イラク  原油増産による経済活況と脆弱な治安改善 | 碧空

イラク  原油増産による経済活況と脆弱な治安改善

碧空-イラク テロ

(12月17日 イラク各地で起きた治安部隊などを標的にしたテロ 写真の現場は住宅街のように見えますが・・・ “flickr”より By Pan-African News Wire File Photos http://www.flickr.com/photos/53911892@N00/8281785865/

【「明日はもっと良くなると思えるようになった」】
ものごとはすべて、ひとつの側面、ひとつの切り口から全体像を把握できるほど単純ではないことは言うまでもないことです。
米軍の完全撤退から1年がたったイラクの状況も、活況を呈する経済という側面がある一方で、かねてより内在するシーア派とスンニ派の宗派間対立や中央政府とクルド自治政府の対立の激化の懸念という極めて不安定な側面もあります。

イラク経済復興を支えるのは何と言っても原油の増産です。
****活況の原動力は、埋蔵量で世界5位を誇る原油だ*****
イラク戦争が始まった03年には日量134万バレルまで落ち込んだ生産は今年11月実績で320万バレルまで増産した。7月にはイランを抜いて石油輸出国機構(OPEC)中、サウジアラビアに次ぐ2位に浮上した。

国際エネルギー機関(IEA)は10月の特別報告書で、それが20年に610万バレルへ倍増、35年には830万バレルに達し、世界2位の輸出国になると予測。年平均2千億ドル(約17兆2千億円)の収入を得て国内総生産(GDP)は現在の5倍になる。国際通貨基金(IMF)は11~17年、平均10%以上の経済成長を見込む。

ただ「バラ色の未来」にはインフラ整備などで5300億ドル(約45兆5千億円)の投資が不可欠とも指摘。失敗すれば「世界のエネルギー市場は混乱状態に向かう」と警鐘を鳴らした。【12月28日 朝日】
**********************

こうした原油増産を背景に、特に、産油地帯を抱え、いち早く治安が回復した北部クルド地域では、高級車が爆発的に売れ、外資進出が相次ぎ、高級ホテルの進出が決まるなどの活況を呈しているそうです。
首都バグダッドでも、治安の改善とともに経済活動が活発化しています。

****原油増産でイラク経済活況 米軍撤退1年、富裕層ら増加****
米軍の完全撤退から1年がたったイラクで、経済が沸き立っている。原油増産をてこに2けた台の急成長が見込まれ、育ち始めた富裕層・中間層が、治安の落ち着きとともに国内消費を牽引(けんいん)。韓国や欧米など外資の参入ラッシュが続く。(中略)

首都バグダッドも治安の改善で消費が動き始めた。
住宅関連の店が軒を並べるバグダッド市中心部サドゥーン。ジャミル・ムハンマドさん(50)の壁材店では、「防水型など高額商品が2年前から爆発的に売れ始めた」。
システムキッチン店のフェイド・ファディルさん(29)も「客の多くは予算を気にしない」。アルビルから商圏を広げたトルコ企業の参入で、洗練された商品が増え、競争で価格がこなれてきたことも消費を刺激しているという。
家族4人でキッチンを選んでいた高校教師アリ・アルシャルキーさん(36)は「明日はもっと良くなると思えるようになった。薄型テレビに冷蔵庫、スマホも。欲しいものだらけ」。

企業側の心理も変わりつつある。ガッサン・オバイドさん(38)の広告会社では企業広告の受注が2年前から急増した。「企業が目立たないようにするのをやめて看板やパンフを作り始めた」という。

動き出した市場を狙って、11月上旬の国際見本市には昨年の倍の約1500社が出展した。米独仏やトルコなどが派手なパビリオンを競い、中国系も自動車メーカー華泰汽車が10台を展示、機械メーカー上海電気集団が単独スポンサーになるなど存在感をみせた。
デュニア・フロンティア・コンサルタンツ社の集計では、11年の外国企業の商活動は前年から4割増、4年前の20倍に膨らんだ。【同上】
**************************

改善しない宗派間の緊張 相次ぐテロ
こうした経済復興はすべて“治安の改善”を前提としていますが、イラクの抱える対立は根深く、“治安の改善”はいかにも脆弱なものにも見えます。

****イラク:爆弾テロ相次ぐ 28人が死亡、96人負傷****
イラク各地で先月31日、主にイスラム教シーア派住民を狙った爆弾テロが相次ぎ、AFP通信によると、計28人が死亡し、96人が負傷した。シーア派を重視するとされるマリキ首相に対し、スンニ派の一般住民の反発が強まり、先月末から各地で大規模デモが発生し、宗派間の緊張が高まっている。

テロは、今月3日のシーア派の宗教行事のため中部の聖地カルバラやナジャフに移動中の巡礼者やシーア派住民を標的にした。犯行声明は出ていないが、宗派対立をあおるスンニ派の過激勢力によるテロとみられる。

シーア派に属しスンニ派排除を強めるマリキ首相に対しては、先月下旬からスンニ派住民が多い中部ファルージャなどで退陣を求める抗議デモが続き、28日には数万人規模に達した。シーア派内でも反米急進派でマリキ政権に批判的な宗教指導者サドル師は1日、スンニ派のデモ隊と連携する考えを示し、政治対立に発展している。【1月2日 毎日】
*********************

年末に見られたテロ関連の記事には以下のようなものもありますが、見出しにある“相次ぎ”“各地で”といった言葉から、その状況が推測されます。

****テロ相次ぎ48人死亡=イラク****
イラク各地で17日、治安部隊などを狙ったテロが相次ぎ、AFP通信によると48人が死亡した。
北部ティクリート西方では、警察検問所を武装勢力が襲撃し、警官5人を殺害した。首都バグダッド北方では路肩に仕掛けられた爆弾が爆発し、軍兵士3人が死亡。ほかにも北部モスル近郊や首都北方バクバ近郊などでテロがあった。【12月18日 時事】 
*****************

****イラク各地でテロ、47人死亡 スンニ派が一斉攻撃か****
イラク中部ヒッラ、カルバラ、ファルージャなど各地で29日、車両を使った爆弾や自爆によるテロが相次ぎ、地元メディアによると少なくとも計47人が死亡、152人が負傷した。犠牲者の大半はシーア派住民や治安関係者とみられる。(後略)【11月29日 朝日】
*****************

シーア派主導のマリキ政権とスンニ派勢力の対立はかねてからのものですが、【1月2日 毎日】にあるように、シーア派のサドル派が反政府・反マリキで共闘するとなると、状況はますます不安定化します。

更に懸念されるのは隣国シリアの情勢です。
シリアで攻勢を強めている反体制派は主にスンニ派勢力ですが、その中にはアルカイダとも繋がる過激なイスラム主義勢力が含まれています。

******************
アメリカが泥沼化したイラク占領に終止符を打ってから1年が過ぎた今、イラクは崩壊寸前だ。
シーア派が支配する中央政府の部隊は、北部クルド人自治区の民兵組織「ベシュメルガ」と、北部キルクークで緊迫したにらみ合いを続けている。クルド人は中央政府の頭越しに世界の石油資本と契約し、経済力と影響力を増している。それがシリアやイランやトルコのクルド人の独立願望に火を付けている。

一方、イラクのスンニ派は隣国シリアの内戦を注視している。シリアの多数派でジハード分子を含むスンニ派がアサド政権を倒せば、イラクのアルカイダ系組織の復活が一気に加速する可能性がある。現に爆弾テロで1週間に何十人ものイラク人が死亡することも多い。【1月2日号 Newsweek日本版】
******************

油田を巡る中央政府とクルド自治政府の対立も
シーア派・スンニ派の宗派間対立とともに、イラクの抱えるもうひとつの対立が、上記記事にもありクルド人の問題です。
中央政府の頭越しに石油資本との契約を進める自治政府と中央政府の対立については、次のようにも報じられています。

****中央と地域、権益争い****
・・・・足元では油田を巡る中央政府とクルド地域政府の対立が再燃し、一触即発の危うい状態が続く。
発端は昨年(2011年)10月、米大手エクソンモービルが、自治政府からの油田権益取得に踏み切ったことだ。
マリキ首相がオバマ米大統領にエクソンへの圧力を求める書簡を送るなど猛反発したものの、報酬を払うだけで権益は持たせない中央政府の契約条件への不満から、米シェブロンや仏トタールも今年7月に追随した。
先月には、両政府が帰属問題で対立してきた油田地帯キルクークなどに軍を動員してにらみ合う事態に発展した。ひとまず撤兵で合意したが、新たにトルコ国営企業によるクルド地域での油田開発も取り沙汰されている。【12月28日 朝日】
******************

これまでも何回も取り上げてきたように、イラク・トルコ・シリア・イランに広く分布するクルド人の独立運動に火がつくと、イラクだけでなく中東全域に及ぶ地殻変動的騒乱につながります。
シリア内戦の帰趨も、シリア内クルド人を通じて全地域のクルド人問題に波及します。

シーア派・スンニ派の宗派間対立にしても、クルド人の問題にしても、今に始まった話ではありませんが、和解・改善の方向に向かってもいないようです。
石油権益をうまく分配できれば、それなりに小康状態を保つのでしょうが、利害対立が大きくなると一気に火を噴きかねない爆弾です。