時は老いをいそぐ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
このタイトルを見て、これがアントニオ・タブッキの著書のタイトルだとすぐに分かった人はなかなかの本好きだと思う。
- 時は老いをいそぐ/アントニオ・タブッキ
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何か・・・・・文法的にはスッキリしないのだけれど、老いが足音を忍ばせて近づいてくる気配が感じられる。
チャン・ツィィーが」主演した「初恋のきた道」というタイトルに触れた時、なぜ「初恋が」ではなく「初恋の」なんだろうと悩んだ時に似ている。
- 初恋のきた道 [DVD]/スン・ホンレイ,チャン・ツィイー
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今日のテーマは「老い」です。
ゴルフをやった翌日は必ずと言ってよいほど腰が痛くなる。
でも熱いお風呂に入り、2日目になれば殆ど回復する。
何度プレーしても同じ過ちを繰り返し、100を切ることができない
最近眼医者に軽い白内障ですと診断されたついでに右目の前でウロウロしている黒い虫のようなものは何でしょうか?と尋ねたら検査の結果飛蚊症だと診断された。
いずれも老いからくる眼の病だ。
現時点では治療の術はなく、ただただ病気が進行しないように祈るしかないのだそうだ。
このように「老い」というのは自分自身の肉体に表れる小さな変化から感じ始める。
例えば朝起きて着替えのとき・・・・・・・・・・
今までは立ったまま腰を少しかがめれば簡単に履けた靴下がはけないことにある日気がつく。
これはショックだ!
年を重ねるというとカッコイイが、私のように60歳になった人間は誰しも肉体的な「老い」に直面し始める。
それは前述のような眼の病から始まり、健忘症がひどくなり、長時間の読書が辛くなり、前日夜更かししたのに朝早く目覚めたりするようになったり、トイレに行く回数が増えたり、なんてことで老いを自覚するのだ。
前述の着替えだってそうだ。
では、年をとることが淋しいことなのか?というとそうでもない面もある。
確かに肉体的には衰えるが、若いときには見えなかったことが逆によく見えるようになったり、精神的なプレッシャーを感じなくなったりすることが増えてくるのも間違いなく「老い」の効果だと思う。
たとえば、私のように企業の役員になると、既にサラリーマンとしての退職金はもらっており、そのことで家のローンも完済し、多少のオツリが残る。
一人娘は嫁ぎ、おまけに両親もこの世にいないということになると学費の負担や老老介護の心配もなくなる。
あとは自分の健康と家人の健康を願うばかりで来たるべき年金生活のことをチョッピリ考えてみたりすることもある。
例えば、会社での生活を取り上げてみよう。
同世代の人間と出世争いをすることもなく、仮に後輩に序列で抜かれてもまったく気にならない。
まあ、「まったく」というと言い過ぎかもしれないが、少なくともそのことで悩んだり腹を立てたりすることはない。
上目使いで上司のご機嫌ばかりとる必要もなければ、ややこしい恋愛問題でもつれることもなさそうだ。(これはチョッピリ淋しいが・・・・・・)
この1年間で随分と淡泊になったような気がする。
それは老いだけでなく、多分に震災の影響もあると思う。
あの震災を経験したことにより人生の価値観がどこかで変わったのだろう。
あとは他人の気持ちが若いときに較べると格段によく見えるようになってきた。
「なぜ、彼はこんなことで怒っているのだろうか?」
「なぜ、彼はあんな行動をとるのだろうか?」
「なぜ、彼女はこんなことで悩んでいるのだろうか?」
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というように若いときに気づかなかったことがよく分かるようになってきたのだ
メル・ギブソン主演で「ハート・オブ・ウーマン」というラブコメがあったが、あの主人公のように他人の気持ちが分かるようになってきたのだ。
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不思議な気がする。
一番分かりにくいのが長年共に暮らしてきた家人だと言ったら家人に怒られるだろうか
4月から兼任でテレビ担当の局長に就任したが、就任早々巷では「NOTTV」のCMが大量に流れている。
ついでに言うならば電通と民放各局が仕掛けたテレビ向けネット放送「もっとTV」だってある。
「NOTTV」・・・・・・・「テレビではないテレビ」・・・・・・・なんだか矛盾しているように見えるが、受像機という箱の中で番組を見るということに変わりはない。
茶の間にあるテレビで見るか、個人が所有するスマートフォンで見るかの違いぐらいにしか考えていない私などは、まだまだ視聴端末が少ないのにあんなに大量にCMを流さなくてもよいのになあ~と思ってしまう。
多額の宣伝費を投下するのは、NTTドコモと民放各局が今の仕組みに危機を感じ、何とかしなくては!と思っているからに違いない。
今日の日経にも書いてあったが、パソコンには「ドガッチ」という別の配信サービスがあるし、他にも家電メーカー系の「アクトビラ」だってある。
以前からある「地上波TV」に加えて、「ドガッチ」、「もっとTV」、「NOTTV」、「アクトビラ」、さらに米アップルが開発中の「スマートTV」まで加えたら、いったい消費者は何を見れば」よいのか分からなくなってしまう。
少なくとも今のシニアはそう簡単には踊らない。
NTTドコモにはエイベックスと組んだ、通称携帯テレビの「BeeTV」だってある。
ドコモさん、一体どっちが本命なの?と思わず聞きたくなってしまいます。
話はそれてしまったが、年を重ねるということには多くの別れが伴う。
いわば一枚一枚着物を脱ぐように必要なもの、不必要なものを捨てていくのが老いの人生だ。
この老いの人生の中で捨てるのが一番難しいのが「過去の成功体験」だと思う。
これほど難しいものはない。
30年前に自分が担当した媒体のことを臆面もなく今の媒体担当者に延々と喋っている人をみたとき、この人はきっと永遠に過去にしがみついて生きていくのだろうな~と思い、背筋が寒くなるという経験をつい最近した。
過去の成功体験を捨てるのに必要な第一歩は「謙虚さ」だと思う。
私のように60歳になったばかりの人間は微妙だが、今の60代後半から上の人たちは間違いなく日本の高度成長経済時代の申し子だから、変革が難しい。
そういう頭の固い上司に仕え、デジタルの洗礼を物心ついたときから受けている20~30代の部下を持つ40~50代の人こそ企業変革の中心に立たなければならない。
彼らの責任は極めて大きいと思う。
「時は老いをいそぐ」から、40代の人たちだってうかうかしていられない。
なんだか支離滅裂な展開になってしまったが、「老い」は苦しいだけでなく「楽しい」こともたくさんあるのだと考えるようにしてこれからも生きていけば、まだまだワクワクすることに出会えそうだ。
最後に精神年齢の「老い」は肉体年齢の「老い」とは全く関係ないということもこの年になって気がついた。
私よりはるかに若い人でも精神年齢に「老い」を感じる人が少なくないのが最近の気がかりだ。