メッセージをくださった方

書き込みをしてくださった方

見たよ、のペタをしてくださった方


どうもありがとうございます


私のこころには

やっぱりダメージが大きかったみたいで

昨日から急に体調をくずしてしまいました

喉が激しく痛くて体が重いです

風邪の引き始めのようなそんな感じです


最後だけは

しっかりと

すぐにみなさんにお礼のお返事を書きたかったのですが

こんな体では思うこともうまく書けない気がするので

あきらめました


もう少し待っていてください


それから、静かに見守ってくれている

言葉にならない声を送ってくださっている方

(勝手に感じています^^)

私のほうからまたご挨拶に伺いますね


みなさんのあたたかい気持ちに支えられて


私はまた立ち上がります


大丈夫

きっと大丈夫


これが大きくなるステップです



みんなありがとう




「空を見上げて」を閉鎖します


ありがとう

さようなら




現実で私を知る人にブログを読まれていることがつらくて

私は大切だった前のブログ「私のイバショ」を捨てました

好きだったsoraという名前も捨てました


その人のことがキライとかそういうことではなく

私は、現実社会では本当にこころを開ける相手にしか

私のこころのうちを開くことはしません

その人はそういう相手ではなかったのに、私が素直に綴る言葉が

知らないところでその人の目にとまっているということが

自分の気持ちの自由な表現にブレーキをかけ

本当にくるしくなりました


私はあたらしい場所をもとめて他のブログにもいきましたが

やっぱりアメブロでつづけたくて

もういちど、hanaという名前で

「空を見上げて」をはじめることにしました



でも結局

また探し出されて

去年の8月の終わりごろ

私は勇気を出してその本人とメールのやり取りをしました



本当につらくて悲しかったけれど


その人のためにまたここを捨てる勇気はなく

そのとき、その人に対して毒を吐いた私のブログを

もうきっと読みにはこないだろうと思うことにしました




でも彼はそれからも私のブログを訪問していました


そしてこの間も

隠れて見に来ていたことがわかり、

私はその現実が変わることを願い勇気を出して動くことにしました


私はそのたったひとりのために

いつまでも小さなしこりをかかえながらブログを続けていたんです

もうそんなことからは抜け出したかった

それまで、アメンバーにすることやパスワードブログに引っ越すことも勧められましたが

私の中ではそれは、私のブログを書いていく姿勢とは違うと感じていました


私はカタチだけの友達や読者作りには興味がありません

私の言葉を読んで何かを感じてくれるそういう誰かとつながりたいと

いつも思ってきました

だから、今の時点でパスワードをかけたりアクセス制限することは

私のこれから出会う誰かとのつながりは何もないことになり

私にとってはそれがとても悲しいと思いました



その人に私のブログがわかってしまって

今もなお、こんなふうにつらい思いをしていることが

私は本当に悲しいです


私はその人の良心を信じたいと思いメールをおくりました

その人がどのブログを見ようと私にはそれを批判することはできないのはわかっています

でも私がイヤがっていることはもうやめようと思ってくれるような

良心が働くことを信じて、メッセージをおくりました


「姿を隠して見に来てもわかってしまってますよ。

私はずっとそのことが苦痛です。あなたに良心があるなら

人が嫌がるとわかっていることを続けるのをもうやめてください。

あなたの良心を信じたいと思います。よろしくお願いします。」

でも彼には通じませんでした

「仮想現実で批判を受けるのは我慢できません」というような返事でした


そのあとのやりとりでも

彼からは「誹謗中傷」などと思いもよらないことを言われています

苦しいです

私から見れば本当に意味がわかりませんが

彼にとっては本気でそう思っているのだと思います


怖いです

おびえています

気持ちが悪くなります


今後彼がここにもう足を運ばないとしても

やっぱり私はもうその存在から姿を消してしまいたくなります


また閉鎖をしても

彼は「自分がどこかで誹謗中傷されているのでは」と恐れて

私のブログを探すのかもしれません

私はそんなことはしない、と言ってもわからないのですね

私はただその人に読まれるそのことが嫌なだけで

私のブログを読まなければ全くどうでもいい関係のない人なのです

それなのに、彼は「現実社会で私から何かされたときには関係各所に話せるように」

などと言っています


なんなのでしょうか


私は人はわかりあえると信じたいのに

こうやって被害妄想が激しくて相手を必要以上に攻撃してくる人と接すると

人が信じられなくなります


私はそういう人もいると学ぶときなのでしょうか



また苦しくて悲しい時間です



私はまたここで築いてきた大切な時間を

ここでとめなくてはいけないようです



ここで出会ったすべてのあたたかい人達へ

たくさんのありがとうをこめて


やさしくてあたたかいみなさんに

幸せがたくさん届きますように




ありがとう

さようなら



hana





期待をしなければいい


期待をしなければ

がっかりすることもなく

傷つくこともない


期待なんてしないで

淡々と

もらえる気持ちに感謝して


それ以上を求めたり

それ以上を考えたり

そんなことしないで


淡々と

与えられた幸せに感謝して

与えられた時間に感謝して


淡々と


淡々と


それが難しいのだけどね


とてもとても難しいね




うれしい気持ちが見えると

私はその先を期待してしまう

知らず知らずのうちに


楽しい会話が続くと

私はそれがずっと続くことを期待してしまう

知らず知らずのうちに


毎日頻繁にメールがくると

私は今日ももうすぐくるかなと期待してしまう

知らず知らずのうちに



でも



それが期待とは違ったときに



私は現実に気づく



期待とは違ったからって

私は

それを求めてはいけない


彼とはそういう関係

彼はそういう相手


私が

期待して

期待したとおりにならなくても

何も言えない相手

言ってはいけない相手



だから


私は

はじめから

期待してはいけない



淡々と

淡々と



未来に続かない


けれど


の幸せ



それをかみ締めて

淡々と

受け止めて



人と人との間には

言葉にしなくても感じるものがあって


何があったわけではないのに

なぜか苦手意識を感じてしまう人がいる

なぜかその人と接するときは緊張している


なぜだろう?


なぜだろう・・


何も悪いことはしていないのに

なんとなく嫌われているのではないかと

不安になったり

意識したりしてしまう



そんな自分がいやなんだ


だから開放されたい

どうすればいいかな



私はここから何を学ぶかな

何を学ばせようとしているのかな



私は人がどう思っているかということから

開放されていないってことだね


人がどう思っても

私は私なのに


まだまだ

修行がたりませんね



たとえ相手が

愛想のない対応をしたとしても

それは私には関係のないこと


それなのに

きっと私はそれに動揺して

不安になっているのかもね


そうだ

きっと


相手の不機嫌や

不機嫌に見えるその姿に

私はそんなにビビる必要はないんだよね



そうだよね


これは心の修行

大きくなるための修行

ラクに生きるための修行



この修行も

がんばろっと・・!





自分でもきっとわからないんだよ

この気持ちが何なのか、なんて


好きだからなのか

さみしいからなのか

ひまだからなのか

えっちができるからなのか




気持ちなんて

そんな簡単に

説明できなかったりする


私が聞きたいからといって

その答えを彼自身がわかっているか

といったら

きっとわからないんだろう



そんなわからない気持ちを

私が解明しようとしたって

仕方がないよ

きっと



なにをはっきりさせたいの


なにを望んでいるの



私に会いたいと言って

私のとなりにいること

それが答え



過ごしている時間がこたえ



それ以上をもとめようとすると

苦しくなるだけ



悩んでも答えはでない

聞いても

本当の答えはみえない




目の前の彼と

目の前の時間を

大切にすることが


きっと

私にできる

いちばんのこと







幸せをくださいと

願う人には

神さまが

そうですか、わかりました

と言って

なにかの苦しみを与えるそうです


幸せをくださいと言っているのに

苦しみを与えるのです


なぜならば


今まで感じなかった苦しみのおかげで

私たちは

その苦しみがなかったことの幸せに

気づくことができるから

だそうです



たとえば

私は

原因不明の湿疹がひどくなって

かなり落ち込んで悩んでいました


まだ完治はしていないけれど

少しだけよくなりました


そうすると

そんな状態であっても

もっとひどかった状態を思い出すと

本当にうれしくなるのです

ここまで治してくれてありがとう、と

私はとてもうれしかった


湿疹に悩んでいなかったあのときが

幸せだったということに

気づくのです

改めて




何もない今こそが

幸せであることに

気づかせるために

苦しみをあたえるそうです



私たちは

ないものねだり

の繰り返しかもしれません




だから

私は

神さまが

私に幸せであることを気づかせようと

苦しみを与える前に

自分の力で

今ある幸せに気づける力を育てたいと

そう思ってがんばっています





いつも

あたたかい愛情で

私を見守ってくれる母に

こころから感謝しています


いつか

この感謝を

気持ちだけでなく

カタチでも恩返しできるように

がんばりたいと思います


いつもありがとう

お母さんへ




自分を好きになること


自分は自分と思えること


自分はこれでいいと感じること



幸せを感じるために

とても大切なことだと思う


私の中での

長い間の大きなテーマ



私は私

これでいい

と胸をはって言える人は

強い



何かあるたびに動揺してしまうのは

自分が弱いから

自分はこれでいい

が弱いから



まだ

私は道の途中


いろんな場面で

その弱さを実感する


それを超えながら

私は少しずつ

強くなっていきたいと思う



私の言う強さとは


自分はこれでいい

と思えること



都合のいい女でもいい

どんな理由でもいい

私を想って

私と時間を過ごしたいと思ってくれる

そのことに喜べばいい


男は単純というけれど

たしかにそのとおり


それを考えれば

あれこれ考えずに

好きな人と時間を過ごしたいと思うそのことは

男性の素直な気持ちなのだと

私は思うことにした


外から見れば

遊ばれているだけとか

体目当てとか

なんとでも言えるし

そのとおりかもしれないけど


でもそれでもいいじゃない


自分の好きだと思う男性が

自分を何かしらの理由で思い出してくれるんだから

私はそれを幸せと思えばいい

そんな気がした







心から笑い

心から楽しんだ


自分が

自分のままで

喜びを全身で感じられる


もう出会ってから10年も経ち

心から愛し合った元彼

ふたりの事情とふたりの傷は

なかなかもとの場所へは戻さないけれど


それでも

今日のような

短くても濃くて幸せな時間は


そこが私の場所だと思い出させてくれる


あったかくて優しい彼

おもしろくて笑ってばかりのふたり

うきうきして幸せいっぱいのふたり


ふたりの間の見えない壁は

溶けてなくなってしまえばいいのに



あのころのように

もう一度

シンプルに戻りたい

と思った



シンプルが一番だと


複雑さの中で

私は

たくさんのことを学び

成長してきたけれど


戻る場所は

シンプルでいいと

そう思った



自分が自分でいられる幸せ

心から笑える幸せ


その幸せを感じさせてくれる人と

出会えたなんて

私は幸せすぎるよね



からまった糸は

いろんなことを複雑にして


見えない壁は

こころを凍らせてしまうけれど



今日の幸せを

彼に感謝


ありがとう