”魅惑的だ!”この映画についての感想を訊かれたら、それしか答えは浮かばないだろう。原稿用紙に感想文を書けといわれても、やはりこの一言しか書くことはできない。たとえノルマが10枚でも、100枚でもだ。


 


 映画版「STAR TREK Ⅹ」(オリジナル・クルーではなくて、オリジナルから1世紀後の設定の続編「THE NEXT GENERATION」のクルーの物語)の公開時に、もうSTAR TREKの映画は製作しないと発表されていたから、よもや、まさかである。しかし、監督がJ.J.エイブラムスだと聴いて落胆した。ぼくと同じトレッキー(スタートレックヲタク)が世界中で反対活動を繰り広げた。


 J.J.エイブラムスの監督デビューは「M:i:Ⅲ」。脚本家として「アルマゲドン」。製作として「クローバー・フィールド」(ぐるぐるカメラ・ワークで、ぼく、劇場のトイレで何回もゲロを吐いちゃいました)。TVでは製作総指揮として「エイリアス」「LOST」でTVドラマのアカデミー賞といわれるエミー賞を取っている。


 アクションについては問題はないがしかし、40年続いてきたSTAR TREKの世界へ入り込むことができないだろう。それが彼に対するトレッキーの評価だった。


 「ジェイムズ・ティベリウス・カークの若き日の冒険を描く」映画になる。


 監督はそう発表した。


 つまりトレッキーが一番渇望している部分を映画にするというのだ。


 カークの若き日の話は小説でしか読むことができなかった。


 しかし、正史に基づいたものになるのか?。




 たとえば異星人同士の共存と平和、技術交換を目的として2161年、惑星連邦が設立され、本部をパリに置いたということをトレッキーは知っている。


 2245年、宇宙艦隊の最新鋭艦USSエンタープライズNCC-1701が、地球軌道上にあるサンフランシスコ・ヤード・ドックにて完成されたことも知っている。


 同年、初代艦長ロバート・エイプリル大佐の指揮の下、処女航海である最初のFive Years Mission(5年間の調査飛行)に出たことも知っていれば、2代目艦長クリストファー・パイクがタロス4号星で強烈なテレパシー能力を有するタロス人と接触、廃人となり、3代目艦長としてジェイムズ・ティベリウス・カークが就任し、Five Years Missionに出航したことも知っている。


 しかし、ドクター・マッコイやクリストファー・パイク艦長の副官であったヴァルカン人ミスター・スポック、クソ真面目な日系人航宙士ヒカル・スールー(TV日本語吹き替え版ではミスター加藤)、17歳で宇宙艦隊士官学校を卒業した、ロシアの天才少年パベル・チェコフ、異星間語学の天才であるアフリカ・バンツー族出身の美女で通信士のウフーラ、そして能天気で大ボケな機関士モンゴメリー・スコット(愛称はスコッティー)がどのようにしてカークの元に集まり、USSエンタープライズに乗り組むことになったのか、またそれぞれの幼き日のことは一切知らなかった。小説にもそこまでの記述はないのだ。だからここは監督のオリジナルとなるが、それも正史の1ページとして刻んでも遜色のないものでなければならない。




 トレッキーは単なるファンとは違うのだ。


 1976年、初めてNASAが打ち上げるスペースシャトルはNASAの「最初に打ち上げる新型ロケットは船名を”コンステチューション”としなければならない」という規則に基づいて”コンステチューション”と決まっていた。それを世界のトレッキーが一斉に抗議ののろしを上げ、署名運動から、ホワイトハウスに押しかけ、当時のフォード大統領に電話攻撃をかけ、ホワイトハウスから一歩も外に出られないようにして、船名を変えさせるに至った。


 大統領はホワイトハウスからTV中継の緊急発表を突然行い、第1号シャトルの船名を”エンタープライズ”に変更すると発表した。


 また、4000万ドルというハリウッドがそれまで経験したことがなかった巨額な費用を投じて製作された、79年の映画版第1作を「瀕死の鯨を浜に引きずり揚げてしまった」と酷評し、原作者でもあったプロデューサーを以後のシリーズの現場から引き摺り下ろしてしまった。


 そんな連中がこの映画を観てどんな感想を持つだろうか。


 ぼくにはわかる。


 


 ”魅惑的だ!”というに違いない。


 


 きょう、ぼくの「STAR  TREK正史」に新しい1ページが加わった。