桂米紫のブログ

米朝一門の落語家、四代目桂米紫(かつらべいし)の、独り言であります。


テーマ:
猫を二匹飼っている。猫のきまぐれで、‘不良’なところが好きだ。

子供の頃から、いつも生活の中に猫がいた。
一番最初に家に猫がやって来たのが、小学校1年生の頃…親戚の家からもらってきたこの仔猫を僕は‘ドラ’と名付けた。

僕はこのドラを可愛がった…小学校1年生なりの可愛がり方なので、ドラにとっては迷惑だったかも知れないが…でもひとりっ子の僕には、弟が出来たみたいで嬉しかった。

しかし一年程で、ドラは去勢手術の失敗から死んでしまった(手術した近所の動物病院は、その後長らくウチの家族から「ヤブ医者」と呼ばれる事になる)。
僕が‘死’というものを、初めて身近に感じた瞬間だった。

だが死して後もドラは、僕の中で生き続けた。
…友達の少ない、妄想癖のあるひとりっ子の少年が考えそうな事である。
ドラの魂は天国へ行き、そして僕の守り神になってくれたのだと、僕はそう固く信じ込んだ。
それからの僕は、常に心の中でドラと話をするようになった。

学校の心配ごとも片思いの憧れも、相談相手はいつもドラだった。
今から思えば少年時代の僕は、自分で作り出した‘ドラ’という自分自身に向かって、ひたすら自問自答を繰り返していたと言える。
僕の‘自問自答癖’のルーツは、元々この‘ドラ’に端を発している。

そして恥ずかしい事に、僕は誠に長きに渡って、このドラの存在を信じていた。

いつ頃からドラと話をしなくなったのか、はっきりとは思い出せないが…恐らく中学を卒業するあたりまで、ドラは僕の心に住み続けていた。


今になって思うのだが、ドラが居てくれた事が、僕の今の仕事にとても役立ってくれている。
僕にとって「落語をする」という事は、「ドラと喋る」という事と、とてもよく似ている。

よく落語会の後、お客さんから「よくあれだけの長いハナシを覚えられますね」などと声を掛けられる事があるが、それは実は全く大した事ではない。
事実ネタを暗記するぐらい、落研の学生サンだってやるのだ。
問題はそこからだと思う。

いかに自分自身と対話し、ネタと対話し、登場人物達と対話ができるか…落語は実は、そういう‘内なる芸’だと、僕は思う。


もう、ドラと喋る事はなくなった。しかしこれからも僕は、落語とじっくり話を続けていくのだ。


桂米紫のブログ-端正な横顔.jpg
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