曹操に対する


孔融の返書。








「宋の屈穀という人が


植えた大瓢箪の如きは、




石のように堅く、中が


詰まっています。




しかし、これは水入れにも


ならず、割って柄杓(ひしゃく)に


することもできません。




これこそ、長物として、


罪すべきでございます。」








一旦区切り。








これは孔融自身を指す。

曹操のへの返書。




続き。






「子産は




『人の心同じからざる、


その面の如し。』




と申しました。




権勢を誇る人の中には、


人に勝つことだけを誉れと


する向きもございます。




しかし、宋の酒屋が、


天下の客を待ちながら、


流行らなかった理由が、




『猛犬がいたからである』




という事を忘れてはなりません。




せっかくの大甕(かめ)の酒は、


腐らせたくないものです。








一時中断。




この話の猛犬は?慮(ちりょ)を


指していて、酒屋は曹操。




つまり、天下の士を広く求め、


世間の人気を得るためには、




?慮(ちりょ)のようによく噛み付く


人間を近くに置くなと。








痛烈な批判だ。






この話聞いてると、?慮(ちりょ)が


俗物だというのがよくわかる。

続き。






曹操の手紙への


孔融の返事。






「朱浮と彭寵、


寇恂(コウジュン)と賈復は、


天下に名だたる勇士。




愛憎から攻めあえば、


国の大難となります。




しかし、私どもごとき


軽薄劣弱な者の争いは、




たとえるならば、虫けらが


互いにかみ合っているかの


ごとくでございます。




しかもそれは却ってわが身を


いためるのが落ちでございます。




まことに他愛のないもの


でございます。




晋の子朱が叔向と、講和の使者の


任命について争ったとき、晋侯




わが臣は国の大事について


争っている。国の栄えるしるしじゃ。




と申しましたが、師曠は、




そうではござらぬ。臣は力で争う


よりは心中で競うのが本筋です。




と諌めました。




私ももともと愚図なたちで、


人と争うのが嫌い。




韓信が人の股の下をくぐらされ、




荊軻が楡次(ゆじ)で蓋聶(こうじょう)


に睨まれて逃げたような恥をかいても、




たかが、蚊や虻に刺されたようなもの、




さほど痛くも痒くもありません。」












一旦区切り。