「ちょっと! 信じられる?! 一週間後は期末テストよ! ねえ! どうするの?!」

 昼。麗奈がいきなり奇声を発して爆発したように頭を掻きむしりながら、そう怒鳴った。そんなに頭をぐしゃぐしゃにしたら綺麗なブロンドに近い髪は乱れてしまうのに。もったいない……。横目で麗奈を恨めしく見ながら左手で長く伸ばした黒髪を撫でる。

「どうするも何もねぇよ。来るもんは来ちまうだろ」

 呆れたように翔太は麗奈のデザートのホワイトクリームがたっぷり入ったプリンのパッケージの蓋を開け、堂々と食べ始める。気づいた麗奈は思い切り翔太の頭にげんこつをくらわしてプリンを奪うとそのまま翔太が使っていたスプーンで食べ始める。

「きゃあ! 関節チューだ!」

 わざとらしく翔太は高い声でそう言うと麗奈から2発目のげんこつをくらった。

「でもさぁ、そんなに焦ってるように見えけど二人とも成績良いじゃない。心配ないって」

 私も呆れてため息をつくが麗奈はぶんぶん、と首を横に振った。

「それがそうじゃないのよ! 良い? ちょっと聞いて……」

 ひそひそ、とこれから秘密を打ち明けるように麗奈は小声でこう言った。

「何て言うの? 恋煩いって言うのかしら……あの日から遙さんに会って私、もう狂ったみたいに何に関しても手がつかないの」

 数秒の沈黙。

 その後に翔太がぶっと吹き出した。

「ぎゃはははっ! 恋煩い?! お前が?! ありえねー! 超ウケる!!」

 まあ麗奈が恋煩いなどと乙女らしいことを言ったから翔太は吹き出したのだと思うけど。うん、少し笑えるかも。

「あぁ?! 何か文句あるの?!」

 麗奈が横目で翔太を睨むと翔太はごめんなさい、と言って体を小さくした。

「はぁ~……遙さんが頭から離れないのよ~どうしよう……」

 心底麗奈は悩んでいるようだ。そんなにお兄様が好きなのか……? 私には分からない。私には、分からない感情だ。

「んでもさぁ、こんなこと言いたかねえけど美和の兄貴って本当、綺麗だもんなぁ~男の俺でも惚れ惚れするし」

 まあ、それは同感かも。お兄様は確かに綺麗でどんな美女よりも美しい。

「ちょっとぉ! あんたまで遙さんを奪おうっての?! 顔だけ良いからって……男だからって容赦しないわよ!」

「っちょ、待てよ! 俺はゲイじゃねぇ!」

 そうだ……。そういえば、尚人、と呼ばれた彼はどうなったのだろう。恐らく彼の名を呼んだ人物が彼の元彼女。もし、今日のことが大学側に伝わりでもしたら彼は停学……いや仮にも椿の者を傷つけた報いとして退学……? そんな―……。私の為に彼が退学だなんて! 今後の将来に関わる重要なこと―……。

「ちょっとごめん! 席外すね!」

 勢いよく立ち上がると、そのまま屋上へ向かいケータイを開く。“椿遙“を液晶画面に映し出すとすぐさま電話をかけた。お兄様は2コール目で電話に出た。

『どうした』

 挨拶もなしに、これだ。まあ最初から期待はしていないが。

「さっきの彼は―……尚人さんは、どうなりましたか?! まさか、退学なんて―……」

『なんだ、お前はあいつのことを心配しているのか』

 機会越しのお兄様の声はいつも以上に冷えているように聞こえる。

「だって……私のせいで彼が……」

『つくづくお前は幸せ者だな。心配ない。あいつの元彼女の祖父がこの大学の理事長で大事にはせぬよう嘆願している』

「―……そうですか。良かった……」

『用件はそれだけか』

「あ、はい」

『ならば切るぞ―……っておい! 返せ!』

「へ?」

 突然機会越騒々しくなった。

 すると数秒して、お兄様より何音階か高い音が私の耳に届いた。

『こんにちはっ! あなた、美和ちゃん?』

「え―……どちら、様ですか……?」

『ああ、俺ね! 俺は杉園真樹(すぎえまき)って言います! あ、遙の親友!』

『だっれが親友だ! お前なんか―……』

『はいはい。はーちゃんはお黙り』

『だれがはーちゃんだ! 杉園、お前、良い加減にしろよ! ケータイ返せ!』

 その会話を聞いて拍子抜けしてしまった。お兄様にもちゃんとした友だちはいたんだな……と。

『美和ちゃんか! 会ってみたいなぁ! ね、暇な日とかある?』

『おい、何言ってるんだ!』

 お兄様の必死な声。そんな声を聞くのも始めてで。冷徹なお兄様からは想像できなかった。この人が変えてくれたんだ、と思った。

『ね、まじで会おうよ! 今日にでも遙つけて椿家行っちゃうから!』

『勝手なこと言ってんじゃねえよ!』

 そんな争いが数分間続いた。正直麗奈と翔太とのやり取りより笑えてしまって。



『すまないな杉園が』

「いえ。でもお会いしてみたいです」

『冗談だろう?』

 そこで始めてお兄様と笑い合った。機会越しだけれど。これも何だか新鮮で。今日は何か記念日にでもなりそうだ。

「美和~? あ、居た」

「翔太」

 今度はこちらがやり取りする番だ。

「ちょっと、まじで心配したよ~何? 誰と話してんの?」

「え―……兄と……」

「―……何で」

「何でって言われても……」

 現場に気まずい空気が流れた。

 お兄様も何も喋らない。

 翔太が怖い。

 私は握りしめている、お兄様=ケータイに縋っている、頼っている。

「切りなよ」

「え?」

「ケータイ、切って」

 何故そんなことを言っているんだろうと私自身分からない。

『おい……古閑か?』

「あ、は―……」

 返事をしようとした途端に翔太にケータイを奪われ、そのまま切られた。

 何だかお兄様といきなり厚い壁で閉ざされてしまったような孤独な気持ちに晒された。

 孤独? 私はお兄様がいないと孤独なの?

 でも―……

「美和……俺が言おうとすること遮ったりさ。それって―……」

 一呼吸おく。

「全部椿遙のせいだよな?」