前回の「美しくなる清掃」で、次回に...と申しました「素手トイレ清掃」について![]()
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「トイレの神様」という歌が流行っていますが、あの歌を初めて聞いたとき、私の祖母も母も「女の子はトイレ掃除を喜んですると幸せになれる」と同じことを幼い時から繰り返し繰り返し教えてくれたことを思い出しました。
小さい時は何でトイレ掃除が幸せに繋がるのか、意味がわからずにいました。洗面所や風呂場、キッチンも含め、水場を綺麗に保つことが幸せに繋がると教えられた女子は多いのではないでしょうか?
私の祖母、母はかわっているのかもしれませんが、早朝4時頃、近くの駅前から近隣の清掃をし、その上、公衆トイレを素手で清掃していました。早朝に駅前清掃やトイレ清掃をしている方は、なかなか知らないと心にもかけませんが日本全国沢山いらっしゃるのですよ。私も、幼い頃から高校生ぐらいまで、母と毎朝日課で、また、いつもご近所の清掃仲間がいたので、この清掃を特別なこととは思ってもいませんでした。ただ、段々年齢が上るにつれ、友達にそのことを話すと不思議がられたり、素手でトイレ清掃することを奇異に見られたりしている気がして(今思えば人の感情なんて気にしなくてもいい良いことでしたのに。)いつの間にか、朝の清掃は近所のみとなり、母にもついていかなくなり、公衆トイレ清掃もしなくなっていました。
ここでいう素手トイレ清掃は、ブラシやタワシはよほどのこびりつきがないと使用しません。本当に素手を便器にいれ素手でこすり流します。最後に床など雑巾で磨きあげます。素手トイレ清掃の効用はブラシやタワシの長さのぶんだけ感じることは出来ません。素手を便器に入れた瞬間から感じることのできる効果があるのです。
小さいときは、トイレを汚れた場所とは思ってもいませんでしたから、進んで何の抵抗もなく、周りの大人に誉められることで、得意げにできていたことを覚えています。この朝の清掃のせいか、学校で、低学年の子がおもらしをしたり、もどしてしまった時も、率先してその場を吹き清めることが得意だったことも覚えています。
でも、朝の駅前清掃についていかなくなり、公衆トイレは使うだけになってから、(大学生~)明らかに公衆のトイレを、正直、汚いという抵抗感をもってみるようになり、完全に素手清掃なんて出来なくなっていました。
冬はまだ真っ暗な中、駅前清掃に出かける祖母や母はえらいなぁとも思う反面、やっぱりかわっているのではと思うようにさえ、心が堕落していたのでしょう。それさえ、気付かない自分生活を謳歌していた10代後半から20代でした。
そして、結婚し、私も母となりました。
勿論、もともと清掃大好き、少々、潔癖...な私なので、水周り清掃も得意で自分では大好き、完璧と思っていました。でも、トイレ清掃は、普通に薬品とトイレブラシ、クイックルを使った清掃です。
「便器は抱き抱えられるほど綺麗に!家族の健康を守る場だから。」...という思いだけは、便器に向かい思っていましたが...。子供も次々と生まれ、公衆トイレ清掃に出ていた記憶もうっすらとしていました。
そんな、私が、30代に入るのを期に、早朝の公衆トイレ清掃の仲間の皆様と再び、素手トイレ清掃をする機会に恵まれました。15年ぐらいのブランクありの素手公衆トイレ清掃!
清掃を始める時、昔の無抵抗な綺麗だった心の私には感じることのなかった、もの凄い抵抗感がありました。
周りの方々は、長年、素手清掃の常連さんですから、清掃前は背筋がピンと伸びて、「させていただきます!」
という喜びのお顔でした。素直に喜んでおらず、爪のアートネイルを気にしている自分。
でも、せっかく、素手公衆トイレ清掃にきたのだからと、皆様と清掃の挨拶を始めながら、心を入れ替えました。
すると、自然に、幼いときに祖母や母とした清掃の楽しく自信満々でしていた時間が思い出され、もう、不思議と抵抗感がなくなっていました。
そして、手を便器に入れた瞬間、心のわだかまりが、全て、ふっとびました!
この、凄い感覚!
心は、大人になっても、あまり汚れていない方だと自負していましたが、素手をいれてから、自分の勝手な部分や足りない感謝がドンドンドンドンみえてきました。
素手トイレ清掃をしている仲間の方々がこの清掃を始めたきっかけは、よく、精神修行とか、夫婦仲を改善するためとか、子供の非行をとめたいとか、病を治したいとか、色々難しい話を聞いていました。
そして、皆様、この清掃を始めてから嘘のように様々の事態が改善し、感謝の念が深まると自らの経験を報告しあっていました。私はその頃は子供で母に付き添っていただけでしたので、そんな大人の話は耳に入ることもなく、ただのボランティア清掃としか思っていませんでした。心の汚れていない子供にはただの清掃でしかなかったことは、今になれば当然だと思いました。
素手トイレ清掃...これは、本当に自分の心が何より即行に素直に変わる凄い清掃!
理屈では説明できない、手を入れた人にしかわからない心の浄化。
自分の傲慢な部分や、今までとは違うものの見方ができるようになり、心も身体も軽くなり、ドンドン行動したくなる。
トイレが臭いとか汚いとか決め付けているのは我が心。
日々の生活の中、私たちは多くの勝手な固定観念に囚われ、悩みを抱えること多いですよね!
無心で手を入れ、より綺麗にと磨くと、自分が抱えていた問題の解決の糸口が不思議とみえてくるから凄いのです。
全ての事に「ありがとう
」と素直に思える凄い力があるのです。
それは何故か...。
理由は、やっぱり、説明できません。どういう理由かお知りになりたい方は体験のみです!
あとは、外出時、当然の効用ですが、公衆トイレをより丁寧に綺麗に使いたくなり、清掃係の方に深く感謝したくなります。最近の公衆トイレは綺麗なところが多くなりましたが、それも、清掃の方のお陰。公衆トイレには様々な汚物ハプニングがあります。本当に頭が下がりますよね。
中学2年生の長男がこの夏休みに、公衆トイレ素手清掃に挑戦してくれました。
家では小学3年生から、1ヶ所決まったトイレを毎日ピカピカに磨いてくれている長男ですが、やはり自宅のトイレは、洗剤やブラシなど道具を使用した方が効率がよく、そうしていますが、私から、素手清掃の話を散々聞いていたので興味はあり、とうとう挑戦したのです。まだ、13歳で心に深いものを抱えているわけではないから、心の浄化というほど大袈裟な行動にはならなかったことでしょうが、帰宅した長男は、自分にも出来たという自信と、今までにない興奮した話し方で嬉しそうに報告してくれました。そして、その日から、自宅のトイレはより一層綺麗に磨かれています。公衆トイレを経験すると自宅トイレなんて簡単!簡単!家族の為なら喜びだけで清掃できることに気付いたようです。そんな長男を、素直に育ってくれて有難うと成長を嬉しく思っています。
今回は素手トイレ清掃で心の浄化を...と紹介しましたが、私は自分の都合で時々、公衆トイレ清掃に出向くのみで、まだまだ、この奥の境地にある心の変化は紹介できる身分ではありません。そのような目で見ないと気付きませんが、日本には、早朝毎日、仕事でもなく、黙って公衆トイレを真冬でも大雨でも素手清掃されている方が沢山います。大きな会社の社長さんや、綺麗な奥様方、もう十分に社会貢献している年輩者の方だったりして私の祖母もそうでしたが、本当に尊敬します。そして、皆様、凄くお幸せな毎日を見事にお過ごしです。昼間は偉い社長さんでも常に頭を垂れる謙虚な心や最上の感謝の仕方を極めていらっしゃるからでしょう。5人の子育てを理由に毎日は無理と言い訳している私はまだまだです。世の中、自分の知らないところで多くの方の社会貢献があるのですよね!
こんなところで今日のBeauty+1は「素手トイレ清掃」のススメを掲載してみましたが、これは「よし!挑戦!」と喜んでしたいと思う方のみ実践してみてください。まずは、自宅のトイレでも心の凄い変化がありますよ!
そして、最後になりましたが、素手トイレ清掃の後は、爪の周囲を爪ブラシのようなもので清潔にしてくださいね!最近は、消毒液も沢山販売されていますし...。心の浄化と衛生問題は別ですから...。
体験して、心の変化をお感じになった際は、是非、コメントくださいませ!この心の変化を感じた経験をお持ちな方が増えたら、日本の心の問題は本当に美しく解決するのだろうなぁと、密かに祈っております。
では、皆様、良い日々をお過ごしくださいませね![]()
ご一読ありがとうございました![]()







