヘビが見えるのは、もしかしたらあなたの病気のせいかも知れないわよ」と言ってください。

32)ときには人と一緒にいたいときもあります。私がなにも喋らなくても、気にしないでください。ただ、そこにいるだけでいいのです。

33)冷たくて、感謝もしないときがありますが、悪気はないので許してください。

34)できる限り冷静でいてください。調子が悪い日には、回りの人が落ち着いていると助かるのです。

35)ひとりでいること、スケジュールを決めることが、私には必要です。秩序ある、予測可能な生活を実感できると、安心できます。

36)ラベンダーやミントの香りは心地よく、好きです。

【薬の副作用】
1) 抗精神病薬を飲むと、とても口が乾くので、なにか飲み続けてないといけません。この間、パブに出かけたときも、お水を8杯も頼んでしまいました。
2)めまいがしたり、視界がぼやけることがあります。
3体重が増えます。なんてことでしょう!
4コーヒーやコーラが大好きですが、母からは薬が効かなくなるので、一日二杯までにするよう言われます。
5)ワインとビールも同様です。私は夕方6時まで我慢して、母と一緒に一杯飲みます。「二杯以上はだめよ」と母に言われます。
6)私は病気ですが、生きることと息子のジョーを愛しています。
7)ラベンダーかミントの香りを嗅ぐと、とても幸せな気分になります。

(2004年著)

(Venetia International : http://www.venetia-international.com/m52_essay.php?p=21111&q=1 から)