杉田玄白1771年に杉田玄白・前野良沢らが、小塚原刑場で腑分けを観察していました。

杉田玄白といえば、江戸後期の医学者であり、蘭学者でもあります。
名は翼(たすく)、号は【い】斎(いさい)と申し、九幸ともいわれていました。

1771年、前野良沢、中川淳庵とととに、江戸小塚原刑場で刑死体の解剖を観察、蘭書《ターヘル・アナトミア》の正確さに驚き、《解体新書》訳述を遂行し、蘭学の基礎を築きました。
文才にすぐれ随筆が多く、《蘭学事始》《形影夜話》《野叟(やそう)独語》などの著書
があります。

子の立卿〔1786-1845〕、孫の成卿〔1817-1859〕も蘭方医として名高く、立卿は特に眼科にすぐれ、成卿は幕府の訳官、蕃書調所の教授として活躍しました。

中学・高校の教科書には、絶対といって良いほど出てくるので、「僕は勉強は嫌いだ」という人でも、顔を見れば落書きをした思い出とともによみがえってくるほど、知らない人はいないでしょう。
そういう僕も、教科書の杉田玄白のページには落書きした思い出があります。