でろでろ読書感想文68 「満願」 92点 米澤穂信 | でろでろぱわー

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ミステリー読書録(に方向転換中)です。
2012年末頃から、月10冊ペースで濫読中。

基本的には本格が好きです。叙述はモノによる。
マイベストは「隻眼の少女」。麻耶雄嵩おっかないです。

その他、iPhoneアプリ開発・ギターなど雑記もあり。

満願/新潮社
¥1,728
Amazon.co.jp
個人的評価: 92点
一言で言うと: 
ミステリ系の賞3冠! 総ナメ! と話題の本作。
実際、高水準でハズレがない、よくまとまった短編集と思います。

なんていうか、全体にバランス感覚が良いんですよね。
プロットの面白さに比重を置きつつ、仕掛けも適度に入れてたり。
各話バラエティを出しつつ、全話ともオチの展開が似ていたり。

土台をしっかりさせた上で、遊びを持たせている感じ、とでもいいましょうか。
誰でも楽しめて、かつ、マニアでも満足できる、質の高い作品です。


* 途中からネタバレします 下で再度、注意します

闘会議やらなにやらで、ひと月以上、更新が空いてしまいました。
(ブースへお越し頂いた方、どうもありがとうございました!)

今回は、割とタイムリーな「満願」です。

で、いきなり結論から言えば、堪能しました。
とんがったところはありませんが、質の高い短編集です。

なので、結構ミステリ読む人で、「満願」もそのうち読むだろうなあと思ってる方は、
情報収集ここまでで、買っちゃってOKです。
少なくともガッカリはしません。一定以上の満足はあります。

ちなみにAmazonレビューその他で、
「世にも奇妙な物語」とか、
「連城三紀彦の再来」とか、
いろいろ言われているようで、特に、前者には一抹の不安がよぎるかもしれませんが、それっぽい話も、ある程度以上の質が伴ってますので、問題なしです。

どの話も目指すところはサスペンスミステリーなエンターテインメントで、ストーリーの面白さや、プロットの妙味がコアです。

しかし、いずれも「謎とその解明」が必ず用意されていて、かつ、ちゃあんとロジカルです。

あるいは、明示的に「謎」が提示されていなくても、伏線の回収で「これまで見ていた世界が偽りだった」と真実が明かされる仕掛けもあります。

話によってそれらの出来不出来はありますが、いずれも、最低限のお約束は外しませんので、読後は爽やかです。

素敵。


そういえば、話のバラエティの持たせ方も面白いです。

ハードボイルド / 本格 / イヤミス / 時事ネタ? / ホラー / 逆転裁判 
(各論で触れます)

と、
ミステリ界隈に広くターゲットを取ってる感じですが、
毎話、一人称視点のバッドエンドのパターンで、一話ごとに完結する漫画のシリーズを見ているような統一感がそこはかとなく感じられます。(笑うせえるすまんとか)

あと、文章が綺麗なのもいいですよ。
格調が高い、というと言い過ぎな感がありますが、平易でありつつ、上品さを損なわない、これまたバランスの良い文で気持ちが良いです。

それでは各論アンド詳細へ。 

*こっからガチバレします


① 夜警
この「薄暗く」「悲観的で」「湿っぽい」「日陰者の憂鬱」みたいな感じは、確かに、連城三紀彦作品に通ずるものがある、と言えなくもないです。

「ひどく出来の悪い冗談のようだった」みたいな雰囲気ね。
これは一種のハードボイルドなのかな。おっさん的に、落ち着く雰囲気ではあります。

ストーリーの見せ方的に、時系列的に前後する構成なので、
何が起こったのかが浮かび上がるまで、結構、読み進む必要があります。

であるにも関わらず「この後味の悪い感じの、原因はなんだったの?』という興味に引っ張られて、サラッと読めてしまうのはさすが。

他にも、警官の派出所での拳銃の取り扱いなど、「相当取材したんだろうなあ」と思わせる、詳細な描写が楽しかったり。

「身近でありながら、多くの人が知らないことがいい」的な小説論をどっかで見た気がしますが、まさしくそれです。

綺麗な文と、興味を引く内容でリーダブルになっているのが、ちゃんと「小説」していて、いい感じです。

もちろん、そのためだけの描写じゃない(仕掛けに絡んでくるから詳細まで書かれている)んだけど。
自然で、うまいです。


で、読んでいくと、焦点が「暴れた犯人と争いになり殉死した部下、川藤」とその事件だとわかってくる。

視点人物の柳岡は、以前、警官に「向いていない」部下を、厳しく接することで自殺に追いやってしまったことがある。
そして、またしても「向いていない」部下、川藤を死なせてしまう。

新人の気負いのせいか、安易に銃撃を選んだ川藤は、暴行犯の反撃を食らってしまった。

柳岡は目の前でそれを止めることができなかった……。
やはり柳岡もまた、警官には「向いていない」のだ……。


しかい、真相は、川藤は勇みすぎて銃撃に走ったのではなくて、
「厳重に管理される拳銃の弾を、一発無くしてしまったこと」を隠蔽するために、犯行をそそのかし、現場で銃を打ったのだった。
てな話。

柳岡視点ってのがキモですな。

川藤の、小心者がゆえの「向いてなさ」に気がついていながら、
新人の気負いがゆえの暴走だったと「信じたい」柳岡の視点からの記述がされていることで(読者にそう共感させることで)、川藤が「自分のミスを隠蔽するために、銃を撃てる環境を作った」という方向へ、思考が行かないように仕向けています。

個人の解釈を読んでいる、という構成を利用してるわけです。

また、解釈によらない客観的事実に対しても、

 ・ 川藤が一人でいた時間帯
 → 柳岡の「現場に連れて行ってやりたかったが、適正を考えて一人残した」的な独白

 ・ 工事現場で「小石が飛んで作業員が倒れた」報告
 → 
川藤の「留守中問題ありませんでした」アピールだと、「柳岡が捉えている」感じの記述

なんかで、やっぱり解釈を間にかませて、器用に煙幕をかけている感じです。

叙述トリックでもアンフェアでもありませんが、「善意の」信頼性に欠ける語り手というか、そんな感じ。興味深い使い方です。

ちなみに、人の解釈は違っていても仕方がないので、真相解明後のサプライズは薄いですが、真相が分かって、尚一層「ひどく出来の悪い冗談」感が増すエンドは、なかなか渋いです。

ちなみにこれ以降も全て、
視点人物にとってのグッドエンドには、絶対行かない
という構成が繰り返されるのも、面白いです。


② 死人宿
本作中では、比較的、スタンダード「本格」な構成。
と言っても、探偵も殺人もないので、少しひねりが効いていますが。

自殺志願の「容疑者」3名のうち、実際、自殺計画を企てているのは誰か?
という「犯人当て」に、視点人物が「探偵役」として挑みます。

視点人物の過去や、寄りを戻したい昔の女との関係などが、
謎解きに一切絡まない辺りの割り切り方は、パズラー風味ではないでしょうか。

個人的には、
「3人の容疑者」からの、
「選択肢の外からの犯人(自殺志願者)」そして、
「それは昔の女だった」
みたいな展開を期待してしまいましたが、さにあらず

3人のうちに該当者はきちんといて、判明して自殺を思いとどまらせたその後の、もう一人自殺志願者がいた、エンド

通常の探偵・殺人ものなら、
意図しない共犯みたいなパターンでしょうか。

これはこれで、なるほどと思わされました。枯れた技術の再利用、とでもいいますか。
何気にこういう使われ方したのって、珍しいのではないでしょうか。

「もう一着の着物」の記述に関しては、

・連想させるギミックとしてそんな一般的かなあ? という点
・人間の理解力および文章の表現力の限界的にずるいラインやろ

ということで、そこまで好きではありませんが、
確かに「違和感は感じてしかるべき」点なのは、認めざるを得ないです。くそう。


③ 柘榴
これは多分、イヤミス的というか、湊かなえ的というか、女性読者を想定した作品です。

美しい妻、女たらしなダメ夫、双子の姉妹。

夫を争って、女の友情を犠牲にしたこともある妻。
そんな妻も、子供に対する母性から、ダメ夫との離婚を決意。

家にも帰ってこず、他の女から貢がせた金を持って、フラッと帰ってくるような夫。
ずっと一緒に暮らして、定職について家計を支え、愛情を注いで子供を育てた妻。

親権争いの結果は……夫!? なぜ!?
みたいな話。

「女同士の戦いに勝って、ダメ夫を手に入れた妻」に勝って、
ダメ夫(父親)を手に入れようとする長女、ですか。

さらには妹の体も、キズものにして……と。

このプロットが女性対象で、どれくらい夢中にさせる力があるのか、私にはわからないのですが、ミイラ取りがミイラに、あるいはカエルの子はカエル、的な「王道で強い物語パターン」が敷いてあるのは確かですね。

もしかすると神話とかからも下敷きがあるかもですが、そこまではわからず。

ま、長女とダメ夫が「二人で」出かけるシーンは、結構強調されているように感じますし、タイトルも合わせて、なんとなくオチは読めちゃう感じではあります。別にそれで悪いということではないですが。

あとは、長女が着物を買ってもらった(マセ出したという意味ですね)あたりも伏線っちゃ伏線で、芸細かな?

パズル的なことはあまりありませんが、なにかが進行している的なサスペンス感の持続と、
「視点人物的に」衝撃の結末、しかも悪い方
な展開で、ドラマ的な楽しさは存分に味わえる作品です。


④ 万灯
倒叙物で、冒険物。

あと、記憶に新しい、エボラの感染なんかがネタになってる、と思われる作品。書かれた時期まで調べてないので、違うかもですが。

個人的には、本作中ではイマイチな部類です。

ま、「独白するユニバーサルメルカトル」でも冒険物が一番ダメだったので、好みのせいかもしれませんが。

視点人物が、仕事に殉ずる哀愁漂うおっさんで、部下を失って新しい部下が入ったりと、冒頭の①夜警と設定が被ってるのも、ちょっと残念。

未開の地の部族みたいなのが出てきてしまうのも、個人的には興が削がれてしまいます

しかも、資源開発のために、部族の有力者を殺しちゃうって。
すげー強くなった川藤(夜警で死んだ小狡い部下)みたいじゃん!


びびった共犯者にも消えてもらおうとしたが、ペスト(あれ、コレラだっけ?)の感染が動かぬ証拠になってしまう、あたりのプロットは、ちょっと面白いですが。

チャイを飲んだか否か、が伏線なのは、②死人宿の、もう一着の着物よりは印象に残っていたけど、ちょっと弱いかなあ。

例えば「洪水で疫病が広まることの多い土地だ」くらいの記述がもっとあってもよかったんじゃないかしら。

とまあ、比較すると見劣りする感じですが、特に①夜警を忘れて、単品でみれば、小粒ながらそこそこ楽しい作品じゃないでしょうか。


⑤ 関守
ホラーですね。

三文記事を書くライター、都市伝説、片田舎への取材、夏の旅情、となんか昭和を感じます。

超常現象の類や、スプラッタその他、下品な驚かしがなく
しかし、ばあさんがどんどん怖くなる、出来のいいホラーです。

仏様・コーヒーといった小道具や、ばあさんと夫・娘・孫のエピソードなど、伏線の張り方も上手い、と思います。

殺されちゃう人物視点で見た、賢い犯人との対峙エピソードとして見れば、探偵物好きも楽しめるかも? カッチリ説明がつくのが気持ちいいです。

土地の歴史の関守エピソードから、
それを観光に生かそうとして死んだ(殺された)者が出て、
そして、関守とは、都市伝説の原因は、ばあさんのことだったのだ、
というあたりの構成も、ベタながら、ニヤリとさせられます。

個人的には、かなり楽しかった一作。
ちなみに全体では、①⑤⑥がオススメです。


⑥ 満願
ラスト。

ゲームでいうとサクラ大戦の世界で、逆転裁判みたいな話です。
時代は、明治か大正か、その辺。
既視感がありながら、今から見て随分と違う、創作で使いやすい時代なんですかね。

弁護士を志す苦学生と、美人で凛として、苦しい時に助けてくれる、居候先のおかみさんが主要人物。

そのおかみさんが、ダメ夫がこしらえた借金のかたに、金融業者から肉体関係を迫られ、殺人を犯してしまう。

なるほどくん……じゃなくて、視点人物はお世話になったおかみさんを救うため、法廷に立つ。
しかし--

という感じ。

学生視点で、試験への焦り、金がない苦しみ、他人に迷惑をかけているので強いことが言えない逡巡、他者の生活を覗き見ている罪悪感、恋愛感情にも似たドキドキ感など、感情移入させる力が強靭です。

そして、その感情移入で作り上げた、読者のおかみさんへの好意、それこそがひっくり返し対象ってのは、隻眼の少女でも使われた手法ですね。イニシエーション・ラブもそうかな。

このパターン、心にくるんですよね
裏切る女、みたいなやつ。強力です。


あとは、へそくりを渡してくれた時に、ダルマの視線を遮ったエピソードが伏線なのは言うに及ばずですが、主人公の司法試験祈願を祈るためにもダルマが使われているのが、面白い。

嬉しかった思い出にまで、影を落とす仕組みというか。


おかみさんは、殺人の隠蔽はおろか、捕まること、裁判での刑を軽くすることすら望まず、掛け軸を守ることだけを願って、殺害計画を立て、実行したーー

ってのも、
現実的というか、ゼロイチじゃない、なまなましさがあります。
この作品のタイトルが満願だ、というネーミングも光ってるよね。


気になるところとしては、おかみさんが、家宝の掛け軸をどれだけ重要に思ってたのか、動機の面でイマイチ納得できないくらいかな? 

他の感情描写が身に迫るから、財産守るためにいい人が殺人って言われてもピンとこないというか。だからむしろ現実的なのだ、という見方もありだとは思いますが。

こういうままならないことを経験して、なるほどくん(じゃない)も、哀愁を帯びたおっさんになっていくのだ……。

違うか。

ともかく、のめり込んで読ませてもらった作品です。
表題作に恥じぬ、本作で一番の出来と思います。



……というわけで、随分と長くなってしまいましたが、「満願」、堪能しました!

なんていうか、全体的に少し大人びてますよね。
ダメな男、計略的な女が多かったり。

トリックなんかも、殺人とか消失とか密室とか、マジック的なものじゃないですし。
もっと小さな、視点人物、あるいは作中人物に「部分的な解釈を誤認させる」ことを狙ったようなものが多くて、リアルです。

騙すというよりは、欺く感じというか。ただの語感ですけど。


個人的好みと、無い物ねだりから、強いていうならば。

④がなくて、叙述とか、「折れた竜骨」的なファンタジーとか、一味違ったのがもう一個あれば、最強短編集だったかも、なんて思ったりします。


いずれにせよ、全体通して、話は面白く、文章は読みやすく、仕掛けで不可解・理不尽なことはなく、ロジカルな解明もきちっとなされた、高品質な名作です。

気がつけば一晩で読み切ってしまいました。
面白かったです!

ではでは。



満願/新潮社
¥1,728
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