Tom's TAPE | 古路巡礼。

Tom's TAPE

(今日も真夏日となります。熱中症にご注意ください、)

毎朝天気予報から同じフレーズが流れる季節になった。
今年の夏は、例年以上にクソ暑く感じる。

先日、毎年恒例の職場の納涼会があった。



春川「今日こそは言うぞー!」

春川は入社6年目。薄々感づいてはいたが、
おととし入社した俺の部下、小山に想いを寄せているらしく
飲んだ勢いで告白するつもりらしい。

春川「さいあきさん、今日は告白しますんで!」

俺「俺が小山だったらごめんだな」

春川「えー!?なんでですか!?だって彼氏いないんですよね?」

俺「はぁ?彼氏がいねぇ?
  それじゃお前「あわよくば付き合ってください」
  みたいなもんじゃねーかよ!人を好きになるってのはな、」

春川「人を好きになるっていうのは?」

俺は春川と話すうちに、人を好きになるということは
天地がひっくり返ってしまうぐらい
自分がどうかなってしまうことを思い出した。




【Tom's TAPE】

「トムが一番で、さいあき君が二番!」

「うそうそ!怒った?」

いたずらな顔をして下から俺の顔を覗き込む。

俺「あーそー。」

トム・クルーズが好きなその娘は
のんちゃんという娘だった。

のんちゃんのバイト先まで迎えに行き、
門限の22:00まで家に送る。

車を運転して、そしてちょっとだけ車を停め話をする。
これが毎日の日課だった。

のん「帰りたくないよー」

俺「だめ。絶対だめ。帰りなさい。」

のんちゃんは実家住まいであったため
門限があった。

のん「あと30分ぐらい大丈夫だよ」

俺「だぁーーーめ!」

以前、実家住まいの娘と付き合ったことがあったが
門限を過ぎた日があり、相手の親がそれはもう不機嫌になり
それからギクシャクしたふたりは結局別れてしまった。

のんちゃんとはそんなことにならないよう気を付けていた。

(困ったな。。)

まったく車から降りようとしないのんちゃんを
見ながらそう思った。

俺「あ、じゃあ今度の休みに美味しいパスタ食べに行こうな!」

のん「うん!行きた~い!」

俺「はい!じゃあ降りて降りて!」

やっと車から降ろした。

俺「じゃあまた明日」

ルームミラーに写った手を振るのんちゃんを見ながら
車を走らせた。

(このままじゃ門限を破るのも時間の問題だなぁ)

信号待ちでそんなことを思っていたら
いいアイデアを思い付いた。



次の日、バイト先にのんちゃんを迎えに行き、
車を停めてしばらく話し、そしてまもなく門限の時間となった。

のん「帰りたくなーい♪帰りたくなーい♪」

今日はEテレの「おかあさんといっしょ」に出てくる
「帰りたくない歌」を歌い始めた。

俺「今日はきっと帰りたくなる理由があるよ」

のん「えー。そんなんないよー!」

俺「これだよ」

俺はグローブボックスを開け、1本のカセットテープを出し
指ではさみ、のんちゃんの目の前でカタカタと振った。

のん「えー!なにそれー!」

俺「Tom's TAPE」

のん「ええー!なになに??」

トム・クルーズが好きなのんちゃんのために
俺がラジカセを前に60分間、DJバリのトークと
音楽を録音した「ボイスレター」だった。
このボイスレターに「Tom's TAPE」とい名を付けた。

のん「聞きたーい!今聞こ!」

俺「だぁーめ!のんちゃんがなかなか帰らないから
  家で聞いて楽しむために作ったの!さ、降りて降りて!」

のんちゃんはその夜はゴネることなく
サっと車を降りた。

俺「お楽しみに!」

そう言って車を出すと、のんちゃんが握っていた
カセットテープは、手を振るごとにカタカタ鳴った。




「ハーイ!今夜もアリガトウ!」

家に送ったのんちゃんが、風呂を上がってから聞くと
想定して作ったテープなので、始まりはいつも
「今夜もありがとう」で始めた。

「じゃあ今夜は俺が17歳の時によく聞いていたこの曲をどうぞ!」

ラジカセをポーズボタンで停め、17歳の時によく聞いていたCDを
探すが、あると思った場所にない。

さんざんあちこち探したが、ついに見つからなかった。

仕方がないので20歳の時によく聞いていたCDを入れた。

「はい、20歳の時によく聞いていた曲を聞いてもらいました!」




翌々日、バイト帰りののんちゃんにやっぱり言われる。

のん「ねぇ、この前のテープでさぁ、17歳の時に聞いていた曲をどうぞ!って言って
   曲が終わったら20歳の時によく聞いていた曲でしたって言ってたんだけど
   どーゆーこと??」

俺「ん?そんなんあったっけ?」

のん「あったよー。なんでそーなっちゃったの??」

俺「さーねー。。」

のん「なんでー??」

俺「曲がかかってる間に3年経っちゃったんじゃない?」

のん「そんなことあるわけないじゃん!」

この一件から、話す内容や流す曲をちょっと準備するようになったが
なにせ素人のお手製テープなので、いろいろ不手際があった。

テープを渡す夜はずっとずっと続いた。

あの「帰りたくない」とゴネていた頃が懐かしく思える。

そうしているうちに、俺も職場で大きな仕事を任されるようになり
帰りが遅くなる日も多くなった。

のんちゃんを送り、停めた車で話しているうちに
仕事の疲れで眠ってしまうこともあった。




のん「ねぇ」

俺「あ、ごめん。寝ちゃったね。ごめん」

のん「もう、いいよ」

俺「え?何が?」

のん「テープ。もう作らなくていいよ」

俺「うん。。でも。。」

のん「もういっぱいもらったから。今までどうもありがとう」

俺「テープ、何本になった?」

のん「120本。ほら、きょうどキリがいいし!」

俺「ん~、ごめんな。キリが悪くて」

そう言ってグローブボックスから
121本めのテープを出し、
カタカタと振ってからのんちゃんに渡した。

俺「こんなことだったら。。」

のん「なに?」

俺「ギネスに申請しておけばよかった」

のん「大丈夫!あたしの中のギネスブックでは
   さいあき君が世界一だから!」

門限を守るために作ったTom's TAPEは
結局3年間作り続け
121時間のんちゃんに語り続けた。

のんちゃんとは結局結ばれることはなかったが
「いつか男になって世の中の男たちを仕事で見返してやる」と
いつも口癖のように言っていた働き者ののんちゃんは
今では大きな企業の取締役になったらしい。

俺がまた恋に落ち、あの時と同じことができるかと言ったら、
きっとそれはできないだろう。

たぶん俺の事だからきっと、
またとんでもないことを思い付きやってしまうと思う。

天地がひっくり返ってしまうぐらい
自分がどうかなってしまう理由ってのは



いつの時代も、愛に恋。