この物語はフィクションです。

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「だから…」

一転して、とても静かなトーン。噛んで含めるような。優しい声になる。

「はるこさんはあなたを呪ってなんかいないと思うわよ、一女子の意見としては」

「そう…なのかな?」

「そうよ」

「そうか」

慰めかもしれない。二度と会うこともない相手の気持ちなど確かめようもないからなんとでもいえるだろう。しかし、今の心に痛いほど沁みた。

呪いが。一つ解けた。

 

「ところで中江真美さんだっけ? 成立してないよね?」

「え? あ?あれ?」

「だって彼女、前の彼と切れてないわよね?」

そんな見方があったのか。気持ちが通じ合ったら、決まり、じゃないのか?

 

「端的に言って、あなたは行動を起こさなかったわけでしょ」

「う…そうだ。彼女からいってくれたから、俺の気持ちが伝わってるんだって安心してた」

「もう一晩あったら、関係できた?」

俺は決断できたのか。ケージ君から彼女を奪う、悪の魔王となることを。

「もう一日…そうだな… いや、迷っていたかもしれない」

「どうしてその、最後までしなかったのよ…?」

女子からそう言われると…堪える。

「それが好きだって表現なのか、肉欲で「したい」からなのか、自分の中で判然としなかったんだ」

「好きなら、いっそ抱いてくれればよかったのよ」

あ、違った、抱いてあげればだわ…とぶつぶついっている。

 

「あなたの気持ち、つないでいる自信がないまま離れちゃったから、神経質に電話したくなるの」

あの朝、彼女は決断した。俺を選びたいといった。

なのに、俺の返事は、甚だあいまいだったわけだ。

「はあ…そうだったのか。彼女を束縛するように感じてた」

「あなたは束縛されるのいやだった?」

「…それは嫌じゃなかった」

ちゃんと束縛する勇気。責任を持つ勇気。

それが俺には足りなかった。

「あなたがこんなに好きだってこと、ちゃんと教えてあげればよかったのに」

「勇気が…なかったんだな」

 

「どっちみちあなたは遠距離恋愛には向いてないと思うわよ…」

「そ、それはどういう…」

「強引じゃない時点でダメだけど、しかも伝えるの下手だから、そばにいてもらって、言いたいこと色々と気づいてもらわないといけないみたい」

また落ち込んだ。

「大澤君…不器用な子…」

酒のせいだ、この涙は。鼻もすすってるけど。

 

店を出た。手がかじかむ。

「クラスのみんな、気づいてると思うから、開き直って気楽に学校に出てきなさいね」

はっそうだった。今は休みだからいいけど、顔を合わさざるを得ないのだ。

「明日バイト、ちゃんと行くのよ…」

見送られて手を振りながら、少し千鳥足で歩き始める。

年始のためか、旧都のまちもまだ人通りは少なく、立ち止まって夜空を見上げる。

もう空は曇っていない。

ふと振り返る。

外池はまだ見ていた。じっとその場で。俺が振り向いたのに気づいて、また手を振る。

じっと見ていたのか。くそ、そんなに心配か。情けないぞ、俺。でも仕方ないなこのざまじゃ。

「ありがと――!」

足をしっかり踏ん張って歩く。もう振り返らなかった。

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前回の記事のタイトルは元は「人間失格」だったんですよね…

大袈裟かと怯んで「恋人失格」にしてしまった…

おかげで「失格」(橘いずみ)を紹介できました。

「松山編」完ですね。中江真美さん再登場するのでしょうか。私にもわかりません。