「もう、ちゃんと話す。」


そう言ってあなたは消えた。

これから、彼は4年も付き合った彼女と別れ話をしに行く。


「大丈夫?途中まで一緒に行く?」

「大丈夫。きみのせいではないし。」


ずっと胸騒ぎがとまらない。

彼女と会ったら、もう戻って来ないかもしれない・・・。

彼女のところに戻ってもいいと思いながらも、

彼を束縛したいというワガママな私がいる。



さっきから、時計ばかりにチラチラと目をやっているのに情けなくなる・・・。


思い切って彼の携帯に電話を入れてるが、

電話の向こうには、何の言葉もない・・・。




黙って携帯のボタンを押して切る。


焦り・・・嫉妬・・・寛容になろうとも考えてみるが、

胸騒ぎはとまらない。



携帯が鳴る・・・彼からの着メロだ・・・。


「今、駅の椅子に座っている。 そっとしておいて欲しいんだ・・・。」

彼は力が抜けた低い声で答えてから切った。



駅の雑踏のなか、彼が独りでいる・・・。


そう思った瞬間。

あそこの駅だわ!というある確信が脳裏を過ぎる・・・。



もうすぐ私は式を挙げる、この目の前の男性と。

結婚式場の教会。

神父さんとの打ち合わせにこの人といるのが現実なのに。


つま先から頭のてっぺんまで愛撫を重ねた彼は別の場所にいて、

雑踏の孤独のなかにいる。


「ごめんなさい。私、いかなきゃいけないところがあるの。」

目の前の彼の左の眉がピクリと動いた。

言葉はない・・・。


この男性に買って貰ったバッグを荒々しく抱え、

黒のパンプスのヒールに転げそうになりながらもただ走り続ける私がいる。




これでいいの?

これで??



人の流れなど気にしてはいられない。

他人の視線なんてどうでもいい。


駅のエスカレーターもまどろこっしい・・・。

カツカツとエスカレーターを駆け上っていく。


どこ?どこ?

どこの椅子??


プラットフォームの後ろを振り返ると、

うな垂れて椅子に座っている彼の後ろ姿が見えた。


心なしか・・・彼が泣いているような気がした。



今、彼を離したくない・・・絶対に!


背中合わせの駅の反対側の椅子から彼の背中をそっと抱く。

身じろぎもしない彼。


「来てくれたんだね。」うな垂れたまま彼が言う。

「ええ。」

「いいのこれで?」


「いいのよ。決めたから私も。」

「黙って暫くこのまま動かないで・・・。」



「それに、あなた傘を持っていかなかったわ。」と微笑む。


「顔をあげなくていいから、そのままで聞いて・・・。」





「これからは私があなたの傘になる・・・。」