「あの…夫婦関係調整なんですが…」調停委員が口を開きました。「申立人は妻です」


「はい」


調停委員は、当事者の年齢、職業を説明します。

この説明が結構長くて、なかなか相談に来た理由がわかりません。

すると、書記官があとをとって話し出しました。


「今日、第1回なんです。1時に申立人、1時半に相手方を呼び出してあって、双方出頭です…が」


「が?」

時間はもう午後3時前でした。

たぶん、3時には次の調停が入っているのだろう…それで、今の事件の期日をどう終わらせるかの相談かな…それにしても、この日は家事事件をやることになっちゃったんだから、ちゃんと事前に期日簿をもらって、自分の事件ぐらい把握しておかなければいけないな…


と悠長に考えていたら


「申立人は本人なんですが、相手方は弁護士をつけたんです」

と書記官が言いました。


「おぉ、少年では付添人弁護士がつく例があまりないですが」


「家事では…うちは、やっぱり多くはないかもしれませんが…それであの」

書記官が困ったように眉をひそめました。

「弁護士が、とにかく不成立にしてくれと言い張るんです」


「ああ…はい」


「全然、相手方本人と会わせてくれないんです。弁護士だけが調停室に入ってきて、話し合いなんか余地がない。はやく不成立にしろって…」


「んんん」


弁護士代理人が、そのように主張することは容易に想像がつきます。

おそらく、夫も離婚したいんでしょう。

裁判所の手続で離婚するなら、まず調停の手続をしておかなければなりませんから、たまたま妻の方が先に申し立てた調停をさっさと終わらせてしまいたい…だから調停なんか不成立にしろと…





…あれ?


「あのう…申立人は、妻でしたね? 円満ではなくて、離婚の夫婦関係調整でよかったでしたっけ?」


「はい」


「じゃあ…両方とも離婚したいってことなんじゃないんですか…でも…そしたら調停は成立ですねぇ…おかしいな」


書記官が、説明不足ですいませんという顔をしました。「子どもがいるんです」


「子ども?」


「未成年の子どもが2人です。上が6歳、下が5…」


「あー! 親権が争点なんだ!」


「妻の方は、下の子どもだけ連れて家を出ちゃったんです。」


事情がわかってきました。

これまで家事事件をやった経験がなくても、よくある例だということはわかります。

しかし…わざわざこうやって調停委員と書記官が相談に来たということは…


「あのですねー」調停委員が言いました。

「互いに、子ども2名の親権を主張していたんですが…譲らないわけです」


「わかります」


「申立人である妻の話は直接聞けたんですけど、相手方の夫の弁護士は、夫と話をさせてくれないんです。弁護士しか調停室に入ってくれないんですよ。それでですね、不成立にしてくれの一点張りなんで困ってるんですが…、ただですね…」


「ただ?」


「妻が主張している養育費と慰謝料、これを妻が引っ込めてくれるなら、親権はいらない…上の子もわたす…なんて言ってるんです。」


「え?」


「妻が飲めば成立ってことになるのかもしれませんが」

調停委員はボヤキました。

「なんかこう…釈然といたしません。弁護士の考えなんですかね? それとも父親の考えなんでしょうか? 子どもがまるで取引の材料のようで…」