金正男氏を見捨てた中国? スノーデン氏はトランプ氏への「贈り物」? 国家の都合に翻弄される個人 | 碧空

金正男氏を見捨てた中国? スノーデン氏はトランプ氏への「贈り物」? 国家の都合に翻弄される個人

LOL

(実行犯とみられる“LOLの女”の映像を伝える韓国のテレビ 【2月16日 時事】 “中国のインターネット競売サイトには一時、女が着用したものに似たLOLの文字が入ったシャツが出品された。何者かが事件後に模倣して製作したとみられるが、「北朝鮮の女スパイ着用と同じTシャツ」と銘打ち、6324元(約10万5000円)の値が付けられた”とも。)

【よくわからない話いろいろ “いたずら”? VX? 亡命政府?】
マレーシア・クアラルンプールの空港ターミナルで金(キム)正男(ジョンナム)氏が殺害された事件については、小説か映画のような事件ということで、殺害の背景、殺害方法を含め、山のような報道がなされています。弾道ミサイル問題など吹き飛んだ感も。

ただ、現段階ではわからないことが殆どで、北朝鮮の権力中枢にかかわる問題ですから、おそらく今後もはっきりしない、推測するしかないことが多いかと思われます。

殺害の状況については、“報道によると、正男氏が予約便に搭乗する約1時間前の13日午前9時ごろ、空港のターミナルにいた正男氏に女2人が突然、接近。1人が顔に毒物とみられるスプレーを吹きかけた。直後にもう1人がハンカチのような布を取り出して正男氏の口に押しつけるようにして覆い、約10秒後、毒物が完全に気道に入ったのを確認する動きを見せて逃亡したという。”【2月15日 産経】とも言われています。

ただ、私も何回かクアラルンプールの空港は乗り降りしたことがありますが、あんなところでそんな大胆な方法で・・・と思ってしまいます。周囲には乗客はいなかったのでしょうか?

そもそも、暗殺の危険を感じている正男氏が警護もなしで出歩くのだろうか・・・とも思いますが、それについては“マレーシア紙「東方日報」(電子版)は、警察幹部の話として、正男氏はマレーシアとシンガポールで、多くの事業に投資をしていたと報じた。クアラルンプールでは高級アパートに住み、ここ2年ほどはマカオも含めた3か所を警護なしで行き来していた。”【2月16日 読売】とのことです。

アパートよりは、人目が多く警戒が緩む空港の方が殺害しやすかったのでしょうか。

もっとも警護に関しては、“正男氏はマレーシアを訪問する際にいつもボディーガードを同行させていたと現地のレストラン経営者が証言した。(中略)「彼は暗殺の危険を感じており、ボディーガードを連れていた。彼は防犯カメラに映らないようにする装置も持っていた。金正男が去った後にカメラを確認すると、何も映っていなかった」と話した。”【2月16日 聯合ニュース】という話もありますが、“防犯カメラに映らないようにする装置”・・・・なんじゃそりゃ?

犯人については、女性2人以外に男性4人がいるとされており、“15日に逮捕された20代の女はベトナムの旅券を持っており、調べに対し、もう1人の女と共にマレーシア旅行に来ていたと供述。同行していた別の4人の男に空港で「乗客にいたずらを仕掛けよう」と言われ、正男氏に毒物を吹きかけ、ハンカチで口をふさぐよう指示されたという。「殺人とは知らなかった」と主張している。”【2月16日 時事】とも。

「????」といった話です。

“朝鮮日報も専門家の話として、北朝鮮軍の対外工作機関・偵察総局傘下で、20歳代半ばまでの若い女性で組織された暗殺工作部隊「ボタンの花小隊」が投入された可能性が高いと報じた。”【2月16日 読売】といった報道もありますが、わかりません。それにしても「ボタンの花小隊」というネーミングも・・・。

女性二人は逮捕されたようですが、暗殺工作部隊「ボタンの花小隊」なら逮捕されるより自害を選ぶのでは?
そうすると、やはり“いたずら”でしょうか???

殺害に使用された毒物については、“1滴でも皮膚に触れて体内に吸収されると、呼吸が困難になったり、意識がなくなったり、けいれんが起きたりして、最終的には血圧が低下し、死に至る場合もある”【2月16日 NHK】というVX(オウム真理教の事件でも登場した神経性毒ガスです)が使われた可能性も・・・と報じられていますが、このあたりは検死である程度わかるのではないでしょうか。

VXとなると、“いたずら”で扱うには、扱う人間も非常に危険です。
とにかく現段階ではわからないことばかりです。

殺害の背景もよくわかりません。
もちろん、金正恩氏が正男氏のことを“自らの地位を危うくする危険がある人物”として警戒しており、“金正恩(キムジョンウン)氏は異母兄の正男氏について「嫌いだ。やってしまえ」と周囲に語っていた”【2月16日 朝日】というのはわかりますが、政治的な影響力を失っている正男氏を今敢えて殺害する必要性は?という疑問は残ります。

保護者だった叔父の 張成沢氏も粛清されて(本人だけでなく“党の幹部約415人、傘下機関の幹部約300人、人民保安省幹部約200人が公開銃殺された”【2月10日 聯合ニュース】という話もあります)、北朝鮮内での影響力は皆無ですが、中国が場合によっては正男氏を担いで政権交代を狙うかも・・・話はあります。

ありますが、その可能性は相当に小さいものとも思われていました。

他にも、帰国命令に従わなかったからとか、韓国に亡命されたら困るからとか、いろいろ取り沙汰されていますがわかりません。

脱北者による亡命政府の計画があったという情報もあるようですが・・・

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北朝鮮亡命政府」に担ぎ出されて暗殺された金正男*****
・・・・ある脱北者団体のリーダーは昨年夏、2017年上半期までに米国ワシントンに「北朝鮮亡命政府」を樹立する構想を披露した。金正恩体制に反発して脱北したエリートを中心とする亡命政府を作り、政治的には自由民主主義体制を、経済的には中国式の改革・開放政策を目指す国家を樹立するという内容だ。
 
そして公にはされていないが、「北朝鮮亡命政府」の首班に金正男氏を推戴することも計画されていたという。金正男氏自身は政治に関心がなく、投資顧問として悠々自適な生活を送っており、過去には「世襲」反対を明言している。正男氏が自由な生活と身の安全を犠牲にしてまで、亡命政府首班への推戴を受け入れたとは考えづらい。(後略)【2月16日 WEDGE】
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“面白い”説としては、正男氏の方が脅迫していた・・・というものも。

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中国と関係「邪魔」?「亡命する」脅迫していた可能性も 金正男氏殺害なぜ****
・・・・北朝鮮情勢に詳しい世宗研究所の鄭成長(チョンソンジャン)・統一戦略研究室長によると、正男氏は派手な生活を好み、北朝鮮にたびたび高額な生活費を要求。

経済制裁で疲弊する北朝鮮に対し「資金を送らなければ亡命する」と脅迫していた可能性もあり、激怒した金委員長が暗殺を決断したと推測する。(後略)【2月16日 西日本】
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【中国:正男氏に消えてもらうと中朝関係改善に好都合?】
すでに政治的影響力を失っていた人物ですから、殺害の北朝鮮に対する影響は殆どないでしょう。
むしろ、韓国内での警戒が改めて高まるという意味で、韓国への影響があるかも。

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<金正男氏殺害>南北対話に冷や水 韓国に広がる衝撃****
北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の異母兄である金正男(キム・ジョンナム)氏が殺害されたことで、韓国内でも衝撃が広がっている。南北関係は北朝鮮の核・ミサイル開発ですでに悪化しているが、将来的な改善の可能性も低くなったとの声が出ている。
 
南北関係は冷え切っていたものの、年内に予定される次期大統領選では最大野党「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)氏など南北対話に意欲を示す候補が有力視され、将来的な対話については前向きなムードも出ていた。

しかし、12日の新型ミサイル発射の直後に今回の事件が起きたことで、韓国国民の北朝鮮に対する警戒感は極めて強くなっている。(後略)【2月15日 毎日】
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そして、これまで保持していた“外交カード”を失った中国がどのように反応するのかが関心のもたれるところです。

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正男氏暗殺を防げなかった中国 外交カード失い痛手か****
北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)・朝鮮労働党委員長の異母兄にあたる金正男(キムジョンナム)氏は、5年前に中国・北京で暗殺未遂事件にあっていたが、それでも国際空港という公衆の面前での暗殺を防げなかった。
正男氏を事実上保護してきた中国には「外交カードを失った」との見方もある。

中国政府関係者によると、正恩氏が権力を掌握した2012年、北京に滞在していた正男氏を襲撃する暗殺未遂事件があったが、中国の警察が阻止したことがあったという。
 
正男氏と家族は北京やマカオに滞在し、中国当局はそれを受け入れてきた。「金正恩氏に万一のことがあれば、血縁を重んじる北朝鮮では後継者になる可能性も残っており、彼を保護することは北朝鮮への牽制(けんせい)にもなっていた」。外交担当の中国紙記者はそう分析する。それだけに、13日のマレーシアでの殺害は「中国は経済支援と並ぶ数少ない外交カードを失った。大きな損失だ」と語る。
 
一方で、最近は中国本土での滞在情報もほとんど聞かれなくなっていた。復旦大学朝鮮韓国研究センターの石源華教授は「事実関係がはっきりしない」と前置きした上で、「中国が本気で保護しようと考えていたなら、こんなことが起きるはずがない」と指摘。「正男氏は最近、中国とも距離を置いていた。朝鮮半島情勢への影響は極めて限定的で、中朝関係への影響などない」と言い切った。
 
今回の殺害事件について、中国政府は「注意深く事態の進展を見守っている」(15日の外務省会見)と述べるにとどめている。【2月16日 朝日】
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「外交カードを失った」にしては、中国の対応が随分静かです。

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中国 北朝鮮大使館で祝賀行事****
中国・北京の北朝鮮大使館では、15日夜、中国側の関係者を招いてキム・ジョンイル総書記の生誕75年を記念する祝賀行事が予定どおり開催されました。

祝賀行事には、中国共産党で、長年北朝鮮との関係を担ってきた王家瑞政治協商会議副主席らが出席しました。

北朝鮮大使館では、今月7日にも新年を祝う宴会が開かれ、王副主席らが中朝両国の友好を確認したばかりです。

北朝鮮が新型の中距離弾道ミサイルを発射したのに続いて、中国当局の保護下にあったとされるキム・ジョンナム氏がマレーシアで殺害されたと見られるなかでも、ひとまず交流を維持しようとする両国の姿勢がうかがえます。【2月16日 NHK】
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「正男氏は最近、中国とも距離を置いていた。・・・・中朝関係への影響などない」と言うか、もし中国が最近何かとギスギスしている北朝鮮との関係を修復したいと考えているなら、中国にとって正男氏はもはや“邪魔者”“厄介者”になります。いなくなってくれた方が、北朝鮮との関係を修復しやすい・・・という話にもなります。

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中国は金正男氏を見捨てた? 護衛チーム姿なく****
弟の金正恩氏との後継者争いに敗れた金正男氏が、中国の庇護下に入ったのは2000年ごろだ。中国当局から守られながら、北京、マカオと東南アジアを行き来する生活を送っていた。3カ所にはそれぞれ女性と子供がおり、中国政府の息がかかった企業から生活費の一部も提供されていたといわれる。
 
中国にとって、正男氏は対北朝鮮外交の重要な切り札だった。父親の金正日氏が健在だった時代には“人質”的な側面があり、正恩氏の時代になってからは朝鮮半島での有事や中朝対立に備えるため、「いつでも首をすげ替えられるトップ候補」といった存在となった。

しかし、正男氏を庇護していることは正恩氏の対中不信を募らせ、中朝関係悪化の一因ともなった。
 
正男氏は中国国内で行動するときは比較的自由だが、シンガポールやマレーシアなど東南アジアで移動する際には、中国は護衛チームを送り、万全の態勢を敷いてきたといわれる。韓国の情報機関、国家情報院も「正男氏と家族の身辺は中国が保護している」との認識を示してきた。
 
しかし、中国当局の護衛チームは今回、なぜ機能しなかったのか。
 
マレーシアメディアが掲載した殺害当時の空港内の写真には、警護要員らしき人物は見当たらなかった。中国当局にとって正男氏を守る意味が小さくなり、警備が手薄になったのか。暗殺情報を知りながら、中国が北朝鮮との関係修復のため正男氏を見捨てた可能性さえ否定できない。
 
北京で取材した中国の北朝鮮問題専門家に「金正恩氏の訪中実現には2つの障害物を取り除かなければならない」といわれたことがある。一つは北朝鮮が核実験をしばらく実施しないこと、もう一つは正男氏に消えてもらうことだった。
 
米軍の最新鋭迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」の韓国への配備決定で、昨年から中韓関係が悪化し、中国共産党内で北朝鮮との関係修復を求める声が高まっている。

このタイミングで起きた正男氏暗殺は偶然なのか。年内に正恩氏の訪中が実現するか注目したい。【2月16日 産経 外信部編集委員 矢板明夫氏】
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警護については、先に触れたように“こ2年ほどはマカオも含めた3か所を警護なしで行き来していた。”という指摘もありますが、“暗殺情報を知りながら、中国が北朝鮮との関係修復のため正男氏を見捨てた可能性さえ否定できない”という話については、中国の“冷静な対応”からすると「それもあるかも・・・」と思えます。

中国が今でも「外交カード」と考えているなら、その人物を殺害するのは、たださえ微妙な中朝関係を険悪なものにしかねない北朝鮮にとって非常にリスクの大きい試みになります。中国の了解なしに殺害するだろうか?という疑問も。


【スノーデン氏は「贈り物」にされるのか?】
最近、ロシアとアメリカの間で似たような話を聞いたばかりなので、そんなことも邪推してしまいます。

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スノーデン容疑者引き渡し検討か=ロシアがトランプ氏に「贈り物」―米報道*****
米国家安全保障局(NSA)の機密情報を暴露した元中央情報局(CIA)職員、エドワード・スノーデン容疑者について、米NBCテレビは10日、亡命先のロシア当局が米国への身柄引き渡しを検討しているもようだと報じた。ロシアとの関係改善を掲げるトランプ米大統領への「贈り物」という。
 
ロシア当局内の討議状況を詳述した機密情報報告を分析した米高官はNBCに対し、引き渡しは「トランプ氏の歓心を買うためのさまざまな計略の一つ」だとの見方を示した。別の情報関係者は、ロシア側の内部議論に関する情報は、トランプ氏の大統領就任後に集められたと語った。
 
トランプ氏は就任前の昨年7月、スノーデン容疑者について「完全な裏切り者で、(引き渡されれば)情け無用で対応する」と主張していた。米連邦法上、同容疑者は有罪なら最低30年の禁錮刑に処せられる。【2月11日 時事】
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元CIA職員スノーデン氏が暴露したアメリカによるインターネット傍受等は2013年に世界を揺るがせました。
アメリカ司法当局により逮捕命令が出されていますが、ロシア移民局から期限付きの滞在許可証が発給されロシアに滞在中です。

ロシアのとっては、スノーデン氏の存在はアメリカに対する“面当て”にもなりますし、もし彼がアメリカに不都合な情報を公表されている以上に持っているとすれば、アメリカに対する牽制カードにもなります。

しかし、ロシアとの関係改善に前のめりのトランプ大統領の登場で事情は変わりました。(米ロ関係はフリン安全保障補佐官辞任で今揺れているところではありますが)

アメリカとの関係を改善するためには、ロシアにとってスノーデン氏の存在は“外交カード”というより“邪魔者”になります。そこで“贈り物”という訳ですが、それもあまりにご都合主義というか、無慈悲な話にようにも思えます。(もちろん、ロシアがスノーデン氏を呼び寄せた訳でもありませんが)

ロシア側も“贈り物”に関しては一応否定しています。

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スノーデン容疑者の弁護士、米への引き渡し検討報道を否定****
米政府による大規模な情報収集活動を暴露した米国家安全保障局(NSA)元職員のエドワード・スノーデン容疑者のロシアにおける弁護士が11日、ロシア政府がスノーデン容疑者をドナルド・トランプ米大統領への「贈り物」として引き渡すことを検討しているとの米報道を否定した。
 
スノーデン容疑者がロシアに入った2013年から同容疑者の代理人を務めてきた弁護士のアナトリー・クチェレナ氏はロシアのインタファクス通信に対し「ロシアにはスノーデンを引き渡す法的根拠がない」と語った。
 
クチェレナ氏は「この話はすべてよくある臆測にすぎない。誰かが希望的観測にふけっているのだ」と述べ、スノーデン容疑者は「ロシアで完全に合法的に生活している」と断言した。ロシアの入国管理局は今年1月、スノーデン容疑者の在留許可を2020年まで延長している。
 
米NBCテレビは10日、機密情報報告書にアクセスできる米高官の証言を引用し、ロシアがトランプ大統領の「歓心を買う」ための策略を検討していると報じた。スノーデン容疑者の米国における弁護士ベン・ワイズナー氏はNBCに対し、そのような計画は知らないと述べた。
 
スノーデン容疑者は10日、ツイッターにNBCの報道は「私がロシアの情報機関と手を組んだことがないという抗論できない証拠だ」「スパイを売り払う国はない。残りのスパイが次は自分の番だと恐れるようになるから」と投稿した。
 
マイケル・モレル元米中央情報局(CIA)副長官は今年1月、寄稿した記事の中でロシアのウラジーミル・プーチン大統領がトランプ政権の発足に合わせてスノーデン容疑者を米国に引き渡すかもしれないという見方を示した。

これに対しロシア外務省のマリア・ザハロワ報道官は「保護を求めている人の引き渡し提案」として非難していた。【2月12日 AFP】
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ロシアとしてもさすがに“贈り物”は格好がつかないので、CIAがモスクワ空港で暗殺してくれたら好都合・・・・なのかも。もちろんまったくの個人的邪推です。

中国・北朝鮮・ロシアだろうが、アメリカ・日本だろうが、国家の利益の前では、個人の命は非常に“軽いもの”にもなります。
スノーデン氏がロシアからアメリカへの“贈り物”になるのなら、金正男氏が中国の暗黙の了解のもとで・・・という話もあるのかも・・・と思った次第です。