ベイのコンサート日記

クラシックのコンサートやオペラ、CDなどの感想をつづっています。


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(52526日、東京文化会館) 

指揮:ピエタリ・インキネン[首席指揮者]
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団

ヴォータン:ユッカ・ラジライネン
フリッカ:リリ・パーシキヴィ
ローゲ:西村 悟(25日)ウィル・ハルトマン(26日)
アルベリヒ:ワーウィック・ファイフェ
フライア:安藤赴美子
ドンナー:畠山 茂
フロー:片寄純也
エルダ:池田香織
ヴォークリンデ:林 正子
ヴェルクンデ:平井香織
フロスヒルデ:清水華澄
ミーメ:与儀 巧
ファーゾルト:斉木健詞
ファフナー:山下浩司

 

演出:佐藤美晴
照明:望月太介(A.S.G)
衣装スタイリング:臼井梨恵

 

 インキネンはメルボルンで「ニーベルングの指輪」を2013年と16年の二度指揮している。その下地があるためか、2日間の指揮は堂々としていた。インキネンのワーグナーは、一言で言えば、「スコアを綿密に読み込んだ正統的な演奏。バランス感覚に優れ、歌手を立てる」というもの。少し物足りないと思うところもあったが、それらは全てスコアの指示に従ったものなのだろう。
 

彼は初めて「指輪」のスコアを広げたとき、その巨大さに圧倒され、まるで飛行機からジャンプするようだったと言うが、一方でスコアの上に漂い、全ての細部を見なければならない、とも語る。この「漂う=Float」という言葉に、インキネンの指揮の特徴が表れていると思う。いい意味でも、悪い意味でも、譜面を俯瞰しながら、どこか醒めてフワフワとした感覚がインキネンの指揮にはいつも感じられる。
 その言葉通り、どんなにオーケストラが咆哮するクライマックスでも常に冷静で、歌手陣をしっかりとサポートしていたのが印象的だった。

 日本フィルは、序奏の8本のホルンの正確さを始め、2日目がよくまとまっていた。金管群も全体に健闘、木管も2日目はほぼノーミス、弦は2日とも中低音を含め、充実していた。

 

 歌手陣の出来は、おおむね初日が良かった。この大作を2日続けて歌うのは、歌手にとって過酷この上ない。それがはっきりと出たのが、アルベリヒ役のワーウィック・ファイフェ。初日は最前列で聴いたこともあるが、2日目は明らかに疲れが見え、精彩を欠いた。初日は声量・表現力・演技とも最高で、ほかの歌手を大きく引き離していた。それでもヴォータンに指輪を奪われ呪いをかける場面では迫真の歌唱だった。

 

 ローゲは「ラインの黄金」の主役と言ってもいいくらい要の役だ。ウィル・ハルトマンが初日体調不良のため降板。代役として抜擢された西村 悟が実に素晴らしい仕事をした。西村は3月にびわ湖ホールでローゲを歌い大好評だったとのことだが、その評価がよくわかる完璧な歌唱、伸びやかな声と、なめらかな演技だった。

 2日目は、体調不良を押して、ぜひとも自分の歌唱を日本の聴衆に聞いてもらいたいというウィル・ハルトマンが出演した。彼は本当に立派だった。西村もいいが、こうしてハルトマンの歌を聴くと、歌手はただうまい下手だけではない、あるいは声の大小だけではない、音楽の奥深い部分まで表現できなくてはいけないことを痛感する。第2場で「この世界の円環の中で何物をもってしても、男にとり、女の喜びと値打ちに代わると思えるものはない、ということ。」とアリアさながらに歌いあげる場面でのハルトマンの深みは西村には、まだないものだった。

 

 ヴォータンのユッカ・ラジライネンとフリッカのリリ・パーシキヴィは安定した歌唱。ラジライネンも初日は最初から飛ばしていたが、2日目は前半セーブ気味だった。

 

 今回の公演では日本人歌手の健闘が目立った。ラインの娘たち林 正子、平井香織、清水華澄は最後の湖底からの合唱のハーモニーが豊かだった。高橋 淳の代役与儀 巧も素晴らしい。エルダの池田香織の存在感は最近ますます大きくなってきた。ファーゾルトの斉木健詞と、ファフナーの山下浩司は、衣裳が街のチンピラ風でやや気の毒だったが、バスの重心の低い歌唱はとてもよかった。安藤赴美子も、いかにもフライアの美貌と可憐な歌唱。フローの片寄純也も充分な声量。ドンナーの畠山 茂は少し残念だった。

 演出は佐藤美晴。歌手陣は全員暗譜で演技したが、限られたスペースでよく動いていた。望月太介の照明も、効果的で、余計な映像よりもはるかに音楽に集中できた。

全体的に、出演者全員のチームワークの良さが感じられ、気持ちの良い公演だった。ぜひ残る「指輪」の完全上演にトライしてほしい。

 

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(524日、紀尾井ホール)

 2014J.S.バッハ国際コンクール優勝、2016年ヴィエニャフスキ国際コンクール第2位の岡本誠司のリサイタル。ピアノは田村 響。

 岡本のヴァイオリンは繊細で美しい音色。細やかなニュアンスがある。弓を軽く弦に当てるため、音量は全体に小さい。岡本のヴァイオリンはリサイタルではまだしも、協奏曲ではオーケストラに埋もれてしまうのではないだろうか。協奏曲中心の2016年仙台国際コンクールで第6位だった理由がわかる気がした。

 

 1曲目、J.S.バッハ無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番は、プレリュードの音程が怪しい。ルールはリズムが安定せず。ガヴォット以下は構成力が弱い。緊張のためか、実力が発揮できなかったようだ。

 

しかし、2曲目C.P.Eバッハのヴァイオリン・ソナタホ短調Wq.78 H.514は田村のピアノとともに、端正な演奏。3曲目のメンデルスゾーンのヴァイオリン・ソナタヘ長調 MWV Q26は、作曲者が第1楽章の改訂の途中で中座したままになっていたものを、2009年に日本のヴァイオリニスト桐山健志と音楽学者星野宏美が校訂。今回はその楽章が演奏された。爽やかな楽曲と演奏だった。

 

後半は前半の不安定ぶりを打ち消すかのように、良くなった。シューマンのヴァイオリン・ソナタ第1番イ短調 Op.105の第12楽章はのびのびとたっぷりと歌うロマンティックな演奏で、この作品の憧憬や詩情をよく表現していた。ただ、第3楽章はもっと攻めてもよかったのでは。

 

最後のグリーグ、ヴァイオリン・ソナタ第1番ヘ長調 Op.8が、この日最も素晴らしい演奏だった。みずみずしく艶やかな岡本のヴァイオリンと田村のピアノもよく対話し、一体となり、爽やかな風が吹き渡った。
 風と言えば、今回のリサイタルのテーマは『ライプチッヒの風』。岡本いわく『
1位となったバッハ国際コンクールの開催都市で思い入れがある。プログラムはこの街にゆかりのある作曲家と作品で構成され、爽やかな風が吹き抜けていくような曲が集いました』とのこと。
 アンコールもライプチッヒに縁のある2人、クララ・シューマンの3つのロマンスOp.22より第1曲と、メンデルスゾーンが11歳のときに作曲したヴァイオリン・ソナタヘ長調の第3楽章が演奏された。

 

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521日、オーチャードホール)

ストラヴィンスキー「春の祭典」は、楽譜を深く読み込み、作品の全体像を正確につかむバッティストーニの卓越した能力に改めて舌を巻いた。激しいが、誇張されたものではなく、作品本来が持つエネルギーや土俗性をストレートに表現したきわめて正統的な演奏と言うべきだろう。

冒頭のファゴットの独奏はゆったりと始まり、「春の兆しと乙女たちの踊り」も重心が低く安定。激しさが増す「誘拐」からテンポが落ちる「春のロンド」への移行も余裕がある。懐の深いバッティストーニの指揮は、第1部最後の「大地の踊り」の狂乱でもぶれることなく、オーケストラを完璧にコントロールしていた。

2部もこの姿勢は変わらず、「選ばれし乙女への賛美」の変拍子も、最後の「生贄の踊り」も、熱い中にも常に冷静なバッティストーニのバトンは冴えに冴えていた。

アンコールの前にバッティストーニは「新しいシーズンを迎え、みなさまにささやかなプレゼントがあります。ジャパニーズの作品です」と言うので、興味津々だったが、出だしの拍子木を聴いて驚いた。外山雄三の「管弦楽のためのラプソディより 八木節」ではないか。まさかバッティストーニの指揮で聴けるとは。日本人指揮者よりもリズム感があり、バッティストーニが盆踊りのように両手をあげ左右に動かす姿はなんとも楽しかった。

前半は、「ヴェルディ歌劇『オテロ』より舞曲」と、ザンドナーイ「歌劇『ジュリエッタとロメオ』より舞曲」が披露された。いずれもバッティストーニならではでの躍動感に満ちていた。

 

 

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