幽玄漫玉日記

桜玉吉の本なんだけど、この人の漫画はかなり好きだ。ギャグ

なんだけど、時々これは文学なんじゃないか。と思わせる。

一回読んで終わり、って言うのじゃなく何回も読みたくなって

しまう。ただ子供が読んでもわかんない気がする。

この人はウツが入りやすい体質でそのときの文章と漫画は

開高健に近いものをかんじてしまう。内容は自分の周りの

日常を漫画にしてるって言うもの。でもこういう作風って

ウツになりやすいんじゃないかなぁ。あまりに周りを観察しす

ぎてるし。小説家でも私小説を書く人は作家として多作では

ありえないし、(極端なところでは嘉村磯多とか。このひとにいたっては描くネタがなくなってわざと奇行をしてそれをネタにしてるもん。ふつうの人なら恥ずかしくてかけないことまで書いてるしね。昭和初期の作家だけど。それはそれで読めるんだけどなんか読んでてかわいそうになってくるもん。
)ウツになる

人が多い

物語を作る作家は(谷崎とか漱石とか江戸川乱歩)は多作

だし、性格もまともなのが多いなあ。多分私小説家が打つが多

いのは題材を自分にも求めるからだ。内側に求める。そうなる

とネタも尽きやすい。そんでそれで自分を責める。でその過程

すらネタにする。血で血を洗うって感じになる。キツイよな。

でも物語を作る作家は外に題材を求める。情報を集めてネタを自分に求めたりしないもん。だから興味の幅も広くなる。そして情報がどんどん入る。それをネタにする。

さらに題材を求める過程で得た情報が次のネタにつながったり
する。アーサーヘイリーとかまさしくそんな感じだ。人の心の
動きとかは追わないけど、ストーリーで読ませる。だから奇行をしてそれまでネタにするなんて必要ないもんな
だから桜玉吉は面白いけど、かわいそうになってくる。

きついだろうなぁと。