ハンガリー  国境フェンス強化で難民・移民排除に進むオルバン首相 「民族の同質性」重視 | 碧空

ハンガリー  国境フェンス強化で難民・移民排除に進むオルバン首相 「民族の同質性」重視

(2017年3月2日、ハンガリーのガラ村近くで、第二のフェンスで最近囲まれたばかりのセルビアとの国境地帯を巡回するハンガリーの警察官 【3月14日 The Huffington Post】)

【「非リベラル国家」を目指すハンガリー】
EU加盟国でもある東欧・ハンガリーのオルバン政権が、西欧的な欧州のイメージとはかなり異質な国であることは、昨年7月12日ブログ“ハンガリー 「3分の2」で改憲・新憲法 国家・民族重視の「非リベラル国家」を目指すオルバン政権”http://ameblo.jp/azianokaze/day-20160712.htmlでも取り上げました。

昨年ブログのポイントだけ列挙すると
・民族的基盤に則った「非リベラル国家」の建設を目指していること。「非リベラル国家」とは、自由の基本原則は保持しながらも自由の度合いは制限されている国と定義しているとみられ、オルバン首相はその成功の具体例としてロシア、中国、トルコの名を挙げています。

・難民流入はキリスト教文化への脅威と反対の立場で、フェンスを国境に築くなど、難民流入を阻止し、ドイツ・メルケル首相の難民受入政策を批判していること。

・「3分の2」を超える「数の力」を背景に、10回以上の改憲を繰り返し、「非リベラル国家」建設を進めていること。それによって新たに憲法に盛り込まれた規定からは、下記のような個人の権利より民族や共同体を重くみる思想が浮かび上がります。
 ▼個人の自由は、他者との共同においてのみ、展開することができると信ずる
  ▼我々の共生の最も重要な枠組みが家族及び民族
 ▼何人も……その能力及び可能性に応じた労働の遂行により、共同体の成長に貢献する義務を負う

・憲法改正の内容に反対する憲法裁判所に対しは、その権限を弱め、人事権を掌握し、憲法裁判所を政権のコントロール下に置くように制度変更していること。

・民族、宗教、マイノリティーの尊厳を傷つける・・・などと政権側が判断した場合、メディアに罰金を科すというような法律を制定し、メディアの政権批判を許さない方向に進んでいること

このようにEUの理念とは相いれないようなハンガリーですが、EUに加盟することで農業補助金や貿易の面でEUから多大な便宜を得ている国でもあります。

ハンガリーの異質性については、最近欧州全体で拡大する極右・ポピュリズム勢力とも共通するものがあり、必ずしも“異質”“少数派”とは言えない存在になりつつあることが重要な問題です。

3月15日に行われたオランダの総選挙では周知のように、ウィルダース党首率いる極右・自由党の第1党は阻止されましたが、自由党は犠牲を大幅に増やす“大躍進”には違いなく、また、与党の勝利(議席は大きく減らしていますが)はルッテ首相が新聞に「普通に振る舞え、さもなければ出ていけ」と移民に警告する選挙用広告を出すなど、与党自身が(極右のお株を奪うような)右傾化して移民に反感を持つ国民の支持をつなぎとめたことによるものです。

そのあたりの話はまた別機会に回すとして、今日は、前回ブログ以降のハンガリーの動きについてです。


【EUの難民割り当てに反対する国民投票、憲法改正の試み】
前回ブログでも少し触れたように、オルバン政権はEUの求める難民割り当てに反対する国民投票を昨年10月に行いました。結果は、投票率が約43%と、投票成立要件の50%を下回ったことで投票は無効となりました。

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<ハンガリー国民投票>難民「拒絶」98% 低投票率で無効****
欧州連合(EU)による難民割り当ての是非を巡るハンガリーの国民投票が(2016年10月)2日投開票され、割り当て反対が9割以上を占め、賛成を大きく上回った。

投票率は約43%で投票成立要件の50%を下回った。投票は無効となったが、国民に割り当て反対を呼びかけていたオルバン首相は「勝利」を宣言。EUに難民政策の変更を求める方針だ。
 
選管発表によると、開票率99.9%で割り当て反対は98.3%、賛成は約1.7%だった。(中略)

昨年、欧州には難民100万人以上が流入。EUは昨年9月、「玄関口」であるギリシャ、イタリアに集まった難民計16万人を2年間で各国に割り当てることを決めた。ハンガリーは1294人の受け入れ分担が決まっている。だがハンガリーやスロバキアなど東欧諸国は拒絶している。
 
オルバン氏は国民の支持を背景に、昨夏から国境にフェンスを設置するなどして難民流入を阻止。その後も難民割り当てを巡って欧州司法裁判所に提訴するなどEUと激しく対立してきた。
 
今回の国民投票は、政府主導で実施。政府側は紛争から逃れた難民を含めて「不法移民」と断じ、「移民が増えれば増えるほど、テロの危険が高まる」など国民の反難民・移民感情をあおってきた。

だが多額の税金を投入した選挙キャンペーンには反発も広がり、野党が投票ボイコットを呼びかけたため、投票率が伸び悩んだとみられる。【2016年10月3日 毎日】
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国民投票は無効となりましたが、「われわれが誰と暮らすかは国民だけが決める」とするオルバン首相は、「ハンガリーに異民族が移住することはできない」との原則を憲法に明記する憲法改正案を国会に提出。

この改正案は採択に必要な3分の2に届かず否決されましたが、“極右野党「ヨッビク」が政権の対応は不十分だと批判し、首相に一層強硬な難民・移民流入阻止策を要求。2018年予定の議会選を意識した駆け引きが活発化している”【2016年11月8日 時事】とも。

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<ハンガリー>憲法改正案、国会で否決****
ハンガリー政府は(2016年11月)8日、先月2日の欧州連合(EU)による難民割り当ての是非を巡る国民投票で「反対」が98%に達したことを受け、割り当てを拒否する憲法改正案を国会に提出したが、反対多数で否決された。
 
関係者によると、憲法改正案は「ハンガリーに異民族が移住することはできない」と明記した上で、EU加盟国以外の外国人について「国会が定める手続きに従い、ハンガリー当局が個別に審査」して、移住の可否を判断するという内容。
 
改正には3分の2の賛成が必要だったが、ほとんどの野党が棄権した。ただ与党の支持率は依然として高く、今回の結果が政権に与える影響は限定的とみられる。
 
国民投票は投票率が低く、不成立となったが、オルバン首相は「(反対票を投じた)330万人の民意は無視できない」として、憲法改正案を提出した。
 
EUは昨年9月、難民が集中している「玄関口」のイタリア、ギリシャから加盟国に難民16万人を割り当てることを決定。ハンガリーを含めた東欧諸国は受け入れに消極的で、割り当ては進んでいない。【2016年11月8日 毎日】
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【対ロシア経済制裁に反対してロシアとの協調を進める】
オルバン首相は外交面でも、アメリカ・トランプ大統領の姿勢を歓迎し、ロシア・プーチン大統領とも密接な関係を示すなど、EUの方向とは異なる独自性を明らかにしています。

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トランプ氏の米国第一歓迎=他国の先例に―ハンガリー首相****
AFP通信によると、ハンガリーのオルバン首相は23日、ブダペストでの会合で演説し、トランプ米大統領が掲げる「米国第一主義」は他国が追随できる先例だとして歓迎した。
 
首相は、米国が自国を優先することで「われわれも自分たちを第一に考えることが認められるだろう」と指摘。「これは大きな自由だ」と強調した。【1月24日 時事】 
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EU・ロシアの関係改善訴え=首脳会談でハンガリー首相****
ロシアのプーチン大統領とハンガリーのオルバン首相は2日、ブダペストで会談した。

インタファクス通信によると、オルバン首相は会談後の記者会見で「ロシアと欧州連合(EU)の新しい関係を期待している」と述べ、ロシアとEUの関係改善の必要性を訴えた。
 
オルバン首相は「欧州の西側では反ロシア的な政策がはやっているようだが、こういう状況下でこそ、われわれは経済的連携を保つ必要があった」と強調。両首脳はロシア産ガスの2021年以降の供給継続に向け、協議を開始することで一致した。【2月3日 時事】
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ウクライナ東部情勢をめぐりEUは対ロシア経済制裁を実施していますが、オルバン首相は上記のように経済制裁に批判的で、ロシアとのエネルギー分野での協力強化を進めています。

“ハンガリー以外にも、制裁に懐疑的なスロバキアが「大国間の関係改善は世界の安定につながる」(フィツォ首相)とし、ブルガリアで1月に就任した親露的なラデフ大統領も米露接近に期待を表明。冷戦時代に旧ソ連の影響下にあったEU加盟国でも、ロシアへの警戒が強いポーランドやバルト3国と対照をなす。”【2月2日 産経】ということで、ロシアに対する温度差がEU内部には存在します。

このため、アメリカ・トランプ政権が対ロシアで一部でも制裁解除の方向に進むと、EUの結束は困難に直面することにもなります。


【難民申請希望者全員を拘束して、コンテナ・キャンプに収容】
難民に対する厳しい姿勢は相変わらずです。

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ハンガリー、全難民抑留へ・・・コンテナ施設に収容****
ハンガリーのオルバン政権は(2月)9日、難民申請の審査が終わるまで、国境沿いの簡易収容施設にすべての難民を事実上、拘留する難民規制の強化策を発表した。
 
移動の自由を制限し、新たな難民の流入を防ぐ狙いがある。人権団体からは人道上、問題があるとの批判が出ている。
 
AFP通信などによると、収容施設はコンテナを連結させた構造で数百人規模の受け入れが可能。国境付近などの難民キャンプに滞在している586人も施設に移送する。外出や市街地などへの移動を認めず、事実上の拘留となる。
 
難民流入の状況がさらに悪化した場合、南部のセルビア国境に設けた柵を、もう一列拡充する方針も明らかにした。【2月10日 読売】
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ハンガリー議会は3月7日、入国した難民申請希望者全員を拘束して、上記コンテナ・キャンプに収容することを認める法案を可決しました。

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ハンガリー議会、亡命希望者全員の拘束を承認****
ハンガリー議会は7日、すべての亡命希望者を自動的に拘束し、同国南部の国境にあるコンテナ・キャンプに収容することを認める法案を賛成多数で可決した。
 
強硬な反移民政策を進めるオルバン・ビクトル首相は同法案について、最近欧州で起きている移民によるテロ攻撃に対処したものだと述べている。
 
対象はハンガリーに流入するすべての亡命希望者で、すでにハンガリー国内にいる亡命希望者も対象。亡命申請が処理されている間、ハンガリー国内を移動したり、出国したりすることができなくなる。
 
ハンガリーはこうした措置を以前にも取っていたが、欧州連合(EU)や国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、欧州人権裁判所などの圧力を受け、2013年に一時中断していた。
 
国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは先月発表した声明で、このハンガリーの新たな措置について「亡命を申請したということを理由として誰かを拘束することを禁じているEUの指針を無視するものだ」と批判している。【3月7日 AFP】
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オルバン政権がこれまでの難民対策をさらに強化しようとしているのに対し、欧州人権裁判所は、ハンガリーがこれまで行ってきた難民拘束・収容は欧州人権条約に違反しているとの判断を示しています。

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ハンガリー国境、難民拘束に賠償命令 欧州人権裁判所****
欧州人権裁判所(フランス・ストラスブール)は14日、2015年の難民危機でハンガリーが難民認定を望む人を国境付近で拘束したのは欧州人権条約違反だったとして、同国政府にバングラデシュ人原告2人にそれぞれ1万ユーロ(122万円)を支払うよう命じた。
 
ハンガリーは同年9月に南部のセルビアとの国境をフェンスで遮断。それ以来、難民申請を望む人々を最長28日間、国境沿いの金網に囲まれた幅十数メートルの通称「トランジット・ゾーン」(TZ)で拘束してきた。

今月7日には、この拘束を難民申請に対する審査結果が出るまで継続できる法案を議会が可決し、強硬姿勢をさらに強めている。
 
原告2人はTZ設置直後の15年9月に23日間拘束された上、隣国セルビアに戻された。判決はこの2人の訴えに対するものだが、同じTZで今も多くの人が同様に拘束されており、国際機関、人権団体などが同国政府への批判を強めるのは必至だ。
 
ハンガリーはこれまでおおむね家族連れの難民申請者に対する長期拘束は避けていたが、7日可決された法案は子供の長期拘束も認めている。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は「国際法とEU法に違反だ。すでに大きな苦しみを背負った人々に恐ろしい打撃を与える」(セシル・プイー報道官)としている。ユニセフ(国連児童基金)はアーデル大統領に法案への署名を思いとどまるよう求めている。【3月16日 朝日】
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ハンガリーでは大統領は象徴的役割を担い、政治の実権はほとんどありません。
アーデル大統領は今月13日に再選されたばかりですが、オルバン首相率いる与党「フィデス・ハンガリー市民連盟」出身です。


【“フェンス”強化で流入阻止 「民族が混ざりすぎるといろいろな問題が生まれる」】
アメリカ・トランプ大統領は“壁”建設にこだわっていますが、オルバン首相もセルビアとの国境沿いに建設したフェンスの強化を進めています。

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セルビア国境沿いの第2フェンス、5月末に完成へ=ハンガリー首相****
ハンガリーのオルバン首相は17日、国営ラジオで、5月末までにセルビアとの国境沿いに2つ目のフェンスが完成するとの見通しを明らかにし、これによりトルコからの新たな移民の流入を防ぐことができると述べた。

オルバン首相は、欧州連合(EU)がトルコを批判する一方で移民の流入阻止をトルコだけに頼るのは間違っていると指摘。

「民主化が十分ではないとトルコを批判し、トルコとの対立を招いている時に、私たちの安全をトルコの手に委ねるのは、賢明な政策ではない」と語った。【3月17日 ロイター】
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欧州各国に暮らすトルコ国民に対する政治的働きかけについて、欧州の安全を守ってやっているとして強気に出るトルコ・エルドアン大統領と国内の反移民感情を刺激したくないオランダ・ルッテ首相などとの対立は報道のとおりです。

「民主化が十分ではないとトルコの手に安全を委ねるのは、賢明な政策ではない」というのはわかりますが、フェンスや壁で流入を阻止すればいいのかという話はまた別です。

大量・無秩序な難民流入が社会的に受け入れがたいのはドイツの事例でもわかりますが、さりとて、壁を築いて排除するというのでは自らの価値観を貶めることになります。

「自国第一」を公言するオルバン首相やトランプ大統領を支持する人々は、そもそも難民らとの共生や困窮する人々を支援することに価値を認めていませんので、どうにも話のしようがありませんが。

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オルバン首相は2月2、ハンガリー商工会議所に集まった観衆に向かって扇動的な演説をし、経済的な成功のカギとなるのは「民族の同質性」だと語った。
オルバン首相は演説で、「民族が混ざりすぎるといろいろな問題が生まれる」と発言している。【3月14日 The Huffington Post】
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日本にも賛同する人々は多いように思われます。私にはナチスの亡霊のように思えますが。

国民にありがちなネガティブな感情に乗っかる(あるいは煽る)のではなく、現実と理念の間でどのような方策が可能か、どのような対策が必要かを探り、国民に同意を求めるのが政治の役割だと考えます。