明日の準備のため、今日はゆっくりとゾーニングを続けている。

自我に内包された愛を言葉ではない形で体現する作業だ。

自分にしか出来ない表現の方法。

この方法の「テクニック」で一番近いのは、絵を描くことか作曲かもしれない。

絵を描くことにおいて、自動書記のようにあるパターンを描き続けることがある。

その場合、必ず大きなモチーフがぼんやりと存在するのだが、その輪郭がはっきりしていないことが多い。

そのとっかかりを掴むため、幾何学的なパターンを続けて描くのだ。

それを続けていると、やがてモチーフの像が浮かび上がってくる。

でもその「それ」にかかる時間は千差万別であり、時には一瞬で浮かび、時には数年かかることがある。

作曲においても同様。

あるイメージが浮かぶ。

いや音の場合は「降りてくる」が正しい表現かな。

私の場合、大部分においてそのイメージは悲しみと憂いだ。

あるメロディがおりてくるけど、通常それはフラグメント(断片)である。

そのフラグメントは次々に降りてきたり、まったく関係ない他の音断片だったりもする。

つまり別々の曲、の意だ。

私の「蒼」は、実はオリジナルのフレーズは93年に西武ライオンズに在籍していた時、遠征先の藤井寺球場のビジター・ベンチで日曜日のデーゲーム中に浮かんだものなのだ。

隣に苫篠選手(現中日ドラゴンズ・コーチ)が座っていたことを鮮明に覚えている。

実際に楽曲になったのは今年の4月だった。

なんと16年かかったのだ。

けど、たまに一瞬で細部まで降りてくることが多い。

一昨日、長女のイメージで作った曲はこの2週間温めていたフレーズからできたものだ。

Sに言わせると、「アイリッシュ民謡、でも時代は中世のものだね」とのこと。

私もそう思う。

これはたぶん自分というフィルターを通じて「降りてきた」と直感している自分でも「春の幸」以来満足している曲だ。


このような表現のエッセンスを、今別の芸術で生かそうとしている。

要は上記のとおり、自己を掘り下げ、自己内のもっとも深いところに降りて行き、直面し、そしてそこから昇華させることなのだ。

それも人のまねではなく、自我を通じて租借し、自己にしかできない方法で表現することなのだ。

ハトコの恵美ちゃんは俳優だから何のことがよく理解してくれると思う。


ただこれらの自己を掘り下げる作業を、アートとして続けていくと社会人としての意識は遠のき、深く自我内にのみ潜在することになる。

でも周囲の人はそれに気がつかないであろう。

表面的には、通常に振る舞っているから。


そのテクニックはサヴァイヴァルのキットとして幼少のころから身につけたものだ。

述べるまでもなく、それは数々の虐待の賜物・恩恵である。

その恩恵は、私の音楽に悲しみと憂いとして現われている。


それが私のエッセンスであり、私のマクロなのだ。


友が、一年前の私の写真を見て、「ずいぶんと変わったね」とつぶやいた。

「...どういう風に?」

「変な意味じゃないんだけど、大人になったというのか熟成したというのかな」


確かにこの1年は私の47年の人生でも最も濃かったかもしれない。


私はまた進化しようとしている。


明日はその一歩目になるだろう。

コータ姐の涙と笑いのトランスジェンダー道