沈黙を破ったのは少年でした。


「反省を忘れずに、社会に出てからもがんばろうと思います。」


右側に座った3人の男性の内1人が質問します。


「それはさっきも言ったでしょう? わたしが聞いたのは、ここでした反省をこれからどうやって活かしますかと、そういうことでしたよ。ただがんばりますじゃあ答になっていないんじゃないかな?」


正面に座った施設長は、上を向いて目をつぶり、机に両肘をついていました。そのままの姿勢で、こう言いました。


「君は、ここでよく反省したと言いたいんだろ?」


「はい」


「反省したなら、ここを出た後の生活は、昔と違ってくるんだろう?」


「 … 」


「そういうことにならないか?」


「なります」


「なるはずだよな。反省が本物なら、昔とこれからとは当然違う生活になるだろう?」


「はい」


「ただがんばりますじゃあ抽象的なんだよ。どこがどう変わるのか、具体的に説明しなきゃいけなんじゃないか?」


「はい」


「どう変わるんだ?」


「 … 」


「答えられないのは、その時になってからでないとわからないって、自分で思っているからじゃないのかな」


「違います」


「周りが変えてくれるんじゃなくて、自分で変えなきゃいけないって、言われているんだろう?」


「はい」


「だから、ここを出たら何を変えなきゃいけないか考えるようにと、言われていたんだよ。」


「考えました」


「それがさっきの答なんなら、考えたことにならない!」


「 … 」




これは、少年にとってキビシイ…わたしは思いました。


少年の頭の中が真っ白になっているのが伝わってきます。


考えておいた答がまるで違う…どう答えればいいか見失った少年の焦りが背中越しに見えます。




施設長が「担任の意見」と言いました。


今度は左側に1人で座っている男性が話し始めました。


「○○は、2級上のころからほかの者への気配りが目立ってできるようになり、作業が進まない者を手伝ってあげたり、自分と立場が違う意見に対してどこがどう違うのか説明しながら議論ができるようにもなりました。平行して、自分が起こした事件についての振り返りも、それまでの生活をなぞりながら原因を探求する姿勢ができています。」


施設長はじっと目をつぶったまま、右側に座った3人はじっと聞き入っています。


「最近では、班別の行動においても、リーダーシップを発揮できるようにもなりました。ここでは、慣れない場所で緊張し、質問に対する的確な答がなかなか出てこない有様ではありますが、本人の熱意が空回りしているものとご理解いただきたいです。」


担任の人は一気にしゃべり続け、最後に「1級上への進級にふさわしいと判断します」と言いました。


右側で「ふーっ」とため息をついた人がいます。




こ、これは…ここの施設の中での進級試験なんだ。


少年は、もうすぐここを出られそうなところまでカリキュラムが進んだんだ。だから、最後の課程に進むための試験がここで行われているんだ…




施設長が、相変わらず目をつぶったまま言いました。


「そもそも、君は自分のどういうところをどのように変えなければならないと思っているんだ?」


「 … 」


「ここに来てから、そういう所を本当に変えられているのか?」





少年にとっては難しい質問です。


当たり前の質問ですが、こういう場で聞かれると難しい…大人でも、難しい…。


しかし…


それはわたしも審判で聞いてる質問です…


あえて難しい質問を投げかける、その狙いは非常によくわかります。



あっ…!




背中がヒヤリとしました。







これはまるで少年審判…いや裁判ではないか!




愕然としました。


正面の施設長は裁判官です。


担任は弁護人。


そして右側に並んだ3人は検察官…。




投げかけられる質問は、難しくて、性急で、真剣で、攻撃的でした。


担任も必死です。


少年は1人…。


施設長の目は固く閉じられ、少年の本当の言葉を待っているようでした。




やられた…


最初から、今日はこの手続を出張で来た裁判官に見せるつもりだったんだ…


進級テストは単なる面接じゃないですよ、われわれもこういった工夫をこらして、真剣に処遇に取り組んでいます…と、そう言いたい?


それに比べて、家裁はどうですかと…そう言いたい?


…やられた





ここでの手続が、そのまま家裁の少年審判の手続にマッチするわけはないのですが、とにかく、出席者全員の体温が違う。



やばい!




こんなことされたら、少年はみんな家裁で受けた手続なんか忘れちゃうよ!


っていうか、家裁の手続はヌルいって思っちゃうよ!


家裁の少年審判こそ、ガチンコ勝負しなきゃいかんのじゃないんか?!




ああ…  やられたよ…