今頃(昨日)生涯プロデューサーだった西崎義展さんの訃報を知りました(ホントに今頃)。
何年か前、出所されたばかりの西崎さんに、一度だけお会いた事があります。
そのさらに前…もう6.7年前になりますが、(「宇宙戦艦ヤマト」の版権管理会社である)東北新社プロデューサーだった頃、「実写で」ヤマトをやりたい!!と一人で大騒ぎをしていた事がありました。
でも、時は「大ヤマト」騒動(興味ある人は調べてください)直後で、会社には「ヤマトには触るな!」と言われ、西崎さんもまだ獄中にあり、「夢のまた夢の話だ」と笑われました。
そして今……
木村拓哉主演「実写版宇宙戦艦ヤマト」が全国の銀幕にかかろうとしています。
やっと西崎さんにお目にかかれた時は既にアニメ「ヤマト復活篇」の製作も始まろうかという時で、既に「キムタク主演で実写版を…」という話もされていました。
僕の西崎さんの印象は、やはりタダモノではないオーラを纏った…プロデューサーの中のプロデューサーという感じで、僕はもう、ただ同行者の隣に座ってるだけで、殆ど言葉を発する事が出来ませんでした。
ただ、その時にも申し上げたんですが、僕が「実写映画化」したかったのは、実は(何度かこのblogにも書いた)”シド・ミード版”ヤマトで、これをハリウッドでやりたい!……という発想でした。
オリジナルアニメシリーズも未完のままだしね。
「西崎義展」は始めて”プロデューサー”という職業があると教えられた名前です。
いわゆる「ヤマト裁判」的には、僕は信条的にも、実際の立場としても松本零士先生寄りではありますが、”プロデューサー”としては、昔から…今も最も尊敬している方です。
わが師平山亨は”プロデューサー”というより”企画者”として…ですね(なんか、エラそう)
ずっと船が好きだったという西崎さん。
船上(から落ちたんでしたっけ?)で死ねた……のは本望……だったんでしょうか…。