「津田さん」

 人気の多い、休日昼過ぎの駅前。街灯に寄りかかる草臥れたスーツ姿の男に声を掛けると、「津田」は煙草の煙を吐き出しながら、こちらを振り返る。

「おぉ、久しぶりやな」

 まともに食事を採っていないのか、最後に会った時よりも顔色が悪い気がするが、津田は前と変わらず、顔をクシャッとさせながら笑いかけてくる。

「津田さん、まだ煙草止めていないんですか」
「すぐに止めれるものちゃうで、こればかりは」

 ハハッと笑いながら、津田は持っていた携帯灰皿に煙草を押し付けた。

 津田は前の職場の先輩で、私が仕事を辞めてから約一年ぶりの再会となる。昨夜、急に連絡が来たので、何かあったのだろうかと不安になったのだが、ただ、「久しぶりに顔が見たくなったから」とだけ言われたのだ。

「何か食いに行くか。何食いたい?」
「何でもいいですよ。津田さんのお好きな物で構いません」
「お前はいつもそう言うな」

 再びクシャッと笑いかけると、津田は私の斜め右側を歩き始めた。私もすぐにその後を追うが、相手に歩幅を合わせずに自分のペースを貫くところは、昔から変わっていなかった。

 かつて見ていた津田の後ろ姿も、たった一年で草臥れたスーツが馴染むようになっていた。昔はもっと生き生きとして輝いているように見えたはずなのだが、これがかつて自分が好きだった男の姿なのかと思うと、久しぶりに会ったことを少し後悔しそうになった。

「……何かあったんですか?」

 津田の斜め後ろを歩きながら、無表情のまま問い掛ける。しかし、津田は何も言わないまま、斜め右側を歩き続ける。相変わらず、歩幅は変わらない。

 思えば、いつもこうだった。仕事でも常に周囲を自分のペースに巻き込み続け、他人が酷い目にあっても、自分はいつも知らん顔。私も在職中は、何度迷惑を被ったことか。

「ここでええか?」

 少し経って津田が足を止めたのは、駅前商店街にあるファミレスの前だった。ピーク時を過ぎているためか、店内にはあまり客はいない。

「ええ。大丈夫ですよ」
「悪いな」

 店内に入ると、津田は喫煙席を指定した。そして、店の奥に仕切られた狭い喫煙席へと案内される。

「好きなもの食べてや。遠慮せんでええで」
「はぁ……」

 席に着いてすぐに煙草を銜えながら、津田は得意気な顔で言った。別にこんな大衆向けのファミレスでわざわざ言われたくもない台詞だが、そこはあえて聞き流した。煙草に火をつけることに夢中なのか、津田も特に気にはしていない様子だった。

 取り敢えず、軽食メニューからサンドイッチとドリンクバーを二人前注文すると、私はドリンクを取りに行くため席を離れた。その間、津田は煙草を銜えたまま動く様子もないので、適当にグラスにアイスコーヒーを注ぎ、自分のオレンジジュースと一緒に席まで運んだ。

「お、悪いな」
「好みが分からなかったんで。適当ですみません」
「いやいや、合っとる。さすがやな」

 銜えていた煙草を灰皿に置くと、津田はアイスコーヒーを一口飲み込んだ。そして、視線をこちらに投げかけると、少し溜め息を吐く。

「美味しくなかったですか?」
「いや、そうやないけどな。……お前、痩せたな」
「そうですか? まあ、辞めてから一年経ちましたから、変化もありますよ」

 津田の視線を避けるように、自分の手元に視線を向けながら話した。視野の端に映りこむ津田は、再び煙草を銜えながら、まだこちらを見ている。

「……仕事は?」
「何もしてません。家事手伝いです」
「……まだ、通院はしとるんけ?」
「……えぇ」

 その時、津田がたまに使っていた、少し癖のある北陸の方言が、耳に残った。


 【続】


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 滋賀県を舞台にした小説、あります。

 創作小説HP『Free Space』

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