もしかしたら、また訪れることはないかも知れない公園を歩いて見た……



「だが、ここに来たことはなかなか忘れないだろうな」
と、つくづく奇遇な我が人生に勝手に苦笑いが起きる。

自発的ではない、「勝手に」起きる苦笑いがである。

望む望まざるとを得ず人生は展開してゆくのだなと、あらためて感じる。

笑うしかない、笑って生きていくしかない。

誰かに理解して欲しいと望まなければ、それが出来ることに気付いてからは長い時が過ぎている。
それが空論だと決めつけていたが故にの、愚かな日々である。

しかし……

年齢を重ねたことへの功績なのか、やがて気付きの日は来る。

誰かを理解したい願望に切実に駆られた時に、どんなに望んでも臨んでもそれは叶わない絶望を知る。


誰かを形成する細胞の欠片に触れただけで、その人の何かを理解出来たなどと思うことは何と愚かなことか。
甘んじて「何となく感じる」ぐらいの表現なら頷こう。

この部分はと、項目を並べるなら項目の数だけ頷こう。
もちろん……
どれだけの項目を並べようがそれに依って一個人が解体されることなどない、別個の個体に完全制圧されることこそあれ完全理解されることなどあり得ないのだ。



誰をも理解などしてやれない無力さを知った時、人は同時に我が身も理解されないことを知る……

そこからだ……

ならば全てを求めないのか、求め続けるのか。

理解を求めず、しかし理解はし続けることが笑って生きて行く術だと

「何となく感じる」

我が人生である。

生きているということは、いよいよ愉快である。


はい、左様なり♪

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