鉄道ジャーナリスト加藤好啓(blackcat)blog

福祉と公共交通の視点から、鉄道のあり方を熱く語る?
blackcat こと加藤好啓です。
現在の公共交通の問題点などを過去の歴史などと比較しながら提言していこうと思います。

随時更新予定です。

NEW !
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間延びしてしまいましたが、今回も三江線でのレポートとしてアップさせていただこうと思います。

今回は、石見川本駅でのお話並びに江津市役所でのお話となります。

川本町でお話をさせていただきましたが、鉄道で残せるだけの財政負担力もなく、むしろ沿線の住民からすればバス化されることで、利便性が高まるのではないかと期待している住民が多いとも聞かされました。

ただここで気になったのが、住民も鉄道の存続に対しては全く関心がないと感じたのです。
商売気がないと言うか、一人

 

ただ、有田さんが頑張って行動しても、その反中は正直限られるわけです。
それに、こうした努力が結局は次の訪問に繋がらないし、名残り乗車したらそれで終わり・・・になってしまう。


魅力が残念ながら、聞こえてこないんです。

残念ながら、頑張っていますよ・・・でも、その頑張りが三江線の乗ってください。
だけになっているのが非常に残念なんです。

三江線は魅力があるんだ…と口頭で言われても、これは正直かなり難しい。
多分、乗車している人たちにもほとんど伝わらないと思うんですね。

なんか一人で頑張ってはいるけど町全体で三江線を守ろうと言う気概が見えてこない。
結局、全てが空回りしているように見えてしまって非常にもったいなく感じた次第。

さて、石見川本~江津本町まで今回は再び三江線に乗車したのですが、相変わらず名残り乗車組が殆どという感じで2両編成で運転


石見川本~江津までは交換設備が撤去されているため、増発できないと言われています。
実際には、交換設備撤去の問題以上に、徐行区間の多さによる運転時間の延伸が問題ではないかと思ってしまいます。

陸閘を何か所か通過しながら徐行の30km/hで進むため距離にして30km程ですが64分もかかるのでは、正直かなり遅い、大概の人は三江線を使わずに自家用車を使ってしまうであろうと言うのは正直なところでしょう。

更に言えば、徐行区間の約半分が川本町から江津の間にあるし、災害による被害も実は川本町から江津の区間であり。鉄道で残す場合はその辺のリスクも考慮する必要があると言えます。

そうしたことを踏まえたうえで、鉄道で残すとすれば、一部区間だけの観光列車になるかと思います。
すなわち、江の川とセットで売り出して、ちょうど嵯峨野観光鉄道のように川沿いを走って、途中から川下りで下りて来る。


そんな観光列車として再生する。
現状では、こうした形での再生法しか見つかりません。

まぁ、色々とご批判はあるかと思いますが、観光鉄道として敢えて残すとした場合、全線ではなく地域として支えられる範囲での負担になるであろうし、また赤字額が出たとしても十分市民・町民が納得する程度の赤字額で抑えないと難しいのではないかというのが正直な感想です。

これが私の基本的な考え方となります。

 

明日は、江津市役所の見解をお話したいと思います。

 

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また2週間近くあけてしまいました、申し訳ありませんが、早速始めたいと思います。

川本町役場には今回は、前述のとおり石見大田からバスで向かうことにしました。

約30㎞の道のり、バス代金は1300円ほどですが、最初から最後まで乗っていたのは結局私だけで、仮に私が乗っていなかったらこのバスは空車で走っていたことになります。

さて、川本町庁舎は合同庁舎隣の平屋に移動しており、それまでの庁舎と比べるとかなりコンパクトになっておりました。

川本町旧庁舎 Wikipedia

川本町新庁舎

町役場に併設されている、合同庁舎

対応いただいたのは、川本町の「まちづくり推進課」S課長とT係長、名刺交換をさせていただいたのち、三江線に関する現状をお聞きしました。

課長曰く、心情的には鉄道を残したいと思っているし、実際に私以外にも、鉄道ファンなどから多くの意見が、役場にも届いているとのことでした。

まず、言われたことを要約しますと、

  1.  川本町としては、個人としては心情的に鉄道を残したいが、JR西日本が廃止を言っている以上受け入れざるを得ない、町として支えていける可能性は少ない。
  2.  町全体としては、鉄道に関して殆ど期待していないという意味のことも言われました。幾ら鉄道ファンや一部の反対派が鉄道を存続すべきだと言っても、地元の多くの方はその意思がない。
  3. むしろ、バス化により三江線と反対側の道路をバスが走ることで利便性が上がることを期待しており、早くバス化して欲しい

三江線よりもバスの充実を訴えられました。

 

ある程度予測できたこととですが、かなり厳しい言葉を返されました。

私からは、川本町から江津市までの区間存続として、観光をメインとした鉄道の可能性を提案しましたが、鉄道として残すにしても維持費を負担できないということで却下されました。

 

実際、町の財政が決して豊かではないので、これ以上の財政負担は厳しいのでしょう。

 

また、可能性として三江線沿線もしくはその近郊に定住政策などを出来ませんかと申し上げましたが、空き農家や空き農地があるのはむしろ、三江線沿線以外であり仮に野業法人などを積極的に作っても三江線自体の存続にプラスになるほどでもないし・・・6次産業に関しても現状では興味がないと言うことでそれ以上のお話は進みませんでした。

 

約1時間程、お話をさせていただいたのですが、川本町としては、下記のような理由で現状では積極的に鉄道の維持は考えないと言う結論でした。

  1. 町として鉄道を維持するための経費は負担できない。
  2. 企業誘致などは行っている、農業法人の話は、売り上げが大きなものとはならないのではないか・・・と言う理由で却下
  3. 三江線沿いに空き農地や空き家は少なく、むしろ沿線外にある空き家等の方が問題である。

ということで、川本町としても鉄道を自治体主導で保持していくには困難であると言う回答しか引き出せなかったことを報告しておきます。

ここ連日、2連で運行されています。

 

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みなさまこんばんは、11月18日、川本町役場に直接訪問してお話を聞いてまいりました。
もっと情報を引き出そうと思ったのですが、中々思うようにお話を聞くことが出来なかったのですが、約1時間ほど川本町街づくり推進課課長と係長同席のもとお話をさせていただきました。

詳細は後程書かせていただきますが、今回は、三江線と言う枠に囚われない発想を行うため、石見銀山と観光のセット出来ないかと言う視点から、大田市から川本町に抜けるルートで川本町に向かいました。

.

このルートがバスで行けることを発見したのは、ネットのおかげであり、仮にネットが無ければ、どのようにして川本町に向かうか途方に暮れていたと思います。


むしろ、ネットのおかげで非常にローカルな地域にも光が当たったと言えるでしょうか。

バスは太田市駅の前にある営業所から駅を経由して石見川本の駅に向かうルートで、バス自体は、1時間10分程度、終着駅で

の約30kmの道のり、10時半大田市駅前始発と言うことで、石見銀山に行くには丁度良いバスのようで、8人程度が駅前から乗車しました。


途中での若干の乗降はあったものの、石見銀山を目指す8人ほどの団体さんが降りてしまうと、その時点で乗車しているのは私以外は地元の利用者であろうおばさん1名だけ、その人も大森を過ぎて次のフリー乗降区間で降りてしまうとバスは貸し切り状態に。


ただ、バスのダイヤは三江線と接続(6分とか10分と言うことで殆ど待つことなく接続)しており、接続に関しては配慮されていると言えましょう。)

結果的には、石見銀山の大森から川本町までの乗降客は仮に私が乗らなかったら終点まで空気を運んでいたことになります。

さらに、大森から川本へのバスルートを観光路線として活用できるかと言うと、残念ながらそれほど素晴らしい景色があるわけではなく田舎道を走るバス・・・ただそれだけであり、元々大田市と川本町の交流はさほど無いため、新たな観光路線として石見銀山と三江線をセットで売り出すと言うシナリオを仮説はあっさりと取り下げるしかありませんでした。

少なくとも石見銀山を観光する人は、太田市駅、温泉津駅または、仁万駅からの利用が一般的であり、わざわざ三江線を利用して・・・と言うのは考えにくいわけです。

また、仮に川本町に観光拠点を作ったとしても、あまりにも銀山との位置関係で言うと川本町は遠いわけです。

明日以降は、川本町でのお話をさせていただく予定にしております。

 

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現状では、三江線を残すことは殆ど不可能と思われます。
敢えて、可能性を探るとすれば観光鉄道としての可能性を残すべきではないかと考えています。

そこで可能性として考えられるのは、阪急の宝塚方式が一つのヒントになるかもしれないと考えています。

例えば、石見川本を観光拠点(石見銀山の入り口として町興し)していきます。
実は石見川本町は広島からでもバスで1時間半程度、大田市方面からも高速バスで1時間ほどですので、石見川本町を石見の中心的観光地にしてしまい、そこから江津市に向けて列車が走る。
この際、途中での交換を全く設けない棒ダイヤであれば折り返し時間を入れて3時間おきに運転が可能で、1本の列車+予備1両で運用が可能となりますし。
運転要員が両端駅のみですから、最低配置で済みます。

もう1両予備があれば観光客向けにそちらを振り向け(例えば転換クロスシート車は指定席として観光用に優先的に割り振り)ると言ったことや、最高速度が遅いことを逆手にとって、夏場などではトロッコ列車があっても良いですよね。もちろん、冬場でも需要があれば運転するなんてことも面白いかもしれません。

画像 wikipedia
 

もちろん、途中の交換駅が1か所復活出来れば1時間30分ヘッドの運転は可能となるでしょうし。

googleMapから引用

 

可能であれば、現在の徐行区間を少しでも改良して、石見川本~江津市間で55分運転が出来れば時刻表を見ないで乗れるダイヤも可能となります

行政が悪いとか言っている人も存続運動を言っている人にはいるようですが、最終的にお金を出してもらうとなれば島根県・江津市などの自治体から出してもらわない事には始まらないのではないでしょうか。

鉄道会社、を誰が作るのでしょうか、第3セクターは時代遅れと言う意見もありますが、民間だけで、こうした鉄道会社を作れるでしょうか、少なくともウイラートレインも参加はしない、というか返事が無いと言うことは、拒否と見做すべきでしょうし。
岡電・広電もノウハウが無いことを理由に拒否しているわけですから、JR西にはOBの受け入れが出来ないかと言う打診を含めていく余地はあるかと思います。
また、そうした会社を作るとなると、自治体主導のインフラ会社にならざるを得ないと思うのですがいかがでしょうか

現状では、石見川本町は一応意見を聞いてみようと言うスタンスを持ってくれていますので、18日にこうした点をベースにしたお話をさせていただき感触を確かめてこようと思っています。

 

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三江線の在り方を考える。

三江線に関しては、地元でも廃止容認とその後の動きが活発化しているようです。
下記は、毎日新聞に載っていた記事の引用ですが、

JR三江線
廃止後を考える 沿線住民がフォーラム 13日設立 /島根

毎日新聞2016年11月8日 地方版

    社会一般
    島根県

島根県美郷町内を走るJR三江線=関谷徳撮影

JR西日本の三江線廃止表明を受け、三江線の利用促進に取り組む沿線地域の住民団体など8団体が、地域の交通と振興策を考える「三江線地域フォーラム」を設立する。13日に口羽公民館(邑南町下口羽)で設立総会を開催。住民や観光客が利用しやすい交通体系などについて勉強会を進めていく方針だ。【関谷徳】

構成団体は、三江線沿線魅力化プロジェクト実行委員会(江津)


ニュースサイトで読む: http://mainichi.jp/articles/20161108/ddl/k32/020/393000c#csidx52c0cd34b5ee4f39bd6f55f4b5849c2
Copyright 毎日新聞

住民運動が廃止反対運動ではなく、廃止後の動きに一気に飛んでしまっている。
これでは、今まで反対とか、残したいと言っていた人々はどこに消えてしまったのでしょうか。
もちろん、ネットを見ていますと、「三江線を守るんだ」と言って運動?らしきことをしている人もいるようですが、ここで守りたいんだと言っている人は、正直言って100%鉄道を守ることは出来ないと思う。

 

それは、鉄道を何のために残すのか。
また、発生する位であろう赤字をどのように埋め合わせていくのであろうか。

彼らの論調を見ていると、何故廃止問題が起こったかと言うことが理解できない。
自分たちの大好きなローカル線が無くなることは許しがたいから反対する・・・。

根拠全くないです。

 

また、廃止容認派はその後の廃線跡をどうするかを考えていく。

申し訳ないですが、数年もすれば廃墟になりますよ。
こちらも・・・。

 

だって、沿線に人が住んでないところを観光地ですと言っても誰も来ないでしょう。

結局、沿線に有名な観光地と呼べるものもない中で何をしていくのでしょうか。

 

何もないところが魅力だと言いますが、町に住む人にしてみれば近くにコンビニもない、何もない…それで我慢が出来るのでしょうか。


辛辣な言い方ですが、もっとすべきことは、三江線を残したいのであれば三江線沿線の人口を増やす仕組み(沿線に定住者を増やすための方策)を打って、駅舎が診療所と併設といった思い切った発想が必要なのではないでしょうか。

 

私自信は、少し遅いが12月23日に皆さんの概ねの反対派も賛成派も意見が出たところで、敢えて皆様に存続のための運動団体を立ち上げようと思っています。

 

ここで少し、その概要を書いてみようと思います。
 

私が提案する、三江線の活性化案では、全線の存続は最初から考えていません。
全線を鉄道で維持するにはリスクが大きすぎますから。


この辺も実は、以前からそれとなくブログで書かせてもらっています。

過去記事  2016/9/1 三江線廃止をJRが表明しましたが・・・行政が本気で残すのなら、これ位のことはして欲しい http://ameblo.jp/blackcat-kat/entry-12195897038.html

 

私案では、江津市~石見川本以外はバス化で十分であろうと考えています。

このように書くと存続派から大ブーイングでしょうけれど、それほど沿線人口も過去の利用者も少ないと言う事実、さらにバリアフリーをしたところでどれほどの利用が見込めるのでしょうか。

地方の鉄道はかけがえのない地域の足であると言う論調は認めますが、鉄道が無いからと言って過疎化している村や町があるかと言うとそういった地域もある反面、そうでない地域もあるということです。

 

その後の具体的な話は今後順次こちらで発表させていただきます。

 

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