柔道の投げ技の原理について、簡単にではありますが書いてみます。
やってる方も、観る方も、よろしければお読みください。

“ 人はなぜ倒れるのか ”
これは大きく分けて3つに分類されます。
1.意識を失うことで倒れる
2.痛みに耐え切れなくなって自ら倒れる
3.バランスが崩れて、重心が体の外へ出てしまい、倒れる

格闘技に限定すれば、1と2はボクシングなどの打撃系で見られるダウンシーンです。
1はアゴやテンプルにヒットして脳が大きく揺れるため、一瞬、眼の前が真っ暗になり、意識が途切れて気づいたら倒れていた、このような感覚です。柔道の締め技を立ち姿勢でかけて、相手が落ちた場合も同じ理屈で人は倒れます。

2はボディブローやローキックなどの損傷により、物理的にではなく立っていることに我慢できなくなる状態です。ボクシングなら10カウントで負けになります。9秒は休めるわけで、根性で立っていても、痛みで動きが自由に取れない状態でいると致命的な打撃を受けます。自ら倒れることでその致命傷を防いでいます。戦術として倒れるわけですが、もちろん、ローキックで脚が折れたら立っていられませんので、これは原理が異なります。

柔道の投げ技は3の原理を競う競技です。足車や膝車などで故意に相手の膝を損傷させて倒す、あるいは釣り手で拳を作り、相手のアゴをアッパーカットして脳震盪を起こさせて小内刈りを施す、襟で巧みに隠しながら釣り手で眼や鼻を潰し、スイングフックで殴るように大外刈を施す、などのこれらの攻撃方法は、本来の柔道の原理とは異なります。こういった教えをする師範もいるでしょうが、教科書には無い攻撃法です。正規の柔道とは程遠いものですので、少なくとも小中高生は真似しないでください。

崩しは、人の体を一本の棒のようにすること。

どんなに力のある相手でも、どんなに大きな相手でも、人間は体勢を崩されると動きが取れなくなります。
例えば、両足カカトに体重が乗った状態で自由に動けるでしょうか。
カカトに限らず、両足爪先でも同様で、重心がずれていますので思うようには動けません。
無理に動こうとすると倒れます。
これを崩しと言います。
自在に動ける身体を一本の棒のようにしてしまうことで、相手を容易にコントロールし制することができます。

これは相手のパワーや身体の大きさ、体重に関係なく、人間の身体はそうできていると思ってください。
仮に刃物を持っていても重心を崩されたら何も出来ません。

柔道の有段者は、この崩しが上手いのです。
腕力で相手の体勢を崩す選手もいますが、もっと合理的な崩しを柔道では教えています。

相手の襟を持って引っ張れば、崩しは一応可能です。
しかしこれは腕力に差がある場合で、当然自分のほうが強いパワーがあるケースです。

投げ技の原理を体感することは可能です。
まずまっすぐに立ってみてください。
両足を一切動かさず揃えたまま、前方へ倒れるように身体を傾けてください。
必ず一歩、足が踏み出ます。自然にです。
この重心を保とうとする動きは、人間なら全員が持ってます。
一歩踏み出すことで倒れることを防いでいます。
では、踏み出した足が床につかなかったらどうなるでしょうか。
おわかりですよね。
これが柔道です。




・心理的な崩し

相手の襟を持って瞬間的に引きつけます。
相手は体勢を崩されまいと、腰を落とし、自分の後方へ体重移動を試みます。
引きつけた襟を自分の胸元に固定したまま、相手の胸を自分の片方の肩で押します。
相手の体重移動と肩で押すタイミングが合えば、相手の体勢は後方へ崩れます。

崩されまいとする心理が強ければ強いほど、この崩しは有効です。




・距離による崩し

これは理屈上はとても簡単です。
相手が左へ30センチ移動したら、自分は同じ方向へ50センチ移動します。
理屈上、20センチぶん、相手の体勢は崩れます。

必ずそうなるのですが、瞬時に行わないとこの崩しは無力です。
スピードが命。

逆もまた真なりで、相手が30センチ移動したのに自分がその場から移動しなかった場合でも崩しは起きます。
この場合は、自分の体勢が崩れては意味が無いので足腰の強さが求められます。




・作用反作用による崩し

壁に手を当てて押すと、壁は動かず自分が動きますよね。
この原理を利用します。

相手の襟を全力で引きつけても、ビクともしない場合、相手は壁のようなものです。
そこで、相手を引くのではなく押します。
壁を押すように胸を押します。
反作用で自分の意志とは逆の方向へ力が作用します。

胸を押す。
反作用で押し返される。
その力を利用して引く。

この原理により、自分の腕力は倍になります。
生命はタイミングです。
心理的な崩しとの併用で効果は倍増します。




・慣性の法則による崩し

自分の後方へ1歩移動すると1歩ぶんの距離が空きますので、距離で崩されまいとして相手は距離を詰めてきます。
この所作により、相手は相手から見て前方へ歩行していることになります。
1歩移動するということは、1歩体重が移動しています。
そこで、上半身は1歩ぶん移動させ、下半身(脚)は移動できない状態を作れば、相手の体勢は崩れます。
要は、つまづかせるということです。

相手の上半身は1歩ぶん移動、しかし下半身はその1歩が畳につく前に足の裏で払って畳につかせないようにします。
本来、畳につくことで体勢を安定させる足がつかないわけですから、崩れます。
小内刈りなどがこれに該当します。

もしくは、畳についている相手の足が1歩移動する瞬間に自分の足裏で止めて固定し、踏み出すことが出来ないようにします。
上半身は1歩ぶん移動しようとしている慣性がありますが、踏み出す足が上がらないため体勢が崩れます。
支釣込足などがこれに該当します。




・テコの原理による崩し

これは背負投げの形そのものがテコの原理を利用しています。
自分の腰を支点とし、力点は相手の上半身です。
相手の上半身は前方に引きつけられ、腰は支点となって制されていますので、両足は宙に浮きます。
この場合、作用点は両足です。
支点となる腰の位置は、相手の帯より下が有効です。

背負投げの他に、大腰がテコの原理を使用しています。
寝技でも十字固めなど、テコの原理は多用されています。

ただし背負投げは身体が密着していますので、滑車の原理の方が正しいかも知れません。
純粋なテコの原理は、体落としがそうではないかと思われます。




ざっと基本的な崩しを紹介しましたが、実際にはこれらを総合して行なっていますし、このように文章化すると原理は理解できるかも知れませんが、体感しないとどうしても本当の崩しの効果は理解できません。

崩しの達人は恐ろしいもので、何も出来ずに気がついたらとき既に遅し、いつのまにか畳に叩きつけられていた、という感じです。
「一本」を取る投げ技が美しいわけは、そこに無理がないからです。
無理がない投げこそ、崩しが効いていると理解していただければ正しい原理だと思います。
実際には崩しがあって「つくり」があって「かけ」があるのが真の柔道ですが、ここでは「どういった原理で人間の体は倒れるのか」を理解していただくため、種類別にしました。

背負投げ=テコの原理、これは確かに正しいのですが、背負う前にやはり巧みに崩しがあってから技を施しているのが事実です。

投げ技は皆、テコの原理である、という理論の方がいらっしゃいますが、では大外刈りの支点はどこにあるのか、お聞きしたいものです。
一般的な大外刈りは偶力を利用した技です。
応用の大外刈りには、前述した小内刈りのタイミングで大外刈に入る、などがあります。

他にも、前後左右どうしても崩れない相手を、上方へ引き抜くことで制し、腰に乗せて投げたり、相手が自分を崩そうとする動きを利用して崩してしまうこともあり、多種多様です。

投げ技で一本を取られない方法があります。
これは全身の力を抜くというものです。
完全に脱力した人間を綺麗に投げるのは不可能に近いです。
よほど腕力に差があって、抱え上げて肩越しに放り投げるか、背筋力で反り投げを試みることが出来なければ、一本を取れないでしょう(レスリングの選手はこれをやります。柔道の方法論から考えたらありえない投げ方です。カレリンズ・リフトがおそらくそれにあたる投げではないかと思われます。本来、カレリンズ・リフトは軽量級の選手も使用する一般的なリフト技ですが、アレキサンダーカレリンの施すリフトとは、やや趣が異なります。柔道に俵返しがありますが、やはり似て非なるもので、原理は全く違います)。
なぜ脱力した人間から一本を取りにくいのかですが、殆どの投げ技が「投げられまいとする心理や踏ん張る力」を利用しているためです。

真冬、雪道で滑って転んで怪我をする人は、転ぶのを防ぐため倒れまいと踏ん張りすぎです。
この踏ん張る力が強ければ強いほど、転んだ時に強く叩きつけられます。
柔道でいう「一本」です。
勢いに逆らわず自分から転べば、強く打撲することはありません。
雪に慣れた北国の人は、これを体験で知っています。

なお、転んだ瞬間に手をつくと腕が折れる恐れがあります。
できるだけお尻から転んでください。
手はつかない。
頭を打たない。
そのためには転んでみて慣れるしかないのですが。

余談ですが、フィギュアスケートの選手は、固い氷の上で激しく転倒しても大きな怪我をしません。大きな助走からのトリプルルッツジャンプ、着氷失敗で転倒、これでも頭を絶対に打ちません。上手いものです。あの転び方を見習うべきです。
こと、畳の上以外での「転ぶ」という日常的なアクシデントには、柔道の受身よりもフィギュアスケーターの転び方のほうが優れていると言えます。
私は柔道の有段者で、三段を所持しています。北海道に住み、雪道には慣れています。それでも転倒することがありますが、柔道の受身を路上で施したことはありません。頭を動かさず、まっすぐに沈み込むようにして尻餅をつきます。力を抜いて、踏ん張らないことで体の回転を最小限に防いでいます。この経験からの持論ではありますが、雪道、特にアイスバン状態の路上では柔道の受身を推奨しません。
階段から転げ落ちて柔道の受身を取り、ヒジ関節を骨折した方を存じています。氷の上で柔道の受身が出来ますか?氷を叩けますか?

余談終了。
柔道の崩しのお話に戻ります。

ここまで書くと「じゃあ柔道の投げ技は全て物理の原理で説明がつくのか」と言われそうです。
私は説明がつくと思っていますが、プラス心理学、プラス人間特有の本能です。

内股というポピュラーな投げ技があります。
あれはどうして決まるのか、どのような原理なのか、説明するのは難しいです。
ポピュラーな技なのに、どうして内股で一本とれるかわからない人は大勢います。
テコの原理ではなさそうです。

内股は、個人個人によって異なる原理で投げている技ではないかと考えています。
事実、内股は高内股、大内股、小内股と分類されていたのです。
この3つの内股は、それぞれ入り方も原理も違います。
今では全てを内股と称していますが、跳ね上げる内股と、回して投げる内股とでは明らかに原理が異なります。

ケンケン内股と呼ばれる内股は、回して投げる内股に属するものです。
人間は二足歩行です。
片足立ちになれば、倒れないまでもバランスを崩さずそのまま体勢を維持することは困難になります。
相手を片足立ちにさせ、軸足となる足を中心に上半身を風車のように回して畳に相手の背を叩きつけるのが、内股の原理の一つと言えます。
ケンケン内股は、軸足となる足の方向へケンケンしながら追い込んで相手のバランスを崩しています。
名称はカッコ悪いと言われますが、試合では勝負技と言える強力な武器です。
ケンケン内股の向きを変えると、ケンケン大内刈りになります。
後ろに倒されるか、前方や斜めに回されるか、どちらでも結果的に相手の背中を畳に叩きつけることを目的とした二刀流です。

バルセロナ五輪78キロ級金メダリスト、吉田秀彦氏の内股は跳ね上げ式と風車式、そしてケンケン内股と、多彩な内股を使用する名手です。
ケンケン内股で追い込み、相手の股間に体を入れて、軸足に体落としを施す一連の流れは、強靭な足腰あっての離れ業と言えます。
忘れていただきたくないのは、技は力の中にあるということです。
吉田秀彦氏が強いのは、強い身体能力があるから前述したような内股が可能なんです。
常人では真似できないのが当たり前です。

小さい者が大きい者を投げるのに適した技に背負い投げや体落としがありますが、大きい者が小さい者を制すのに適した大外刈り、払い巻込みもあります。
「柔よく剛を制す」は、必ずしも「小さい者が大きい者を制する」という意味ではありません。
持論になりますが、柔よく剛を制すは、自分の力を最も適した方法によって目的を達することを指します。
合理的であれば、大きい者が腕力で相手を制しても、それは「柔よく剛を制す」です。

よく勘違いしてる方がいらっしゃいますが、柔よく剛を制す、という言葉から「パワーが無くてもテクニックで勝てる」と思いがちですが誤りです。
相手が10の力を持っているなら、こちらが2や3では勝てません。
6ないし7は欲しいところです。
再度申し上げますが、技は力の中にあり、が真理です。

平たく言えば「筋トレせいや」ということです。

63キロしかなかったので、常に「人はどうしたら倒れるか」を考えていました。
考えることが好きな人はこういった「考える稽古」をしたらいいですし、考えることが嫌いなら「無我夢中で稽古」するのがいいと私は思います。


投げ技の珍しい防御としては、背負い投げに入られた瞬間、自分から相手の肩越しにジャンプして猫のように体を捻り、背中を畳につけない防御法があります。
猫受け身と通称呼ばれているようですが、実戦向きではないとされてきました。
ありえない、空想の世界、漫画の読みすぎと言われてきました。
しかし、身体が密着する前に肩越しに飛び越えて足から着地すれば、少なくとも一本にはなりません。
実際に試合でこの猫受け身を試みた選手がいました。
背中はつかず、畳についた部分は腿の部分でしたが、一本を宣告されました。
これは宙高く飛び上がったことが、相手の背負った力によるもの、と判断されたためと、相手が悪かったという事が考えられます。
相手は平成の三四郎・古賀稔彦選手でしたから。
古賀選手の背負いは、立ったまま投げるので猫受け身は片足着地できれば効果的と言えます。
ただし背負いを察知する洞察力が高くないと無理ですね。
肩関節も柔くないとダメでしょう。
特異な防御法であることは否めません。
古賀稔彦氏の投げは背負いに限らず、極め(きめ)の技術に長けているのです。



こちらの動画が、その古賀稔彦の一本背負いVS猫受け身のシーンです(再生開始1:30~1:55)。

柔道の「一本」をお楽しみください。

この動画は柔道のお手本です。

柔道とは何か。

それは古賀稔彦である。

そう言っても過言ではないですよ。




(肩車への対処 猫受け身 動画