トロッコは品物を入れて走らせるけれど、無人であるなら線路に石を置いて人のいない場所に脱線させる。
中の品物が飛散しても非常事態には人の命を尊重したい。

子供達にはいざ、という時に多くの命を救うために自分がどう行動するべきか、一番犠牲が出ない方法を編み出す方向に思考力が働く人間であって欲しい。好き嫌いだけで判断したりしない人間性を育んで欲しい。

現代の親は自分達が激しい苛めや嫌がらせを根拠無く実行しているのに、子供に苛めや嫌がらせはいけないと言う。だが、子供は親の姿を見ている。日和見的になったり自分だけは上手く立ち回ろうとする傾向ばかりが際立つ原因は親や社会にある。その責任を大人はきちんと受け止めなければならない。そこが社会の病巣・根源です。



実際家は覚えの無い話を流布されてそれを根拠という口上であらぬ嫌がらせを受けている。


先日は子供が帰りに家の前の駐車場を通る時、それを目掛けて首を刃物で切った血が流れている鳥の死骸を棄てて置かれていた。

それは子供の誕生日で、わざわざそんな不愉快な記憶を子供に刷り込ませようとするような馬鹿が近所に住んででかいツラしているのを考えるとうんざりする。

それが自分が仲間内で演じている立派な大人のやることか。


そんな基本的な善悪の判断、していいことかどうか判断出来ないような理解力で威張り散らしてごり押しの強さをひけらかしていていいのか。


これを読んで下さった皆さんは何を感じるのでしょうか。


間違った世界を作らないで欲しいと願います。