秋山和慶が東京交響楽団を指揮したブルックナー「交響曲第4番《ロマンティック》」は本当に素晴らしかった。不思議なことにこれだけ長く秋山の指揮に接してきたにもかかわらず、彼のブルックナーはこれまで聴く機会がなかった。演奏機会も多くないのではないだろうか。
今年のフェスタサマーミューザでは梅田俊明の指揮するブルックナーの第7番に心底感動したが、秋山のブルックナーも朝比奈隆、飯守泰次郎を継ぐ日本を代表する演奏であり、世界にアピールできる内容だと言えるだろう。
秋山の指揮は正攻法中の正攻法。余計なことは一切しない。作為的な誇張もなければ、奇をてらう解釈もない。真正面からスコアに向き合い、作曲家の書いたとおりに忠実に演奏しているように思える。細部まで目が行き届いており、緻密で誠実で一点一画を疎かにしない。しかも若々しい活力に溢れている。
東響は弦も木管も金管もティンパニも秋山を心から尊敬する念が感じられる気持ちの入った、集中力に満ちた全力の演奏。音は磨き抜かれた美しさ。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、フルート、クラリネット、オーボエ、ファゴット、ホルン、トランペット、トロンボーン、テューバ、ティンパニ、どの奏者もこれ以上はないと思うようなベストの演奏を繰り広げた。
特に印象に残った箇所は以下の通り。
第1楽章
冒頭のホルンが緊張を感じさせつつ、出だしから快調。第1主題の頂点も若々しい表情。チェロの第2主題が充実の音。全合奏による第3主題は風格がある。
展開部の第1主題が力強い。活力があり引き締まった響き。厳かなコラールのトレモロが実にきれいに響く。そのため神聖さが際立つ。再現部直前の癒すような弦とフルートのソロの美しいこと!
再現部は徐々に盛り上げていき、どっしりとしている。コーダの荘厳さ、格調は年季の入った指揮者でなくては出せない壮大さ。昭和時代のオーケストラも思い出す懐かしい響きと重厚さでもあった。
第2楽章
ピッツィカートに乗せて弾かれるヴィオラの副主題の意味深い響きが素晴らしい。澄み切った音は東響のヴィオラならでは。クラリネット、フルートによる鳥のさえずるような動機が神聖さを感じさせる。主要主題の展開は喜びにあふれる。最後に主要主題が盛り上がるクライマックスは雄大。
第3楽章スケルツォ
「狩りのスケルツォ」はホルンをはじめ東響の集中力が全く切れず、むしろ高まるばかり。秋山の指揮も冴えわたり、活力にあふれた生き生きとしたスケルツォが繰り広げられる。
トリオの清らかな弦が素晴らしい。
スケルツォの再現は、火の玉のように突き進む。
第4楽章
序奏に続き、力強く登場する第1主題は、畏怖は感じないが、誠実さに溢れた響き。
第2主題も同様に細やかで職人的に奏でられる。
進軍する第3主題もきっちりとした金管により力強く響く。
展開部も演奏は引き締まり、清らかさと優しさと楽しさとともに、充実の演奏が繰り広げられた。
ワーグナー《ニーベルングの指環》の「魔の炎の音楽」が聞こえる第4楽章再現部冒頭は圧倒的な力強さ。
コーダの弦の6連符、3連符のトレモロの美しさも絶品。金管の総奏も見事なアンサンブル。最後に第1楽章冒頭のホルンの高らかな音に導かれ、ティンパニとともにフォルティシモの全管弦楽締めくくられる一撃は巨匠ならではの重みのある響きだった。
前半の竹澤恭子によるベルクのヴァイオリン協奏曲「ある天使の思い出に」も秋山の60周年を盛り上げた。
竹澤は気迫と集中力のある入魂の演奏。1724年製のストラディヴァリウスの艶やかな美しい響きで、繊細に弾いていく。秋山東響も竹澤とひとつになる緊密な演奏を展開した。
竹澤のアンコールは、J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番より第3楽章「アンダンテ」。竹澤は弓圧を控えめに天上の響きを醸し出した。
コンサートが終わり、秋山が何度もカーテンコールでステージに呼び戻される中、楽員の一人が「60」という金色の大きな数字があしらわれた60本の赤いバラの花束を秋山に贈呈した。
P席では横断幕を広げ秋山を祝うファンの姿もあり、秋山も手を振って応えていた。
秋山へのソロ・カーテンコールでは多くの聴衆が残っていた。
東京交響楽団第724回定期演奏会《秋山和慶指揮者生活60周年記念》
秋山和慶(指揮)
竹澤恭子(ヴァイオリン)
グレブ・ニキティン(コンサートマスター)
プログラム
ベルク:ヴァイオリン協奏曲「ある天使の思い出に」
ブルックナー:交響曲 第4番 変ホ長調 「ロマンティック」WAB 104