バリ島でオリジナルシルバーを作る、感じる。

バリ島で暮らしています。
日々暮らして行く中、自然を見ていて感じるインスピレーションを
デザインし、オリジナルシルバーを制作しています。
そんな毎日に感じる事を綴ってゆきます。

始めてこのブログに訪れた方々。
いつも訪れてくれている方々。

いつもありがとう御座います。

2012年9月9日、ルナコレクション改め
*GAPURA PENGGLIH(ガプラ プンガリ)*
と言う新しいブランドを起こしました。
ガプラ プンガリとは、神々の源に存在する偉大なる愛への入り口、
という意味です。
オリジナルシルバーヒーリング製品をデザイン制作しています。
《道具》として日々の生活の中でお使いいただけるもの
家宝として、孫子の代まで大切にしていただけるもの
そういう気持ちを込めて、日々石と戯れデザインに励んでいます。

http://gapura-penggalih.com

このブログでは、そんな毎日の出来事
新しい作品のご紹介
生きるって何?とか...
笑える話し、真剣な話し、色々書いて行きたいと思います。

アメンバー専用記事は、いつか時期が来たら
公にする日も来るかもしれないと思いますが
私のインドネシアでの心の体験を綴っています。
読んでみたいと思われる方はアメンバーの登録をお願いします。
でも、出来ましたら一番最初から
順番に読んで下さい。

どうぞこれからもよろしくお願いいたします。

*Bijou*

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2016年に入ってから、何か新しいことを手がけるぞって思ってた。

私の場合、こういうインスピレーションは、不意にやってくる。
で、いつも意味がわからない。
解っていることは、「何か新しいことを手がける」事で
じゃ、何を手がけるの?って、自分に聞いてみるけど解らないのだ。

いつもそう、何だか解らないが、解るのだ。笑

そう言うインスピレーションがやってくると
毎日のように「何やるんだろう?」って思うんだけど
不思議な事に、そう思い始めると、「ああ、これか?」みたいな
サインが出はじめるんだね。

で、この新しい事、と言うのはマクラメを編む、という事だったんだけど
サインはまずは、掃除をしているときにやってきた。

私がインドネシアに再び縁が出来たきっかけになったのが
当時、バリ島の道端で作りながら売っている、糸を織物のように
平たいプラスティックの紐に巻きつけ、柄を作ったり
イニシャルに織って(?)ブレスレットやネックレスにする技法があるのだが
その技法で作ったブレスレットやら、ネックレスが出てきたんだよね。

2010年12月31日に、事務所を閉め、店を閉め
その荷物が未だ家の中にあって、少し整理していたときに。

それを見て、「糸?」って思ったんだよね。

何か糸に関係する事かもなぁ...と。

シャレじゃないけど、糸口が見つかるとその後は謎解きのように
次々と「何か新しい事」に関する情報が目につくんだな。

で、マクラメ編みだ!っと思ったんだけど、
マクラメ編みは、大昔(笑)に、専門学校時代、自分のクラスでもないのに
他の授業に紛れ込んで、一度だけやった事があるってな、経験だけ。
その時は、太い紐をタペストリーのように編むと言うものだった。

うーん、やる事はこれかもしれないが、果たして出来るのか?????

とは思ったが、やってみようと思う事が大事。
家にある糸で、編んでみた。

..........................


ネットで、マクラメ編みの作品を見てみたりしたが
大昔に一度しかやった事のないマクラメ、さて、どうやって???

と言うところからだった。


でもまぁ、私の場合、やる気さえあれば、なんとかなるんだな。笑
デザイン学校は服飾科だったが、なぜかジュエリーのデザインの仕事をし始めたり
勉強してできるようになったものよりも、好きで始めたものの方が
モノになるのが、いつもの私。

しかし、家にある糸ではうまく編めないなって事になり調べると
とりあえず、ロー引き紐と言うモノを使うらしい、と解った。
が、バリ島の手芸屋さんに行っても「これだ!」と思うようなモノがない。
あるけど、色は黒とか茶色のみ。

で、ネットでいきなり70色ぐらいの糸をオーダーし
それが到着するのを待つ間に、いろいろな柄を編んでみた。
皮の丸紐でベルトを作ったり、してみた。




ほらね、出来たでしょう?笑


と言う事で、GAPURA PENGGALIH(ガプラ プンガリ)に
新しく、マクラメ編みのカテゴリーが出来ました。

一つ一つ、私が編んでいますので、1日に一個ぐらいしか作れませんが
ぼちぼちアップしていきますので、どうぞよろしくお願いします。
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No.9で終えてしまった、このお話。

その後、旦那さんはどうやって帰ったの?

という質問をいただきました。笑

そうだよね。船はもう出港したのを見送って
カリマンタンに残った旦那はそこに4.5ヶ月滞在して
お金持ってい無いし、どうやって帰ったの?という疑問は起きるよね。

まぁ、その村ではお金が必要無いって言うことで
4.5ヶ月も滞在できちゃったのだろうが
帰るためには、お金は必要だよね。
お金の無い村でお金を稼ぐのは無理というもんだし。
森で採取した果物と、船のチケット物々交換とか????

で、どうやって帰ったの?と聞きましたよ、旦那に。

と言うことで、番外編です。

*************************************

ある日旦那は、村の人が「大きな船が⚪︎⚪︎に着いたらしい」
と言う話をしてるのを耳にした。
「ん?船???........もしかしたら帰れるかもしれ無い?」と旦那は思い
長老のところに、帰る話をしに行った。

「あのー。長老、大変お世話になりましたが
港に船が付いているという情報を聞きました。
その船が自分を雇ってくれるとは限りませんが、自分も故郷に家族がいますし
そろそろおいとましたいと思うんですが....」
長老は少し驚いた顔をしていたが、にっこりと笑うと
そうかそうか。帰るのか.....もう村の一員のように思っていたし
ちょっと寂しいが.....君はまだ若者で、これからだ。
ここで嫁さんを探してこの村の人間として生きるのも良いけれども
君の人生は君の人生だからね。自分で考えて行動するのが一番だ。

そうかそうか....

それでいつこの村を出るのだ?
送る祭りもあるので、その準備をせねばなら無い.......」


旦那はそこで泣きそうになった。


こんな見ず知らずの何処の馬の骨かもわから無い俺のようなものを
こんなに温かく迎えてくれ、こんなに温かく送り出してくれようとしている。


「長老、送る祭りはご辞退します。
自分はこの村の一員のように歓迎してもらえましたし、それだけで十分です。
いつかまた、この地に来れるように、それだけお祈りしてください。
船はまた、いつ出てしまうかもわから無いし、明日の朝一番で
港に向かいます。」

「そうか、それはまた急だが、仕方が無い。
明日の朝一番には、村の若い衆に水牛で港まで送るよう言っておこう。
またぜひここに来なさい。わしが祈ろう。
他で良い嫁さんが見つからなかったら、この村の誰かと恋をしろ。
ここには、美人がたくさんいるぞ。顔だけではなくてハートも美人がな。笑
でも忘れるな。恋をしたら結婚だぞ。それが掟だ。
恋の条件は、水牛をたくさん持っているとか、鶏をたくさん持っているとか
そんなのは条件では無いぞ。分かっているな?
君が心を研ぎ澄ましていれば、この人が将来の伴侶だということは
神が教えてくれる。
神が教えてくれたら結婚だ。余計なことを考えていると
頭が邪魔をしに来るぞ。あの子の家には水牛がい無いとかな。
そういう結婚は、後で後悔することになる出来事が起きる。
相手自身に恋をしなさい。
それ以外の条件で結婚し、それがが満たされなくなったら、
それだけで壊れるものはたくさんある。
恋はいつかは愛に変わり、愛はいつかもっと大きな愛になる。
大きな愛に包まれた家族には、簡単に水牛が見つかる。
そういう事だ。仕事もな。
宇宙の掟では、そういう事になっている。
ハートの要求する事をしていけば良い。頭の要求する事には
少し頭を冷やしてから考えなさい。
そうして生きていれば、何か面倒な事が起きても必ず道が見つかる。
敵は外にはい無いものだからな。そいつはいつも頭の脳みその中にある。
的確な判断をするためには、頭を鍛えるんじゃなくて
ハートと魂を鍛えるのが一番だ。君に幸あれ。」


長老も目に涙を溜めながら、最後の教えを旦那に託した。
固い握手を交わして、別れを告げた。



翌朝、まだ夜が明けないないうちに、村の若者と水牛に乗り込んだ。
村の若者は2人、3人で2頭の水牛に乗りこんでいると
隣の家のおばさんがお弁当を持ってきて、差し出した。
港までは遠いから、これを食べなさい。



1日揺られて港に着いた。
船の船長に会い、乗船の許可をもらった。
若者たちは安心して村に帰って行った。






番外編、終わり

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気がついたら、No.9に成ってました。←話長い!

まぁ、簡単に言うと、昔から旦那は「ダヤック族はすごい」と言う事を
言っていたのですが、今回いろいろ話を聞くにつれ
どう凄いのか、やっと分かった私です。

大自然と美しく共存共栄していた部族だったのですね。

今回この話を聞きながら、ダヤック族をいろいろネットで検索しました。
そうして見た写真には、アイヌのような布や雰囲気を感じたり
頭につける羽を見て、ネイティブアメリカンを感じたり
楽器などを見た時には、オーストラリアのアボリジニを感じたり
その教えや考え方にも、世界中に残る少数民族と呼ばれる
未だ、古代からのものを受け継ぎ、語り、行動する人々の
言っている事、やっている事がとっても似ている事に気がついたのです。

で、何年も前から気になっていた「スンダランド」と言う
謎の大陸、に思いが行きました。
スンダランドに関しては、私は考古学者ではないし
ネットや人から聞いた話でしか知りませんが、あったとしても全然おかしくないもので。
(スンダランドという言葉を初めて聞く人も多いと思います。
気になる方は調べてみてください)


スンダランドがあった時代には、日本も含め
アジアは一つの大陸だったのですが、そう考えると
今では海を隔てて各々の場所で成長していった人々の
古代的な考えが似通っていることとか、同じような文化があった事など
合点が行くよなーと、改めて思うわけです。

森に守られて、培われてきたこのダヤック族の生き方には
私たちが失った諸々の事が、本当は嘗ては人もこういう事ができ
こういう生き方をしており
それは、当たり前の事であって特別な事でもなんでもない事だった
という事を教えてくれます。

今、世界中で考古学的にも今まで発見されていたものよりも
古いものが発見されだしています。
その意味はなんでしょう。


地球を痛めつけ、そこから糧を得ている今の私たちは
自爆の道を進みながら、その事に目をつぶって生きている状態です。
身近な事からでも、人のエゴで家畜やペットとされた動物さえも
不自由な自由しか謳歌できない事にさえ、私には子供の頃から疑問に思えていました。
ましてや、森や草原に生きる動物が絶滅していっているという事は
明日は人間がそうなってもおかしく無いという状態です。


今私たちは、そんな道を歩いてきて感じた事から
古代の人たちの素晴らしい部分と、今の時代の素晴らしい部分を
上手に工夫しながら、後の時代に残す事をしていくために
生まれてきた、大事な時代に生きているように思います。


戦争にしろ、そこから得られるものは何も無い、と
既に分かっていて、なおかつそこに進む事は
賢いと思っているはずの人間がする事でしょうか。


ジャワ島の古代思想に、クジャウェンと言うのがあります。


クとは、行く、という意味です。
ジャウェンとは、粒子、最も小さな一つの点と言う意味です。


全ては、生きとし生けるものは、生命の無いものも、この宇宙も
私たちが目にできるものの全ては、小さな唯の点でしか無い、と言う考えです。
小さな点が寄り集まり、美人ができたり、不美人ができたりしているにすぎ無い
という事です。


そこに行く、とはどういう事を言うのでしょうか。


今の私たちは、その事を頭でわかる時代ではなく
ハートで感じ、魂で感じ「知る」時代では無いかな。
頭でわかっているだけでは、まだ分かっているという状態では無いからね。



知ってしまったらもう、森の破壊や戦争なんてものが
一体どういう意味を持つのか、分かるよね。



天国、と言うものがもしあるとしたら、その小さな点の寄り集まっているだけの
この人間という生命が、各々目に見え無いであろう
この私たちを作っている小さな「点」を視る事ができる人の集まるところに
現れるもの、と私は思う。
政治家が作るものでは無いし、何処かの誰かが作ってくれるものでも無い。



それは一人一人、孤独な作業の中で見つけていくしか無い。



孤独な作業だけれども、見つかった時には
それは大きなエネルギーとして、周りに伝わり影響を与える。



宇宙を作っているのは、まさにそれなのだから。






終わり




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村は森の中にあるので、人間にとって歓迎しかねる動物もやってくる。

ある日、旦那が村の中を歩いていると
10mぐらいも向こうに大きな縄が落ちている....ん?縄???
よく見ると、それはサッカー選手の太ももぐらいはある蛇だった。

「!!!!!!!(蛇に気がつかれ無いように驚きマークも半角英数で。笑)」

そこから近くの民家までは、20mぐらいは離れているが
これは住民に教えておいたほうが良いぞ、と思い
村の人に言いに行った。

村の人は「ほぉ、蛇かね」ってな感じで
ドヒャーーッとは成っていなかった。

そりゃそうだよね。こんな深い森の中に住んでいるんだから
日常茶飯事だよね。でも、危ないものは危ないでしょ?

って思っていると、男はよいしょと立ち上がり
「他に行ってもらおう」と家を出て行った。
旦那も他に行ってもらう様子を見に、一緒について行った。

さぁて、どんな方法で他に行ってもらうのかなーーーって思っていると
「しっ!しっ!」と鶏でも追い払うような簡単なものだった。
でも、その距離が近すぎる。
おじさんそれ、噛まれたらやばくね?って思うが
おじさんは蛇の頭のほうに近づいて、しっ!しっ!ってやっているんだよね。

何にも持た無いで。汗

と、蛇は「あれ?ここ駄目じゃん!」とでも思ったのか
鎌首持ち上げて一瞬おじさんを見たかと思うと、さっさと森の深いほうに
行ってしまった。

「通り道間違えたんだな.....」とおじさんはブツブツ言いながら
旦那のほうに来ると、「さぁ、用は済んだから帰ろう」と。


なんかさー、俺の田舎と全然違うんだよね。
俺の田舎で蛇が出たら、みんな大騒ぎで捕まえて、殺しちゃう。
俺はそれが子供の頃から嫌で嫌で.....


と、旦那は子供の頃からの思いが湧いてきたのか。笑


ここバリ島でも、2ヶ月ぐらい前、我が家の近所に蛇が出た。
友人が近くに住んでいるので、「今度見つけても殺さ無いでね。
日本人にとっては蛇を殺すのは、ここの人が猫殺すのを恐ろしがるぐらいに
やっては駄目な事なんだからね!」と釘を刺した事がある。
私がジャワ島に住んでいた時も、気がついたら大騒ぎになっていて
気がついたら蛇は殺されていた事があって
それをやった連中に大怒りした事がある。


このダヤック族の人たちのように、代々生きてきたのなら
そのあたりの森の生物もめったやたらに、人間が敵にはなら無い事を知っているから
家のそばでオランウータンがくつろいでいたりするんだろうな。
彼らのほうが敏感だから(いや、この当時のダヤック族も同じぐらい敏感だけど)
人間に敵愾心があるかないか何て事は、とうに見抜いているはずだものな。




この写真の子は、スマトラのオランウータンです。



日本で問題になっている、熊と人間の関係とか
そういう事を考えちゃうよね。



森が太古の森のように豊かなままであったなら
動物たちの食べ物は豊富だっただろう。
人間のように、必要以上のものを搾取し無い彼らも
森の中に食べ物がなくなったら、当然人間界の領域にも入ってくる。
それを、人間を襲ったからといって殺していても、何の解決にもなら無い。
ましてや、その森を奪っているのは人間界の輩がしている事だ。



人間界の愚かさを考えるたびに動物(自然界)と人間の共存こそは
これからの時代に必要な事だと思う。
いや、この人たちのように昔は出来ていたのだろう。
自然を畏怖する時代には、そう言う事が出来無いと生きていけなかったのだから。
では、自然との共存を考えなくても生きている私たちは
素晴らしい生き方をしているのだろうか?
必要のないものをどんどん作り出し、それを食べ、昔にはなかったような病になり
自分で自分の首を絞めるような、愚かな事をしている人間たちを見て


森の動物たちはどう思っているのだろう。
神々はどう思っているのだろう。




続く

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狩りの翌日は、遠く離れているけれども市場に行こうと誘われた。
カリマンタンの市場には、この村に来る前に何軒か寄ったことがあるので
想像はついたが、別にやることもないので着いて行くことにした。

村の市場に行くという何人かは、マイカーである水牛に
沢山のいろいろなもの、野菜やら果物やら
お手製の籠やらを山のように積んでいる。

まだ物々交換なのだね。
この時代、インドネシアはもう貨幣経済ではあったが
田舎に行くと物々交換は成り立った。

ちなみに、私が初めてバリ島に来た1984年(?)頃も
このバリ島でも物々交換ができた。
100円ライターとか、日本製のTシャツとかで
お土産物と交換したりしてた。
まぁ、今でも物々交換はあるんだけど、今のそれとは違い
もっと規模の小さなものも、その時代は交換できた。

市場に行きたいという人は、娘が嫁に行くので
その衣装を作る生地が欲しいとのことだ。
ラッキーなことに、その村の結婚式が観れるということ。
旦那はその一部始終を見せてもらえることになった。

こうして、その村にはなく必要なものは、隣村の市場など
少し遠出をして手に入れるらしい。
マイカーの水牛で、旦那は着いて行くことにした。
馬は乗ったことがあったので、水牛も同じ感じで何とかなるだろう。

一時間も水牛の乗って揺られていると市場に着いた。
市場には、色々なものが売っていたがお金での取引は殆どされていなかった。
そう、物々交換が主流で、この地ではお金にあまり価値がなかった。
お金よりも、自分たちが持っていないもの、の方に価値があった。
その市場では、奥さんたちが手作業で製作したよう洋服や小物
家で使われなくなったようなタンスや台所用品
食物も野菜はもちろんの事、肉類になるであろう動物は生きたまま売られていた。
乗り物や農業で使われる水牛も売られていた。

同じ村のこの市場に一緒に行こうと誘ってくれた人は
娘の婚礼用の生地を探しに行くというので、ついて行った。
服を作るだけの生地と、持ってきた野菜や籠が交換された。
しばらくお互いに交渉しあっていたが、話が合ったのか交換は成立した。

生地は手織りのものなのか?手の込んだものだった。

水牛に沢山載せてきた野菜や籠の殆ど全てとの交換だったので
きっと生地は高価なものなのだろう。

物売りの人と握手を交わし、しばらく世間話をした後
帰りの途についた。
娘をお嫁に出すお父さんは、嬉しそうに生地を水牛にくくりつけた。



この写真もお借りしたものです。
頭に飾る飾り付けが、バナナの葉で作るもので
バリ島の結婚式の家の前を飾るお飾りを思い出すようなもの。
でも、ダンスの時もそうだったけれども、鳥の羽で飾られているのは
ネイティブアメリカンを思い出すね。


その2.3日後には、結婚の準備が整い娘さんはお嫁に行った。
と言っても、同じ村の中での事だが。
家の周りでは野菜を作ったり、水牛やら鶏やらがウロウロできるような場所があり
近所の家とは随分と離れているので、同じ村と言っても
歩きでは少し時間が掛かる距離だ。

お見合いとか親が決めた結婚とか、お金持ちだから、とか
学歴があるから、とか、沢山水牛を持っているから、とか



今の結婚とは大違いで、そこにはお互いへの愛があるだけだ。



両親は、娘や息子が決めた結婚にあまり文句は言わない。
結婚の条件は、愛が全て、なのだ。


水牛に乗って、お嫁に行く娘さんは旦那さんになる人のところに行く時には
娘さんは、少し泣いていた。
これはきっと万国共通の思いなのだろう。


この娘さんに祝福あれ。



続く
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狩りは毎日は行わ無いらしい。
普段は、生活に使う細々した木や、食べられる植物などを採取しに森に入り
森の動物を狩るのは、村の人用にストックしておいた
家畜が少なくなった時だけだ。

そう、旦那は槍を持って一緒に森に入ったが
イノシシを見かけても、鹿を見かけても、ウサギを見かけても
その槍を動物に向け無いで、静かに待っている男たちを見て
不思議に思っていた。

皆静かにしているので、話しかけるのは憚れる。

あ、又、イノシシが目の前に現れた.....が、誰も槍を向け無い。

隣の男に「どうして?」と小声で尋ねてみた。
すると男は「神が食料として差し向けてくれる動物を待てば良いんだ」と答える。
「もしも、差し向けてくれる動物がい無いのなら、家に帰るだけだ」


.........................????



旦那は頭の上に大きなクエッションマークが出てきたが
言われた通り、神が差し向けてくれる動物、を黙って待つことにした。



しばらくすると、鹿が目の前にやってきて
どんどんこちらに向かってきた。
一人の男が、その鹿のそばに行く。
固唾をのんで見守っていると、男はひょいっと、鹿を抱き寄せた。
鹿は暴れるでもなく、じっと男に抱かれている。
が、他の男が何かを言うと、鹿を抱いた男はその鹿を放した。



.......................?????



なんで?借りに来たんじゃ無いの?って言うか、
野生の鹿がどうして簡単に抱かれるの?
で、折角捕まえたのに、どうして放しちゃうの?



好奇心満々な旦那は、又近くの男にそのことを質問した。
「あれは、あの鹿はまだ死ぬには若すぎる。
まだまだたくさんの子供を産めるし、それが今の彼のやるべきことだ。」



なぁるほど。



そう言えば小さな頃、じいちゃんに聞いたことがある。
昔は、必要なもの以外は森から取り上げなかったものだが
今の時代は、必要以上に森から搾取する。
これから後の時代は、一体どうなってしまうんだ。
じいちゃんは、そう言っていたのだ。



うーん、なんて理にかなった生活をしているんだろう。


旦那は何か、こみ上げるものを感じた。


すると、又草むらがガサガサとし出し、今度はイノシシが現れた。
牙が大きく口から突き上げる、大きなイノシシだ。


男たちは、じっとそのイノシシを見ている。
イノシシは、近くに人間がいるにもかかわらず、こちらに向かってくる。
警戒心を全く感じ無いぐらいにリラックスし、
普通にみんなの前に立った。
男たちは、普通にそのイノシシのそばに行き、一人では持ち上げられ無いからか
何人かでそのイノシシを抱き寄せ、一人の男の肩に乗せた。

イノシシは全く、暴れもし無い。


今日の狩りは終わりだ。さぁ、村に帰ろう。


そのグループの長なのか、一言声を出すと、皆静かに村に帰って行った。


今目の前で見た光景は、一体何なのだろう。
イノシシは「さぁ、どうぞ連れて行ってください」とばかりにやって来て捕まった。


村に帰ると、グループの長は、柵の中で放されているイノシシが居る場所に
連れてきたイノシシを放し、グループは解散して各々の家に帰って行った。
槍は、もしもの時の為だけに使う道具で、
無理矢理に動物を殺す為の道具では無いらしい。


そういう風に連れてこられた動物は、丁重に扱われ
お祭りの時とかにしか、食べ無い。
お祭りで殺さなくてはなら無い時も、祈りを捧げられ
動物が殺しても良いよ、という返事をくれるまでは殺され無い。


村の長老はもちろんのこと、他にも何人も
動物の言葉のわかる人がいて、ちゃんと動物とコミニュケーションを
とった後で、お祭り用の肉となる。
解体された動物は、すべての部分を何かに使い、捨てたりし無い。
そうして、そうやって殺された動物たちのお弔いの祭りも行われる。



なんて、理にかなった生活をしているんだろう。
改めて、そう思う旦那。


帰り道、隣に住んでて(隣といっても、ものすごく遠いらしいけど)
親しくなった男性に、あの木のお椀に入って飲まされた赤い液体は
一体なんなのだ?と質問してみた。


「ああ、あれは、イノシシの血だよ。そこに香辛料(ハーブ)を入れる。
あれを飲むと、マラリアにかから無いのだよ。」と言う。


やっぱり、何か動物の血だと思っていたが、イノシシかーーー
俺、飲んじまったよなーーーって思ったが
そう言えば...........この村に来る前の何日間か
カリマンタンの蚊に辟易としていたことを思い出した。
ハエのように大きな蚊で、刺されると飛び上がるぐらいに痛いんだ。
マラリアなんて考えもしていなかったが、
この村に入ってから、蚊が近づいて来無いことに気がついた。



先人から受け継ぐ、生活の知恵を今の時代にもちゃんと受け継いでいる
このダヤック族と言う人達は、きっと世界が滅んでも
残っていける人達なんだろうな。



水牛に乗って川に行く途中で考えた。



人はいつから、弱い存在になってしまったのだろう。
人は、時代を経て強くなった、と思い込んでいるだけで
本当は、自然相手には何もでき無い弱い存在になっているのでは無いだろうか。
この人達を見て、現代人は遅れた人達だと思うだろう。
だが違う、退化しているのは今の現代人だ。
動物や森と話ができる現代人なんて、もう一人もい無いんじゃ無いか?





















この写真もお借りしました。
カリマンタンのどこかの村のダヤック族の長老とその奥さんです。



続く
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さて、この話をここまで聞いた時、私は旦那に質問をしました。

それは、カリマンタンのどこに居たのか?という事と
どの位の期間滞在していたのか?という事。

なんと答えは「西の方」という事と
「分からない。3.4ヶ月?4.5ヶ月?
カレンダーなんて見ていなかったから、分からないよ。
あ、でも満月は4回ぐらい見たから、4ヶ月?5ヶ月???」という事。

(  ゚ ▽ ゚ ;)

なんてアバウトな.........
わたしゃ、今日が何日で何曜日だったか知らない、分からない
という状況は、生まれてからこの方、この2.3年ぐらいなもんだ。
(この2.3年そういう状況にいるって、結構幸せだけど
旦那は17歳ですでにそういう世界に居たんだな、と改めて驚く)


で、4.5ヶ月もの間、何をしていたの?


という質問は、どんな人からでも出てくるだろうね。


1日は、夜明け前から始まり、暗くなると眠るという生活だったらしい。
何せ、電気はないからね。今は知らないよ、旦那が行ってから30年経ってるから。
朝夜が明ける前に鶏が鳴くでしょ?その時間にもぞもぞと起き出し
まずは、川に水浴びに行くらしい。

川までは、「水牛」に乗って20分ぐらい。笑
水牛だよ、水牛。
彼らは一家に何匹かの水牛を持っていて、どこに行くにもこれに乗って行く。
水牛達も、朝と午後も4時頃には川に行く事を知っているので
一々手綱なんて取らなくとも、背中に乗れば、自動的に川に向かうらしい。
途中、道端で草を食べながら、てくてくのんびりと川に向かう。

旦那は、歓迎の会の日には、水浴びの時間外に行ったので誰も川には居なかったが
その時は丁度、皆が水浴びの時間だったので、沢山の人がそこにいた。

で、見ると...............女も子供もお爺さんもお婆さんもお父さんもお母さんも
全員がスッポンポンで一緒に水浴びをしていた.................
そして水牛も..................笑

石けんは使わず、軽石のようなもので体を擦っている。
水牛も水浴びの事をわかっているようで、飼い主がタワシの様なものを持つと
水の中に体を沈め、洗いやすい様に座るのだ。
終わると水から出て行き、近くの草の生えているところで
飼い主の水浴びが終わるのを待っている。
飼い主が水牛の背中に登ると、家に向かうのだ。

旦那は皆の様子をひとしきり見た後、自分も裸になって川に入った。

すると、ご近所の人が近寄ってきて、背中流してくれない?と。
あのーー、あなたは女の人で、俺は男なんですが?って思ったが
あまりにも嫌らしい感じがなく、あっけらかんとしたもので
旦那はその人の背中を軽石の様なもので、ゴシゴシしてあげた。
今度は私がやってあげる、と、その女性も旦那の背中を流してくれる。

誰も女と男が裸で水浴びをしていることを意識していない、様だ。

他の人も背中を流しあいながら、世間話をして和やかなものだった。
聞くと、レイプなんてものは一切起こったことが無いし
そんな単語もなかった。
ここでは、カップルがお互いに愛を感じたら結婚なんだそうだ。
なので、愛するのは慎重に...では無いが、
カップルとして付き合うのも、慎重なのだそうだ。



その日は、とりあえず来たばかりで様子もわからないだろうから
村で自由に好きなことをしていなさい、と
家主に言われたので、村の様子を見るために1日村でうろうろしていた。

子供達に案内されて、森の中にも入った。

そこここに、オランウータンがウロウロしていて、
そのことも当たり前な世界な様で、別にみんな気にもしていなかった。
見たこともない果物のなっている木から、熟れた実をもいで食べた。

少し大きくなった子供は、女の子は母親の手伝いをし
男の子は父親について行き、どこかに出かけて行った。
学校と言うものは無いようだった。
時々、長老が子供たちを家に呼び、生きる上での大切な教えを教え
子供達が持つその子の輝く素質を見出し、伝えた。


狩りをする男たちは、子供達を時々連れて行き
動物が自ら命を差し出すことを見せた。


これ、重要だよね。


信じようと信じまいと、旦那は目の前でその時の光景を見て
それは命を差し出す、としか言えない光景だった、と言う。


旦那がこの村に着いて何日か経った時、近所の男たちが
森に狩りに行くので着いてこいと言われた。
そうして、森に入った。


男たちは槍を手にしていたが、野生のイノシシを見つけても
何もしなかった。


旦那はそれを不思議に思いながら見ていた。
なぜ、槍を使わないのか?









カリマンタン、ダヤック族のオリジナルギター。
オシャレだよね~



続く



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お祭りは、色々なダンス、多分歓迎のダンスとか
その村に伝わる物語のとか、いくつかのダンスがあり
本格的なものの様だった。

女性たちも男性たちも、先ほどは普段着だったのに
祭りの支度が終わると、伝統衣装に身を包み
皆とても楽しそうだった。

『うーむ。こんなに本格的なお祭りしてくれるなんて
後で、ちょっと見るだけだった、なんて言ったら怒られるかな?
ここはボルネオ。首刈り族として有名な地だぞ。
帰るって言ったら、首かられちゃうかな...............』

一抹の不安を抱えながらも、もうやらなくて良いよ~とも言えず
旦那はその状況の中で、最善を尽くしていた。

しかし、どんな人が来てもこれをやるのか???
首刈り族だなんて言われているけれども、みんな穏やかな顔をしているし
長老なんて、賢者みたいな人だし、女性たちも皆優しいし、
子供も人懐っこくて、天国みたいな場所だ。




男たちも女たちも、成人している人は殆どが体に入れ墨をしていた。
同じ柄の人もいるし、違う人もいる。

カリマンタンはカリマンタン島と島と呼ばれているが大きな島だ。
インドネシアの国土の73%を占めている。
カリマンタンのダヤック族として生まれたものは、カリマンタン中にいるが
地域によって、タトーを入れる時期とかは色々らしい。
赤ちゃんのうちに入れてしまう場合もあるし、結婚すると決まった時に入れる場合もある。

長老になるのは、長老の子孫がなるのではなく
今いる長老が亡くなった後、村の人たちが決めるらしい。
条件は人間が出来ている人、見えない世界とのコンタクトがちゃんと取れる人。
動植物の声が聞ける人。明日の世界がよめる人。
つまり、賢者としての素質のある人がなるらしい。

そんな人は滅多にいないでしょ?の旦那の質問に
いや、ちゃんと現れるんだ、と、インドネシア語ができる人は答えた。
現れる、とは、そういった素質のある人に、長老としての活動がちゃんとできるよう
見えない世界の人が応援しに来るらしい。

今の世界の殆どの国は、選挙で長となる人を決めるが
お金があって宣伝力のある人が長に成ってない?
人間性なんて、すべての人が分かっている訳じゃないよね。
ましてや、賢者か?と思うような人なんて、滅多にいない、と言うか見たことない。
今のインドネシアもそうだけど、お金がないとまずは
政治に立候補することもできないじゃない?

旦那が生まれ育ったジャワ島でも、すでにそういった傾向だった。
田舎なので、村の長は知っている人が殆どだし
悪いことをしていれば、すぐに噂になったので
長となれば、そうそう悪いこともしずらかっただろうが、でもそういう傾向だったので
旦那はとても大事なことを知った気がした。

さてさて
おばちゃんたちはこんな感じ。
































































子供達は、こんな感じ。













可愛いね。^^
しかし、おばちゃんたちの耳...........
私の旦那がカリマンタンの人でなくて良かった!?と思わず唸る。
結婚した女性は毎年一つ、大きなピアスを耳の穴に入れ
その重みでだんだんと、耳たぶは長くなるらしい。


続く
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テーマ:
ダヤック族の伝統衣装を身につけた旦那は、どんな姿なのか?
鏡を見てみたいと思ったが、鏡なんてものは、果たしてあるのだろうか?
という考えに至り、黙っている事にした。

服を着る前に、水牛に乗せられ川に行き水浴びをさせられたし
森の中には、直射日光は木の開けている場所にしか射さないので気分が良い。
直射日光での日焼けがないから、ここの女性たちは、色が白いのであろうか。
男性たちは、普段はどこか別な場所に行き、食料を探してでもいるのか
普通に日焼けしていたが、女性は旦那に言わせると、日本人みたいな肌だという事。

水浴びの後、長老の家の前に戻ると、男たちは車座になって座っていた。

これから、スペシャルなウパチャラ用の食べ物を作るから
もう少し待て、という事でその様子を眺める事にした。
見ていると、大きな蟻のお尻部分をつまんで、そうっと引っ張っている。
すると、お尻の部分はスポンと剥け、蟻はまた放されるのだ。
放された蟻を見ると、お尻を取られてしまったのに死にもしないで
元気に歩いて行った。

その作業をしている人を注意深く見ていると
蟻は自分からやってきて、まるで「どうぞ」と言っているように
黙って捕まえられてお尻を取られているのだ.....

「?????」

1.5cm位のこの蟻は、お尻を取られても死なない......の???














何という蟻か聞いたら、Semut(蟻)Rangrangという名前だそうだ。


いや、アリンコたち自分から「どうぞっ!」ってやって来てないかい???
どうぞってやって来た蟻も、お尻の小さい子は何もされないで放される。

その様子に驚いているのは、どうやら旦那だけな様なので
旦那はとりあえず、黙って見ている事にした。

その蟻のお尻を木をくりぬいたお椀に集めると、女性たちはそれを持って
スペシャル料理を作りに行ってしまった。

「うーむ。あれを食べるのか.....」とは思ったが、もう鯉になって生きるしかない。汗

とそこで、車座になっている男たちにこちらに来い、と呼ばれた。

その輪に加わり、一緒に車座になって座ると
座った旦那に、これまた木をくりぬいたお椀が渡された。
中を見ると、赤い液体が入っている。
その赤い液体に、隣の男が何やら細かく砕かれた、香辛料のようなものを
振りかけてくれた。

長老は、「さぁ、飲みなさい。これは歓迎の飲み物だ。」

旦那は一瞬躊躇した。

こんな森の中に、シロップがある訳ないよなーーーって
こいつはもしかしたら?????



と大いなる疑問が湧いたが「いや、俺は《鯉》なんだから」と思い込み
ゴクリと唾を飲み込んだ後、息をしないように一気に飲み干した。



見ていた周りの男たちは、やんややんやと喜びを表現し
次々と、お椀に入った赤い液体に香辛料を入れ飲み出した。
長老も嬉しそうに飲んでいる。

「さぁ、これでもう君は我が村の住民だ。
好きな家に住めば良いが、ここでの掟は、一つの家には
2人、4人、6人、と言う様に偶数で住むことになっている。
家は私が後で選んであげよう」と言いだした。


「え”っ???住民?????」
旦那は「住民」という単語に反応したが、まぁ、後で落ち着いたら
ちょっとの間、カリマンタンを見て歩くだけだ、と説明しよう。

それから、村の人たちはくつろぎ始め、歓迎のダンスが始まった。





この写真もお借りしましたが、旦那が見たのもこういう感じで
ちゃんとした儀式の踊りで、住民、という単語を耳にした旦那は
いよいよ、「どうなっちゃうんだ!?」の世界に突入したのです。


続く
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テーマ:
旦那は学校を終えた後、生涯の仕事と自分探しの為に
インドネシア国内をグルグルした、と書きましたが
昨夜ふと、カリマンタンに行った時は何歳だったのか?と聞いたら
17歳ぐらいだった、との事。
旦那は子供時代とっても悪戯坊主で、中学を卒業し高校へ行こうと思っていたら
どうやら何かのブラックリストに載っていたらしく
旦那の実家があるブレベス地方の高校は、すべて受け入れ拒否状態で
お父さんは、別な州の高校を探しなさい、と言ったそうだが
仕送りの事やら、学校と言う制度自体に疑問を持っており
「遠くの学校に行くぐらいなら、もったいないから仕事をする」と言って
喧嘩になったそうだ。
それなら、専門的な事を習ったほうが良い、と思い
2年ほど、実家から50kmぐらい離れた場所にある、自衛隊の船の学校に行ったらしい。
そこで、船のエンジンの勉強をしたけど、そのまま自衛隊には入らなかった。

その延長で、船の仕事が見つかり、インドネシア国内をグルグルしたのだ。

さて、連れてこられたインドネシア語が少し出来る人は
「どうしてこんなところで眠っているんだ?」と言う事と
「どこから来たのだ?」と言う2つの質問をしてきた。

それで旦那は、カリマンタンが見てみたかったので船の仕事を辞め
ここまで歩いてきた事と、自分の出身地を名乗った。

そうかそうか、お腹は空いていないか?と言われ
そう言えば、昨日はろくなものも食べずにいた事を思い出し
ついて来いと言われ、その人たちの後をついていく事にした。

しばらく森の中を歩くと集落が見えてきた。
家はすべて、床が高くなった木で出来ており、森の中には普通にオラウータンが
うろうろしている事に気がついた。

村には、水牛がたくさん放されていて、鶏がそこここで餌をついばんでいた。
女たちは、朝の日課であろう仕事をしていて
男たちはどこかに行っているのか、あまり見当たらなかった。

とりあえず、長老に会わせるので、一緒に来なさい、と
長老の家に連れて行かれた。
長老の家と言っても、そこここに建っている家と同じような家で
長老は庭で薪を切っていた。


これは、東カリマンタンのダヤック族の典型的な家。
写真はお借りしました。
旦那がここに着いた時には、一体どこなのかも分からなかったが
インドネシア語ができる人に聞いたら、ここはカリマンタンの西側で
ダヤック族だという事だ、と言うのが分かった。
写真はお借りいたしました。

*******************************

連れてきてくれた2人と村長がしばらく話した後
「これから、訪問者を迎え入れる準備をするのでちょっと待っていなさい」と
長老の家で、お茶を出され、何が始まるんだろう?と待つ事にした。

と、30分もしないうちに、村じゅうの人々がワラワラと長老の家の前に集まった。
先ほどは見当たらなかった男たちも居た。

それから誰がどう手配したのか、料理用の食物が山の様に用意され
女たちは、料理の道具を持ってきて、そこで料理がされ始めた。
男たちはイノシシの肉をさばき、皆和やかにそれに参加していた。

女も男も、その地方の民族衣装の普段着の様なものを着ていて
子供はどこの世界の子供もそうな様に、好奇心満々な顔で
旦那を見たり、そこらを走り回ったり。

料理が用意されたところで、長老の周りに人が集まり、長老の後ろに
男性たちが、その後ろに女性たちが座り込んだ。
長老は普通の声の大きさで話すのだが、それを近くの男たちが
後ろの人に伝え、その後ろの人はそのまた後ろの人に伝える。
女性たちに伝わるまで、その形で話はされていく。

インドネシア語ができる人は、旦那の横で控えていて
それを旦那に伝えるが、話は半分ぐらいしかわからなかった。

「では、これからウパチャラ(祭り事)を始めます」とその人が立ち上がったので
旦那もつられて立ち上がった。

「はい、では、今着ているものを脱いでください」

「.........................はい?服を脱ぐ???」

「はい。全部脱いでください。そしてこれに着替えてください」
と、インドネシア語のわかる人は、ダヤック族の民族衣装を差し出した。

「........................全部って、パンツもですか?」

「そう、全部です。スッポンポンになって下さい」

「.......................って、こんなにたくさんの人の前で?」

「大丈夫です。脱いでください」

............................一体何をするのやら、半分もわからないけど
もうこうなったら、まな板の鯉。なる様になれ......だ.........とほほ。

村の人々は、子供も含めて皆、座って近くの人とこの地方の言葉で
おしゃべりをしていたが、この辺りで静かになった。

..........................おいおい。静かにならなくて良いのに......................


仕方なく旦那は、着ているもの(と言っても、トランクスとパンツだけだったが)
を、エイっとばかりに潔く脱いだ。

と、長老は旦那のお⚪︎ん⚪︎んに目が釘付けになった。

いきなり旦那のお⚪︎ん⚪︎んの先端を掴んだかと思うと、通訳の人に何か言った。

「..................???なに????」と、旦那は不安になった。

我が旦那は、宗教観はクジャウェン
(クジャウェンと言うのは古代ジャワの宗教観で、日本の古神道
あるいは、アミニズム、という様な宗教観です。
宗教観であって、宗教ではありません)
だが、KTPと言う、こちらの身分証明上は両親から受け継いだイスラムだ。
なので、10歳の頃にスナットと言う儀式で、包茎手術の様な事をしているのだ。


「ええっと.....」と旦那はその事を説明する。
ダヤック族は、ダヤック族の代々続いている宗教観の中で生きている。
旦那が17歳ごろだったという事は、今から30年も昔の事。
当時は、その村には電気も無かったし、ましてやテレビなんてものも無い。
初めて見る、皮のないお⚪︎ん⚪︎んは、相当珍しかったようで
長老はしばらくそれを眺めていたが、「なんでそんな事をするんだ?」と聞いてきた。


そうだよなー。そういう事、イスラムの人ってどの位分かっているんだろう?
と、子供の頃に思った宗教のいろいろな疑問を思い出し
自分の心の中にまた生まれた、長老と同じ疑問を考えながら
「男として生まれての通過儀礼だと思います。」と答えた。


ふーん、そういう事か....では、儀式を始めよう
そこの服を着なさい、と、インドネシア語のできる人が差し出す服を
旦那は着込んだ。


その場にいた人たちがまた和み初めて、おしゃべりをし始めた。



続く

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