第1章〜結菜と颯人〜
第1話「鳴海颯人という男」
部屋に差し込む日差し
7時ちょうどに鳴り響く目覚まし時計
眠気が残るまま時計を止める
ベッドから起きて顔を洗う
部屋に戻り着替えを済ます
そしてリビングで家族4人で朝食をとる
何も変わらない日常
ただ今までと違うのはただ一つだけ
いつも隣を歩いていた幼馴染の颯人がいないだけ
たったその一つだけの出来事で結菜は毎晩泣いた
泣いても泣いても連絡が帰ってくることはなかった
美波結菜と鳴海颯人
2人は産まれた日は12月31日
全く同じ日に同じ病院で産まれた2人は家も隣でずっと一緒に過ごしてきた
なので余計に結菜が負った傷は深かった
それでも日が経つにつれ徐々に傷も癒えて普通に笑えるようになった
あれから3年
3年経ったこの日も結菜はいつもと変わらず家を出た
「いってきまぁす!!」
高らかに声を上げて
玄関の扉を開けて外に出ると朝の日差しが結菜を照らした
今日から高校生ということもあり新しい制服にワクワクが止まらなかった
湘南大柏高校
一言で言えばサッカーの強豪校
神奈川県の中では負け知らずで全国大会の常連国であったが3年前に暴力事件を起こして以降部員の数も減少
全国大会はおろか、神奈川県大会で3年連続初戦敗退という過去の輝きは既に失っていた
なぜそんな高校に結菜が入学したのかというと
そこには颯人との約束があった
それは颯人が突然いなくなる数日前、小学校の卒業式でのこと
「なぁ結菜、俺湘南大柏高校に入って選手権絶対優勝するから。その時は結菜がマネージャーでベンチに入ってくれよ」
「いいよ!約束ね。でも優勝してもどこも行かないでよ。颯人くんサッカー上手いからすぐに有名になっちゃいそうだもん」
「そんなに甘くないよ。俺より上手いやつなんかそこら中にいるんだから」
そんな会話を交わした数日後に颯人は突然姿を消した
行き先を誰にも告げずに
でも結菜はその約束を忘れていなかった
この高校に入れば颯人にまた会えるかもしれない
そんな淡い期待を抱きながら空を見上げた
結菜の頭の上に桜の花びらが舞い落ちた
毎年桜が咲く頃に颯人と2人でこの桜並木を歩いていた
(私颯人のこと、好きだったんだ)
颯人がいなくなってから気づいた気持ち
ただその気持ちをどこに向けていいのか今もまだ分からずにいた
「結菜〜おはよっ」
結菜の横に並んだのは瀬奈琴葉
2人は小学生の時からの親友でお互いがお互いを信頼している
そんな琴葉も結菜と同じ高校に入学しているのである
そして琴葉の隣にもう一人
「おっす結菜!せっかく今日から高校生活始まるんだから颯人のことは早いこと忘れていい彼氏でも作っちゃえよ」
風吹麗央
颯人と麗央は小学生の時から一緒にサッカーをしていた
ただそんな麗央も颯人からは何も聞いておらず颯人がいなくなった時に一番怒っていたのは麗央だった
「もう麗央、結菜には颯人がいるんだから変なこと言わないでよね」
「だって待っててもあいつが戻ってくる保証はないんだぜ。だったらいっそのこと忘れて高校生活楽しんだ方がいいでしょ」
実際麗央の言う通りだと結菜自身も何度も思った
待っていても仕方ないのかもしれない
付き合っているわけでもない
颯人にも彼女がいるのかもしれない
高校に入学するにあたって結菜は一つ自分の中でも賭けをしていた
この高校入学のタイミングで颯人が戻って来なければもう颯人のことは忘れる
それはもう決めていた
何があっても決めたことは曲げない
それは結菜の性格がそうであった
「でも麗央くんサッカー部に入るんだよね?大丈夫なのサッカー部」
「ほんとだよ、麗央が入ったところで人数もギリギリなんでしょ??だったらもっと他のところでサッカーしたら良かったのに」
「俺は別に強いところでサッカーがしたいわけじゃないから。ボール一つ、後は11人さえいればサッカーはできるから」
麗央もどこかで信じていたのかもしれない
颯人が戻ってくる
また2人で一緒にサッカーができる
そんな日を結菜以上に待ちわびているのかもしれない
結菜と颯人
そしてその2人を取り巻く環境が高校入学と共に激しく動き出すのであった
つづく