上の写真は、インド北部ジャンム・カシミール州レー(Leh)にある、チベット仏教の僧院・ティクセ・ゴンパ。ヒマラヤ山脈とカラコルム山脈の谷間にあるレーは海抜3500mの高地。高山病に苦しみながらの撮影であった。






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「駐在員のインド漫遊」全35話・目次リンク集

「駐在員のインド漫録」全35話・目次リンク集



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(1)公益財団法人・日印協会発行「月刊インド」2012年5月号に新刊書として紹介されました。




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文芸社2010年9月刊行 (増刷好評発売中)

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2012年06月04日 bharat2009の投稿

第867篇:ヒマラヤの名峰・カンチェンジュンガ撮影の旅「ダージリン」(40)

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ダージリン駅に機関車の修理工場があります。100年ほどの歴史がある機関車が保守点検、修理によって今でも現役で使用されています。1999年に世界遺産登録されたこともあって、安易に現役引退することができなくなったというのが実態なのでしょう。


鍛冶工と機械工が必要な部品を手造りしているといいます。もっとも、インドでは車にしてもバイクにしても、ハード(Hardware)は徹底的に修理して何10年も使用することが一般的です。燃費を優先するという発想はありません。(続)








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100年ほどの歴史がある機関車。







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ダージリン・ヒマラヤ鉄道の線路沿いで野菜を売る若い女性。






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2012年06月03日 bharat2009の投稿

第866篇:ヒマラヤの名峰・カンチェンジュンガ撮影の旅「ダージリン」(39)

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ダージリン・ヒマラヤ鉄道188173日に開通。建設開始から3年足らずという短期間で完成したとは驚きです。英国は鉄道完成をよほど急いでいたのでしょう。


トンネルを掘ることなく、既存の山道や地形を利用して線路が敷設されていますから、短期間での工事が可能だったのでしょう。高低差約2,000m、90Km足らずの距離に、ループ3箇所、スイッチ・バック6箇所が採用されています。


軌道幅は狭軌の 610mmで、小回りが利く小型のタンク機関車が使用されました。(続)










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ダージリン・ヒマラヤ鉄道の機関車修理工場。







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ダージリン駅構内で時間を潰すおじさん連中。






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2012年06月02日 bharat2009の投稿

第865篇:ヒマラヤの名峰・カンチェンジュンガ撮影の旅「ダージリン」(38)

テーマ:ブログ

ダージリン・ヒマラヤ鉄道はダージリン紅茶と高原避暑地ダージリンを往来する人々の利便性を高めるために、1879年に宗主国・英国が鉄道建設を開始したといいます。


英国はインドで紅茶生産する前、中国から茶葉を輸入していたのですが、高額の出費となっていました。植民地インドで紅茶の栽培・生産を熱望していた英国は、1823年にブルース大佐がアッサムで野生の茶樹を発見します。


そしてアッサムで紅茶生産が始まり、やがてダージリンでも生産されるようになりました。その紅茶を逸早く英国本土へ運び込みたいと、鉄道の建設は急務だったのです。(続)








画像ブログ『駐在員のインド漫録』-Train54
ダージリン・ヒマラヤ鉄道の列車がダージリン駅を出発したところ。







画像ブログ『駐在員のインド漫録』-Train73
ダージリン・ヒマラヤ鉄道の軌道を歩く女学生。






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