この物語はフィクションです。

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ザザーン、ザザザーン。

繰り返す波の音と海の匂い。

電車が駅に止まる。一緒に降りた他の客たちは、駅を出ていく。

ホームの手すりには、ハンカチが並んでいた。

実は、かの超有名ドラマはほとんど見ていないのだ。聞きかじりだ。

現実の風景を先に見ることができて、少し感慨があった。

 

「別れのシーンなのに。恋人たちの聖地って、変ですよね」

「何を祈ってるんだろう」

「リカとカンチが幸せになりますようにって感じかな?」

「自分たちの幸せは…」

「神様、リカとカンチの分まで恋愛パワー下さいって?」

パワー、か。俺たちにはあるのかな。

 

瀬戸内海の波は小さくともやんちゃで騒々しい。少し離れているだけで、声が聴こえにくい。

 

「真美!」

 

「はい!」

 

「それで、真美はどうすんの!」

 

いつの間にかするっと近づいてきた真美は、耳元に口を寄せて「あのね」と話し始めた。

「ケージ君、大分落ち着いてきてるっていったでしょ。ご両親も、友達も、みんなケージ君の元に戻ってきてるの。私も病院にずっと通ってるけど、次々みんな来てくれるの。そんで、事情を知っている人もいるんだけど、私を許してくれるの。もとはといえばケージ君が悪いんだから、好きにしたらいいって。でも」

声が震え始めた。

それとも俺が震えてるのか。

君は彼を選ぶのか。戻るのか。俺を置き去りに。

 

「私、彼を好きだった時のこと思い出したの。ううん、やっぱり好きなの。私を一番に思ってくれて、私がいないとダメな人。だから好き」

風に吹かれて、彼女の涙が斜めに流れる。

俺も風に吹かれ、揺れている。倒れないように必死だ。

「彼が何も言ってくれないのは、今病気だから。彼がいいって言ってくれたら、ずっとそばにいるつもり」

 

「もし別れてもいいって言われたら真美はどうするんだ」

真美は、どうしたいんだ。

「結論が出るまで俺は、君を待っていていいか」

 

「さわにい、好きよ。心の底から好きよ。さわにいが初めてだったらよかったって思うの。贅沢だね」

俺は君に何にもしてあげていない。なのにそんな風に言ってくれるのか。

「彼がもし、私をいらないって言ったとしても、あなたに待っててなんて言わない」

くるっと回って、俺を見つめ、手を広げ、胸に何かをかき抱く。

「あなたは私の人生の宝物だから、大切に扱うの」

 

俺なんか汚しても踏みつけてもいいのに。

一緒にいたい。それで傷つけられるとしても。

フラッシュバックする記憶。俺の意志で相手の「待つ」選択肢を切りすてた過去。男と女が逆転する。

なのに、その動機は全く逆。俺のことを宝物だからと…

俺のほほにも涙が流れている。

 

「ほんとにありがとう…」

どちらが発した言葉かわからなかった。そしてあとは言葉にならない。

涙でぐじゃぐじゃの真美を、人の目から隠すためと、自分に言い訳をして抱き寄せる。

最後に抱きしめあえただけ、俺はカンチよりは幸せなのかもしれない。

最後のわがままに、俺は、約束のキスを、彼女に返す。果たされなかった約束、最後のキス。

日は沈みかけ、シルエットとなる恋人たちはしばらく動かなかった。

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「東京ラブストーリー」の舞台を借りつつ、別れのシーンを描き切りました。

前々回のあとがきで自爆ネタバレしてたので結構プレッシャーありましたけど。

解説はしませんが(当然ですね)各々の胸に受け止めていただけたらと思います。

そして物語は続きます。