I am Woman



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映画「セックス・アンド・ザ・シティー2」の中のワンシーン覚えていますか?主人公である女性3人がドバイの高級クラブで絶叫していた歌を。「I ama strong! I am invuncible! I am woman!・・・・・・・・」彼女たちが絶叫していた「I am woman」という曲は1972年にヘレン・レディが歌って大ヒットしました。当時のキャピトルレコードにはヴィッキー・カーを含む女性シンガーが大勢所属していましたが、「I am Woman」ほどのヒット曲はなかったと思います。このヒット曲を含んだヘレン・レディのデビュー・アルバム「I am Woman」は私が最も好きなヴォーカル・アルバムのひとつですが、ここに収録されているドン・マクリーン(アメリカン・パイの作詞・作曲・シンガー)の名曲「And I Love You So」は他のどの歌手のバージョンよりも、この曲の切なさを表現している点で感動的です。ヘレン・レディは1941年10月に生まれたオーストラリア出身のシンガーです。この「I am Woman」がヒットした1970年代の前半、私は米国の女性シンガーに入れ込んでいて、この他にもリッキー・リー・ジョーンズ、リンダ・ロンシュダット、カーリー・サイモン、ジャニス・イアン、前述のヴィッキー・カーなどジャンルを問わず聴きまくっていました。1970年代前半は米国が繁栄したと同時に泥沼化したベトナム戦争から抜け出すことができず、各地で反戦集会が開かれた時代でした。そんな時代背景の中、ウーマン・リブの掛け声と背中を合わせるようにしてヘレン・レディの「I am Woman」は生まれたのです。当時私は将来のことなど何も考えずに音楽に没頭し、ある意味では血気盛んな大学3年生でした。



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良書「舟を編む」との出会い

テーマ:読書 2012-06-03 15:56:14

ラスト・・・・・・・・涙が止まらなかった。


朝の通勤車中で読了したのだが、嗚咽が漏れ眼鏡が涙で曇った。


小説を読んでこんな気持ちになったのは久しぶりのことだ。


辞書編纂という気が遠くなるような仕事を通じて描かれた人の情熱・・・・・・ひとつの仕事に魂を込めて没頭することの素晴らしさをこの本は教えてくれた。


それにしても三浦しをんという作家は人物の描き方が上手い。


言葉への愛に満ち溢れた主人公の「まじめ(馬締)」さんは、その名のとおり言葉の編纂という辞書作りに真面目に没頭する。


その一途な姿勢に心を打たれるが、彼を支える仲間や辞書の監修を担当する元大学教授の松本先生の描写がよい。


言葉の海に船出する「大渡海」という辞書のタイトルに準えてつけられたのであろう「舟を編む」というタイトルもよい。


この本を購入したのは今年の初めだが、私の前に家人、義母、娘と3人の女性読者を経て私のところにようやく戻ってきたのが5月の中旬でした。


誰もがこの本を読み、ラストの展開に涙したのです。


「言葉にまつわる不安と希望を実感するからこそ、言葉がいっぱい詰まった辞書を、まじめさんは熱心に作ろうとしているんじゃないだろうか。(中略)たくさんの言葉を、可能な限り正確に集めることは、歪みの少ない鏡を手に入れることだ。歪みが少なければ少ないほど、そこに心を映して相手に差し出したとき、気持ちや考えが深くはっきりと伝わる」


言葉に出さなくたって、夫婦なんだから・・・・・・・・・


言葉にださなくたって、同じ釜の飯を食った仲なんだから・・・・・・・・・・


そんなことはない。


言葉に出さなくては伝わらない。


言葉を慎重に精査する気持ちを失ったとき、お互いの人間関係にヒビが入ることがある。


私も幾度か経験したことがあります。


最後にこの本はできたらカバーをつけないで読んでほしい。


カバーをつけないで読むことの意味が最後に分かるはずですから。

舟を編む/三浦 しをん
¥1,575
Amazon.co.jp




We say OOOO! と言えるものがありますか?

テーマ:日記・つぶやき 2012-05-27 18:35:15

5月13日以来久々のブログ更新です。


4月からテレビ局長を兼任し多忙だったこともありますが、ブログ更新を怠ったのは、明らかに週末にゴルフが続いたせいです。


接待、逆接待、コンペ、プライベート・・・・・・・・・等。


振り返れば3月月28日からGWを挟んで5週連続、そして5月11日から今日までに4回。


さらに6月2日、9日と続いて一段落しますが、その間一度も我が家にキャディーバッグが戻ってきていません。


旅から旅へ。


何で今年はこんなにゴルフが多いのかな・・・・・・・・・・・・・・・


やはり昨年が大震災のせいで自粛した反動でしょうか。


お陰様で、この年齢ににも関わらずスコアがアップしています。


と言っても100を切る回数が少し増えただけですしょぼん


まあ、それはそれでよいことかもしれませんニコニコ


ところで昔の名刺をを整理していて気づいたのですが、今のソニー・ミュージック・エンタテインメントが大昔CBSソニーと言われていた頃のことです。


私がレコード会社で販促課長をしていた時に同業のCBSソニーの販促課長からもらった名刺の左上にこう書かれていたのです。


We Say Music


鮮やかなブルーの文字で印刷されていました。


これがカッコイイのです。


「我々は音楽を宣言する!」


まさにソニーらしい!


いまのソニーとは大違い叫び


当時は、音楽に命をかけているみたいな印象で、ソニーの営業マンを羨ましく思いました。


そんなことを回想していると・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ふと、今の自分にとってWe Say の次にくる文字は何だろうか?と考えてしまったのです。


我々(=私)はOOOOを宣言する。


何だろう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


今の自分にとって世の中に胸を張って宣言できることって。


mmmmmmmm・・・・・・・・・・・・


悩んでしまう。


会社?


仕事?


家族?


趣味?


そういえばあれ程好きな映画も日本アカデミー賞の会員を脱会したせいか、4~5月の間に「アーティスト」1本しか見ていない。


昨年まで続けていたマンドリンオーケストラも辞めてしまった。


辞めた最大の理由は、人間関係に一寸疲れたというのが本音だ。


学生時代に音楽を通じて知り合った仲間との再会は実に楽しかった。


しかし、それが5年も続くと面倒くさいことや性格の違いや考え方の違いが生まれ、そのことを我慢して明るく付き合うことに疲れてしまったのです。


もっとも、これだけ週末にゴルフをしていては練習に参加できるわけがありませんね。


でも、プライベートでは楽しく付き合っています。


会社は好きだし、仕事も面白い。


部下の育成や組織の活性化でまだまだやらなければならないことも多い。


娘も今春に結婚し、同居している家人も義母もお陰様で元気にしている。


小さな環境ながら全てが順調に推移している。


悩むことも少なくなった反面トキメクことも少なくなった。


外で酒を飲んでいても終電を待たずして眠くなってしまう。


これが年齢を重ねるということなのかな~。


読みかけていた本「舟を編む」の続きを読んでいたら、こんな文章に出会った。



「いったいどうしたら、なにかに夢中になれるのだろう。どうしたらOOOのように、これしかないと思い定めて、ひとつのことに邁進できるのだろう。(中略)だけど、もし俺に、一種狂的な思いで打ち込めるものがあったら、きっと、いまとはまったく異なる世界が目に映るのだろう。胸苦しいほどの輝きを帯びた世界が」


この年齢だから、胸苦しいほどの輝きを帯びた世界に出会うことはないだろうが、自分の心が何か新しい出会いを求めていることだけは間違いない。


それが見つかったときに初めて


We Say OOOOOO


と言えるような気がする。


新しい出会いを楽しみにしたいと思う。


そのためには、自分から積極的に動いていくしかない。



スペシャリストの育成とその評価の難しさ

テーマ:企業 2012-05-13 10:35:37

韓国の知識経済部傘下の大韓貿易投資振興公社を通じて日本企業の技術者が海外メーカーに転職しているという記事が今日の日経に掲載されました。


確かに高い技術力を持ちながら、日本経済の不振により企業のリストラが相次ぐ中、優秀な技術者が海外の企業に新たな活路を求めることはあるだろう。


ソニー然り、パナソニック然り、トヨタ然り・・・・・・・・・・・・・・・・・。


日本は総じて技術者が開発した成果に対する評価(=お金)が低いと言われている。


こういう技術者の多くはジェネラリスト的な管理職とは一線を画し、その道の専門家と言われるケースが多い。


日産が今年から始めた「シニア・イノベーション・リサーチャー」という制度やトヨタの「技範」という肩書も優秀な技術者を評価し、それに見合った報酬を与えるということなのだろう。


中小企業には熟練という名の工員さんだっている。


こういう人たちが海外メーカーの誘いにどんどん応じていったら、日本は大変なことになってしまう。


ここまで大きな話ではないが、私の会社もこれから人事評価を見直すようです。


期待したいな~。


では、一般的な総合広告代理店に必要とされる人事評価とはどのようなものでしょうか?


広告代理店には売るべき「商品」や「サービス」がありません。


正確に言えば、自らが作り出した「商品」や「サービス」がないということです。(最近はソリューションの仕組みを独自で持つ企業も出てきましたが・・・)


企業が作った商品やサービスを世の中に広めるための課題に対し、最適な解決策を提案することが広告会社の最も重要な役割です。


その役割を多くの人が分担するわけですが、営業は顧客に向き合い、メディア担当者はテレビや新聞社のような媒体社と向き合い、マーケティングセクションはトータルなコミュニケーションプランを作成し、クリエイターはコピーやデザインなどの実作業に没頭する。


このように企業の課題解決のためには多くの人の協力が必要なのです。


でも、この作業に関わる多くの人のうち、いわゆる管理職になる人、ましてや役員になる人となると、ほんの一部でしかありません。


一般的な総合広告代理店では、本部長(役員兼務)ー局長ー局次長(局長代理)-部長ー次長ー副部長(課長)という流れが、多少の違いはあっても一般的です。


しかし、このラインに乗れない人でも優秀なスペシャリストは沢山います。


例えば不動産や金融など特定の業種に強い営業マンや超ワンマンなオーナー企業の社長に愛されている営業マン。


インターネット広告の知識や仕組みに精通している、少々オタクな媒体マン。


世の中では軽視されているが企画次第ではユニークな提案が可能な媒体のスペシャリスト。


エクセルやファイルメーカーなどを駆使してあらゆるデータ処理が巧みなデスク。


もちろん、デザイナーやコピーライターは言うに及ばず、パワーポイントで企画書を作成させたら右に出る者がいないプランナーなどなど。


反面、中途半端な肩書(OO代理、OO担当、OO担当部長、OO担当副部長、OO担当課長・・・・・・・)を持ち、それなりの役職手当をもらいながら一般社員並みの仕事しかしていない管理職もいます。


ここに人だけが財産ゆえ、広告会社に必要なのは「人財」だと言われる広告代理店の人事評価制度の難しさがあると思います。


しかし、先の一般企業の例ではありませんが、優秀なスペシャリストと優秀でない中途半端な肩書の管理職とを報酬面で差をつける仕組みがないと広告代理店という企業は活性化しません。


今年の4月、電通が発表した組織改革で横文字の肩書を持つ人が大幅に増えたのも上記の理由と全く無関係ではないと思います。


思いつくままに挙げてみます。


■コミュニケーション・プランニング

■グローバル・ビジネス

■コーポレート・コミュニケーション

■アカウント・マネジメント

■CRプランニング

■BIプランニング

■BIソリューション

■デジタル・ビジネス

■ダイレクトマーケティング・ビジネス

■プラットフォーム・ビジネス

■プロモーション事業

■MCプランニング

■出版ビジネス・プロデュース

■インキュベーション

■メディアプランニング

■ストラテジック・プランニング


まだあるのですが、一応局と呼ばれている部署でこの下に第一、第二、第三、第四・・・・・・・・・と続く部署もあります。


特に中堅総合広告代理店ではそこで働く人こそ財産であり、その人財を大切にする仕組が重要です。


仕組みだけではなく、それに肩書と報酬がついて来なければ意味がありません。


だから、ラインのマネージャーの他に優秀なスペシャリストを優遇する制度、そして優秀でない肩書だけの管理職を廃止する勇気が必要だと思います。


中堅総合広告代理店は、人の数の多さだけで仕事をするのではなく、人の質で勝負することがとりわけ重要だから、そのことを心の底から理解している経営ボードがいる広告代理店は成長するだろうし、そうでない広告代理店は成長しないと言えるかもしれません。


新聞を読んでいてそんなことを感じました。






何かが変わるということ

テーマ:ブログ 2012-05-12 22:30:13

まだ、ここに書くわけにはいきませんが、私の周囲で大きな人事的変化が起こりました。


ある意味想定はしていましたが、想定していないところもありましたので、正直驚きました。


それもお客様とのゴルフ出張中の出来事でしたから。


東京では大変だったでしょうね。


ということで土日を迎えてしまいましたので、月曜日に出社してから詳しい話を聞きたいと思います。


世の中、何が起こるか分からない。


そう思いました。


でも、世の中変わらないなんてことはあり得ない。


自分がいなければ・・・・・・・・・・


自分じゃなければできない・・・・・・・・・・


なんて思いあがっている管理職が時々いますがそんなことはありません。


むしろ自分がいなくてもその組織が成り立つように部下を育てなければならないのに。


さらに自身の保身ばかりを考えて後継者を育てないとなると・・・・・・・これはもう、論外です!


きっとこれから私の周囲でも何かが変わっていくのだと思います。


ところでNHKの「梅ちゃん先生」、いいですね!


脚本がいい。


例えばこんな台詞。


戦地に出向いたまま、戦争が終わっても帰国しない夫を待ち続ける娘に父親がこう言います。


「もう、OOO君のことは諦めて実家に帰って来い。母さんも心配しているから」


それに対する娘の台詞。


「私は、待たせる人より待っている人のほうがいい」


「私は、心配させる人より心配する人のほうがいい」


自己犠牲の中から生まれてくる言葉ですから、今の時代では考えられないでしょうが、戦後すぐの時代背景だけに、胸にグッときました。


毎朝が楽しみです!


ところで週末ゴルフが続いているせいか、スコアが徐々にですが良くなっています。


この4週を振り返ると・・・・


111(平塚富士見CC)


107(平塚富士見CC)


105(長南パブリック)


101(ロぺ倶楽部)


さあ、次は5月17日、某大手出版社幹部とのゴルフですが、100を切れるといいな~。


低次元の話で申し訳ありませんでした。




松井秀喜の決断に拍手

テーマ:スポーツ 2012-05-03 10:47:12

10年ほど前だろうか。


西麻布にある「バイキン」というバーによく顔を出していた。


今も活躍する大物有名歌手のマネジャーをしていたOさんという人がマスターの店で、気に入らない客が来たら倍の料金を請求するというのが店名の由来らしい。


命名者は作家の伊集院静氏で、氏自身もよく店に顔を出していた。


その店で伊集院さんが松井秀樹選手のことを熱く語っていたことを今朝の日経のコラム「春秋」を読んでいて思い出した。


記事がその松井選手のことだったからだ。



松井秀喜選手がレイズとマイナー契約を交わした。


米国での10年目、3年前のワールドシリーズ最優秀選手にしてマイナーリーグからの再出発である。


日本での輝かしい戦績とヤンキースでの実績がある選手の決断を人はどうとらえるだろうか。


日本の球界に復帰することもできただろう。


事実、多くの日本人選手が米国大リーグでの熱い壁に跳ね返され日本に戻ってきている。


仮に松井選手が古巣ジャイアンツや宿敵阪神のユニフォームを着たら、それはそれで盛り上がることだろう。


しかし、37歳の松井選手の決断は明確だった。


米国に来た以上、選手生命を終えるとしたらそれは米国で。


現役を続けるならば、たとえそれがマイナー契約だとしても米国球界で、という松井選手の決断に拍手を贈りたい。


彼は記者会見でこうも語った。


「チャンスをもらって感謝している。マイナー契約が僕自身の現状」


何と謙虚な人なのだろう。


しかし、この間松井選手は一人黙々とバットを振り続けていたに違いない。


マイナーからの出発だとしてもメジャーに上がる自信もあるのだろう。


久々に、ぶれない、男の決断を見たような気がする。


それは、あのビールのキャッチコピーのようだった。


「男は黙ってサッポロビール」

年寄りの遠吠えはカッコ悪いか

テーマ:日記・つぶやき 2012-04-30 09:16:17

今朝の某朝刊に掲載された小さな記事の中にこの言葉を見つけました。


年寄りの遠吠えはカッコ悪いか


私の結論を先に申しあげましょう。


カッコ悪くない!と、思っています)


これは、今年の3月に54歳で某テレビ局を自らの意志で辞めたある制作ディレクターの生きざまを取材した記者が記事中で書いた言葉ですが、まるで自分自身に問いかけられているようでドキッとしました。


このディレクターは東日本大震災のその後を丁寧に取材していたものの、僅か1年も経たないうちに、まるで震災などなかったかのように有名人を使った普通の娯楽番組が溢れだした自局の現状に落胆して辞めたそうです。


最後の勤務の日、多くの後輩ディレクターに囲まれた中で彼は将来への警鐘を語って職場を去った。


その警鐘が真摯に受け止められたのか、それとも単なる年寄りの遠吠えに聞こえたのかは分からない。


しかし、そのディレクターは4月から法政大学教授として後輩の育成に全力を傾けているという。


年寄りの遠吠えがカッコ良いか、カッコ悪いかは分からないが、私は年長者の義務としていつも自分が経験した事実や先輩社員から学んだ教訓を後輩社員に伝えるようにしている。


それが企業を存続させるのに必要な私の使命だと思っているからです。


例えば、私は4月から新しい部署の責任者を兼務していますが、仮にこの部署が今まで兼務していた部署と異なり、他を寄せ付けない独特の雰囲気がある部署だとします。


よく言えばひとつの集団として統制がとれている。


よく言えばまとまっている。


だからかもしれないが、この部署の人たちはみんな戦々恐々とした目で私を見ている。


それはまるでこのよそ者が何を企んでいるのか?を探るような目に見える。


例えば、そんな環境の中に入っていったとするならば、あなたならどう行動しますか?


そこで私はかつての経験を思い出します。


それは新しい組織をマネジメントする時に考える心得みたいなものです。



不安、不便、不満、不透明を解消すれば組織は活性化する


かつて先輩社員にこう教わったのです。


この教訓を先輩社員から学び、それを実践して成功した経験が私にはあるので、この基本原則に沿ってこの新しい部署を分析することから始めればよいのです。


確かに統制はとれているが、それは別の面からみれば自由な意見を交わしにくいという組織なのかもしれない。


だから、そこに不満があるかもしれない。


会社の売り上げに最大の貢献をしていながら、他部署に較べて社員の数が少なく、効率が悪い。


だから、そこに不便があるかもしれない。


このようにひとつひとつを「不安」、「不便」、「不満」、「不透明」という切り口で分析し、それを解消していけば、この部署は私を受け入れ、組織活性化の糸口を見つけ出すことができると確信しています。


ここまでは、あくまでも仮の話ですが、私なら以上のように考え、行動に移していくということです。


このようなことは管理職としてのノウハウ本にも書いてあるでしょう。


でも、先輩社員から熱く語られ、それを実践した人間には鮮烈な体験としての記憶があります。


だから、私も私がされたと同じことを後輩社員に伝えたいと思っています。


ただ、私の場合多くを酒席の場で熱く語るので、そのことを後輩社員がどこまで覚えていてくれるかがチョッピリ不安ですしょぼん


日本経済新聞連載の「私の履歴書」。


蜷川幸雄さんの項が今日で終わります。


今年77歳になる蜷川さんの結びの言葉がカッコいい!


「これまでの自分を壊し、まだ見ぬ夢の劇場に向かって、瓦礫の荒野を駆けていきたい。」


これは年寄りの遠吠えなんかでは断じてない。


カッコ良いパンクじじいだな~蜷川さんは。


自分自身もこうありたいと思います。



言い方を間違えると人に誤解される

テーマ:日記・つぶやき 2012-04-22 18:24:52

人に何かを依頼する。


人に何かを指摘する。


人の提案に対し意見を述べる。


人に指示をする。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


人は数多くの場面で人に何かを頼んだり、人に何かを指示したり、意見を述べることがある。


その時、自分では気づかないが、相手に不愉快な言い方をしているために相手から誤解されることがあるのです。


最近こんな話を聞きました。


仮にその人をAさんとしよう。


Aさんからある会社に仕事の発注があった。


その仕事を担当したBくんが書いたイベントの企画書や作成するチラシ等、当然のことだがBくんは逐一Aさんに校正原稿を送ります。


結果的にはBくんに非があるのだが、校正をした後Aさんは、必ず一言付け加えてくる。


それもメールで。


OOOOOが違います。


OOOOOが抜けています。


校正ですから当然こういったやりとりがあります。


その後に


「こんな初歩的な間違いがある台本(企画書)を校正と称して送らないでください。もっとそちらで詰めてから送ってください。他の人もチェックしているのですか?こっちも忙しいんだから!」


こんな返信メールが返ってきたのです。


確かにAさんは正しい。


けれど次のような言い方だったらどうでしょう。


「以上、校正しましたが、もう少し御社のほうで詰めてから原稿を送ってもらえれば、こちらも時間の節約ができ助かります。次回からよろしくお願いします。」


これだと受け取る側は随分印象が違うと思います。


次から間違えないようにしようと思います。


人は上から目線で注意されたり、指示されると無条件に反発する生き物なのです。


人の心を動かし、自分が意図する目標に誘導するためには、相手の立場に立った言い方というのがとても重要だということです。


ある企業の営業セクションで、20人以上の部下の交通費の伝票を半日がかりでチェックし、部下が書いた経路の交通費が違うことを見つけては部下を呼んで間違いを正す部長がいるそうです。


「Sくん、この経路の金額が10円違う。伝票を書き直してください。」


確かにこの部長の指摘は正しい。


でも、これが部長という立場の人が半日がかりでやる仕事なのでしょうか?


こうなると、部長の指摘が正しいとか正しくないとかではなく、


「あの部長細かいな~。でも、あんなの部長のやる仕事じゃねえよ。もっと部長らしい仕事をしてほしいよな~」


なんて批判が飲み会の席で渦巻くのです。


これも一例です。


言っていることや指摘していることは正しいが、果たして言い方が上から目線でないか、果たしてその指摘が自分の役職に相応しいか、などを常に検証する必要があります。


最近の飲み会の席で長い付き合いのある女性が、私の先輩が数年前にその女性に放った一言をしっかり覚えていて、酒が進むうちに悔しくなったのか涙ながらに私に訴えてきたのです。


怖い話でしょう?


私は人に何かを伝える前に、人の話をできるだけ聞くように心がけています。


Listen First!です。


こんな本もあります。



リッスン・ファースト! ソーシャルリスニングの教科書/スティーブン・D・ラパポート
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映画「アーティスト」の評価と興行形態の難しさ

テーマ:映画 2012-04-22 09:35:02

昨日、浜松町にある文化放送12階にあるイベントホールで「Kesennuma Smiles~気仙沼に笑顔を、気仙沼から笑顔を」というイベントが開催された。


気仙沼最大の水産加工業者である「阿部長商店」主催によるイベントで、堤幸彦さんが演出し、TBSのCSチャンネルで震災1周年の3月11日に放送された気仙沼が舞台のドキュメンタリー映画の上映とその作品の主題歌を歌った熊谷育美さんによるミニコンサートのコラボです。


たまたまこのイベントの運営を当社が受託した縁で立ち会ったわけですが、堤幸彦監督、その映画に主演した生島兄弟、その映画の主題歌を歌った熊谷育美さん、そして気仙沼を代表する企業阿部長商店様の協力があってこそ実現したイベントです。


小さな会場でしたが、気仙沼からバスツアーで訪れた人を含め、この日会場を訪れた人たち全ての心に何かを刻んだイベントだったような気がします。


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心に刻む何か・・・・・・・・・そういう意味では映画「アーティスト」ほど今という時代に生きる人の心に分かりやすく愛を刻んだ作品は近年ないと思います。


思いもかけないのか、順当なのか分かりませんが、アカデミー賞を受賞した後の公開というタイミングに加え、モノクロサイレント映画という話題が映画ファンを惹きつけました。


ところが公開してみると、興行面で苦戦。


これを数字で見るとオープニング2日間で動員4万2277人、興行収入5319萬3300円。


これは同じGAGAが3月に公開した「マーガレット・サッチャー」対比43%という物足りなさです。


それが証拠に初登場7位のあと9位に後退しています。


私が観た銀座のシネスイチッチ銀座も空席が多く目立ちました。


話題性があり、この作品を観た多くの人が「感動した!最高だった!」と伝えるのにどうしてヒットしていないのか?


ちょっと不思議な気がします。


銀座のシネスイッチや渋谷のシネマライズで上映されているところを見ると、この作品を買い付けた配給会社のGAGAは作品の性格から、当初単館向け興行作品と判断したのだと思います。


それが一転アカデミー賞候補になったことから、TOHOシネマズやワーナーマイカルシネマなど大手チェーンで拡大上映した結果、1館当たりの観客アベレージが低下。


シネコンの多くがスーパーやショッピングモールなどに入っているので、そもそも「アーティスト」という作品を観たがる観客とは層が違うのだと思います。



クチコミが拡大した後に上映館を増やすという戦略はとれなかったのでしょうか。


・・・・・・・・・・・・アカデミー賞作品賞を受賞したわけですから、難しい選択ですよね。


もう一つは、作品内容です。


音も色もない純愛映画では3D映画を観慣れた今の若い人たちを惹きつけることができなかったのかもしれません。


俳優の繊細な表情や仕草だけで観客に訴えるサイレント映画ならではの魅力は沢山あるのですが、その魅力をアカデミー賞作品賞というコピーだけで伝えるのが難しかったのでしょう。


配給元のGAGAも焦ったのか、当初の戦略どおりなのか分かりませんが、21日(土)日本経済新聞朝刊にカラー全15段の広告を打ちました。


ソフィアの森の映画と音楽&広告、マーケティング



コピーは、


「2011年英国王のスピーチに続き、2012年アカデミー賞作品賞受賞、今年最高の名画!!」


です。


映画に深い理解を持ち、お金も教養もある「大人」に絞った戦略なのだと思いますが、この層の人たちの心に突き刺さるためには「アカデミー賞受賞作品」というだけではちょっと物足りないような気がします。


人生の涙も、人生の愛も経験したキャリア充分の大人有名人の感想コピーがあっても良かったかもしれません。


しかし、大ヒットしなくたってこの作品の価値が下がるわけではありません。


サイレント映画の帝王ダグラス・フェアバンクスを想起させるジョージ・ヴァレンティンを演じたジャン・デュジャルダンの演技もジョージの愛犬を演じたアギーの演技も良かった。


そして何よりも素晴らしいのはモノクロサイレント映画に突如色と音がつくラストシーンではないでしょうか。


この仕掛けには驚きました叫び


これは見てのお楽しみです!


私にとって作品内容と興行形態の選択がいかに難しいかを考えさせられる作品でした。


脳梗塞で倒れた西条秀樹さんの復活コンサート

テーマ:日記・つぶやき 2012-04-15 19:00:25

同窓会コンサート


同窓会・・・・・・・・何と懐かしく、癒され、優しい響きなのだろうか。


私がシニア世代であると同時に人と人の繋がりが縁となり、「同窓会コンサート」と呼ばれる、60年代~70年代の歌謡ポップス黄金時代にヒット曲を生み出したアーティストたちが集うコンサートをサポートしています。


「同窓会コンサート」というコンテンツは新聞やラジオのようにシニア世代に支持されている媒体と相性がよいのですから、広告代理店として何かやらねば、という気持ちも確かにあります。


分かりやすく言えばスポンサーニーズに応えることができるコンテンツなのです。


でも、何よりも心を動かされれたのはシニア世代を動かす「音楽の力」です。


会場集まったシニア世代の人たちの元気な掛け声や笑い声。


最年長は元フォーリーブスの江木俊夫さんやあべ静江さんの61歳。


最年少は柏原芳恵さんの46歳。


他の出演歌手を順不同で並べると、今陽子、あいざき進也、高道(狩人)、伊藤咲子、あべ静江、フィンガー5のアキラ、GAROの大野真澄、青い三角定規のクーコ、双子のリリーズ、そして柏原芳恵。


第2部は脳梗塞でリハビリ中の西条秀樹さん中心の構成でしたが、第1部が16時30分から始まり途中15分の休憩を挟んでコンサートが終了したのが20時30分でした。


ま~、長いこと!


それでも飽きない。


15分の休憩時間はトイレの前に長蛇の列でした。


ポイントはトイレタイム。


このコンサートに来たのは昨年12月の中野サンプラザに次いで2回目です。


会場の渋谷公会堂は1階が満席、2階が8割ぐらいの入りでしょうか。


男女ともに50歳以上の人が大半で、60%が女性。


男性観客の中にはかつての親衛隊がいるため、柏原芳恵などが登場すると一斉に掛け声がかかります。


「よしえちゃ~ん!」


う~ん、懐かしい!


そしてペンライトの大波、小波。


まるでタイムスリップしたみたいでした。


2部に登場した西条秀樹さんは、脳梗塞の後遺症で口元や足元が多少おぼつかないのですが、一旦歌い始めると完璧に歌唱したのには驚きました叫び


さすが、プロ!


「ブルースカイブルー」を歌った時にはかつての人気アイドルがリハビリ中の自分をさらけ出している姿に不覚にも涙してしまいました。


西条さんも4月13日に57歳の誕生日を迎えたそうですから、もう立派なシニアです。


この世代は元気がいい反面、思いもかけない病を突然医者から告げられる世代でもあります。


先ほどある人のブログを読みました。


彼は医者です。


今まで病気らしい病気をしたことがないのに、たまたま4月9日の健診で受けたCTIで脳腫瘍が見つかり、明日16日には脳の開頭手術を受けることになったそうです。


診断からわずか1週間です!


腫瘍が発生した部位のため手術次第では術後言葉を失う可能性があるそうで、その事実に対する自分の気持ちを正確かつ客観的にブログに綴っています。


でも、彼の心の奥底にある気持ちがそう簡単にこの事実を受け止められるはずがありません。


「どうして?」・・・・・・・・・


「こんなに健康なのに」・・・・・・・・・


人間ならそう思ったはずです。


西条秀樹さんだって、まさか自分が脳梗塞で倒れるなんて微塵も思っていなかったはずです。


この「どうして?」が、シニア世代には突然起こるのです。


自分が気づかないところで心身に老化が起きている。


機械が錆びていくように、私たちのカラダは、呼吸するたびに酸化し、細胞を傷つけている活性酸素によって錆びついていくのです。


このようにして抗酸化力が衰えるから癌を初めとする多くの病気になるのです。


でも、この老化は自分ではなかなか気づきません。


肉体的な変化に気づいたときには既に手遅れということになり易いのです。


4月14日に渋谷公会堂に集った人たちの多くが、こういう悩みを抱えたシニア世代なのです。


だからではないのですが、この一瞬のために気合を込めて盛り上がるのかもしれません。


ホント、すごいパワーでした!


「どうして?」が自分の身に降りかかった時に後悔しない生き方こそ理想ですが、そう簡単ではない。


過ぎ去った過去を懐かしむこともなく、見えない明日にすがることもなく、目の前にある今日を真剣に生きることが理想だと分かりながら、もがいて生きているのがシニア世代なのです。


だから、「同窓会」という言葉に不安を忘れる何かを感じ、人は集まるのかもしれません。


同窓会コンサートを見てそんなことを感じました。



時は老いをいそぐ

テーマ:世の中 2012-04-08 13:14:17

時は老いをいそぐ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


このタイトルを見て、これがアントニオ・タブッキの著書のタイトルだとすぐに分かった人はなかなかの本好きだと思う。

時は老いをいそぐ/アントニオ・タブッキ
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何か・・・・・文法的にはスッキリしないのだけれど、老いが足音を忍ばせて近づいてくる気配が感じられる。


チャン・ツィィーが」主演した「初恋のきた道」というタイトルに触れた時、なぜ「初恋が」ではなく「初恋の」なんだろうと悩んだ時に似ている。

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今日のテーマは「老い」です。


ゴルフをやった翌日は必ずと言ってよいほど腰が痛くなる。


でも熱いお風呂に入り、2日目になれば殆ど回復する。


何度プレーしても同じ過ちを繰り返し、100を切ることができないしょぼん


最近眼医者に軽い白内障ですと診断されたついでに右目の前でウロウロしている黒い虫のようなものは何でしょうか?と尋ねたら検査の結果飛蚊症だと診断された。


いずれも老いからくる眼の病だ。


現時点では治療の術はなく、ただただ病気が進行しないように祈るしかないのだそうだ。


このように「老い」というのは自分自身の肉体に表れる小さな変化から感じ始める。


例えば朝起きて着替えのとき・・・・・・・・・・


今までは立ったまま腰を少しかがめれば簡単に履けた靴下がはけないことにある日気がつく。


これはショックだ!


年を重ねるというとカッコイイが、私のように60歳になった人間は誰しも肉体的な「老い」に直面し始める。


それは前述のような眼の病から始まり、健忘症がひどくなり、長時間の読書が辛くなり、前日夜更かししたのに朝早く目覚めたりするようになったり、トイレに行く回数が増えたり、なんてことで老いを自覚するのだ。


前述の着替えだってそうだ。


では、年をとることが淋しいことなのか?というとそうでもない面もある。


確かに肉体的には衰えるが、若いときには見えなかったことが逆によく見えるようになったり、精神的なプレッシャーを感じなくなったりすることが増えてくるのも間違いなく「老い」の効果だと思う。


たとえば、私のように企業の役員になると、既にサラリーマンとしての退職金はもらっており、そのことで家のローンも完済し、多少のオツリが残る。


一人娘は嫁ぎ、おまけに両親もこの世にいないということになると学費の負担や老老介護の心配もなくなる。


あとは自分の健康と家人の健康を願うばかりで来たるべき年金生活のことをチョッピリ考えてみたりすることもある。


例えば、会社での生活を取り上げてみよう。


同世代の人間と出世争いをすることもなく、仮に後輩に序列で抜かれてもまったく気にならない。


まあ、「まったく」というと言い過ぎかもしれないが、少なくともそのことで悩んだり腹を立てたりすることはない。


上目使いで上司のご機嫌ばかりとる必要もなければ、ややこしい恋愛問題でもつれることもなさそうだ。(これはチョッピリ淋しいが・・・・・・)


この1年間で随分と淡泊になったような気がする。


それは老いだけでなく、多分に震災の影響もあると思う。


あの震災を経験したことにより人生の価値観がどこかで変わったのだろう。


あとは他人の気持ちが若いときに較べると格段によく見えるようになってきた。


「なぜ、彼はこんなことで怒っているのだろうか?」


「なぜ、彼はあんな行動をとるのだろうか?」


「なぜ、彼女はこんなことで悩んでいるのだろうか?」


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というように若いときに気づかなかったことがよく分かるようになってきたのだニコニコ


メル・ギブソン主演で「ハート・オブ・ウーマン」というラブコメがあったが、あの主人公のように他人の気持ちが分かるようになってきたのだ。

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不思議な気がする。


一番分かりにくいのが長年共に暮らしてきた家人だと言ったら家人に怒られるだろうか叫び


4月から兼任でテレビ担当の局長に就任したが、就任早々巷では「NOTTV」のCMが大量に流れている。


ついでに言うならば電通と民放各局が仕掛けたテレビ向けネット放送「もっとTV」だってある。


「NOTTV」・・・・・・・「テレビではないテレビ」・・・・・・・なんだか矛盾しているように見えるが、受像機という箱の中で番組を見るということに変わりはない。


茶の間にあるテレビで見るか、個人が所有するスマートフォンで見るかの違いぐらいにしか考えていない私などは、まだまだ視聴端末が少ないのにあんなに大量にCMを流さなくてもよいのになあ~と思ってしまう。


多額の宣伝費を投下するのは、NTTドコモと民放各局が今の仕組みに危機を感じ、何とかしなくては!と思っているからに違いない。


今日の日経にも書いてあったが、パソコンには「ドガッチ」という別の配信サービスがあるし、他にも家電メーカー系の「アクトビラ」だってある。


以前からある「地上波TV」に加えて、「ドガッチ」、「もっとTV」、「NOTTV」、「アクトビラ」、さらに米アップルが開発中の「スマートTV」まで加えたら、いったい消費者は何を見れば」よいのか分からなくなってしまう。


少なくとも今のシニアはそう簡単には踊らない。


NTTドコモにはエイベックスと組んだ、通称携帯テレビの「BeeTV」だってある。


ドコモさん、一体どっちが本命なの?と思わず聞きたくなってしまいます。


話はそれてしまったが、年を重ねるということには多くの別れが伴う。


いわば一枚一枚着物を脱ぐように必要なもの、不必要なものを捨てていくのが老いの人生だ。


この老いの人生の中で捨てるのが一番難しいのが「過去の成功体験」だと思う。


これほど難しいものはない。


30年前に自分が担当した媒体のことを臆面もなく今の媒体担当者に延々と喋っている人をみたとき、この人はきっと永遠に過去にしがみついて生きていくのだろうな~と思い、背筋が寒くなるという経験をつい最近した。


過去の成功体験を捨てるのに必要な第一歩は「謙虚さ」だと思う。


私のように60歳になったばかりの人間は微妙だが、今の60代後半から上の人たちは間違いなく日本の高度成長経済時代の申し子だから、変革が難しい。


そういう頭の固い上司に仕え、デジタルの洗礼を物心ついたときから受けている20~30代の部下を持つ40~50代の人こそ企業変革の中心に立たなければならない。


彼らの責任は極めて大きいと思う。


「時は老いをいそぐ」から、40代の人たちだってうかうかしていられない。


なんだか支離滅裂な展開になってしまったが、「老い」は苦しいだけでなく「楽しい」こともたくさんあるのだと考えるようにしてこれからも生きていけば、まだまだワクワクすることに出会えそうだ。


最後に精神年齢の「老い」は肉体年齢の「老い」とは全く関係ないということもこの年になって気がついた。


私よりはるかに若い人でも精神年齢に「老い」を感じる人が少なくないのが最近の気がかりだ。



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