台湾総統選挙、現職馬英九総統再選  安定を選択した民意  現状維持に安堵する米中 | 碧空

台湾総統選挙、現職馬英九総統再選  安定を選択した民意  現状維持に安堵する米中

碧空-台湾 馬勝利
(「台湾人民の勝利だ。両岸(中台)政策が支持された結果だ」と勝利宣言した馬英九総統 “flickr”より By *dans http://www.flickr.com/photos/dans180/6695354679/

【「安定」と「現状維持」を選択】
接戦が予想されていた台湾総統選挙については、多くのメディアが報じているように、与党国民党の馬英九総統が最大野党・民進党の蔡英文主席に約80万票という比較的大きな差をつけて勝利しました。

****台湾総統選:「変革」より「安定」 格差解消が課題に****
台湾総統選で再選を果たした国民党候補の馬英九総統(61)は14日夜、台北市内の国民党本部前で数千人の支持者を前に勝利宣言し、中台関係改善の政策を継続する意向を改めて強調した。
有権者は最大野党・民進党候補の蔡英文主席(55)が訴える「公平正義」に基づく社会の変革より、馬氏が進めてきた「安定」と「現状維持」を選んだ。ただ、馬政権1期目で広がった貧富の格差などへの有権者の不満は根強く、今後の政権運営の課題となる。【1月15日 毎日】
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中国との関係をどうするかという宿命とも言える課題を抱える台湾ですが、住民の多くが“現状維持”を望んでおり、また、経済的に中国抜きでは台湾の経済がもはや立ち行かないという現状認識のなかで、今後政治的に中国との距離をどう保つかという点で不安はあるものの、「ひとつの中国」という現在の基本的枠組みに疑問を呈し、中台関係を不安定化させかねない蔡英文主席より、中台経済関係強化の実績があり、今後の「安定」をより期待できる馬英九総統を選択した・・・というところです。

【選挙選に見る台湾社会の変化】
台湾の総統選挙はこれまで、お祭り騒ぎ的な側面もあり、また、「疑惑の銃弾」が飛びかい選挙結果に大きく影響するといったこともありましたが、今回選挙は接戦ながら比較的落ち着いたものとなったようです。
台湾社会の成熟の一面でしょうか。

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今回の総統選を通して、台湾の選挙戦の変容が随所でうかがわれた。「景観を害する」としてのぼり旗が減った。激しい感情の露出で盛り上がりを演出することを「売り」にしてきた集会も、政策内容を説明する場面が多くなった。

直接民主制度による総統選が初めて実施されたのは96年。しばらくの間は選挙に娯楽性を求める時代が続いたが、陳水扁前政権の腐敗などで、有権者に政治への失望感が広がり、選挙活動に対する有権者の視線が厳しくなってきたようだ。

また、「外省人」(1949年の中台分断時に国民党政権とともに移り住んだ中国大陸生まれと子孫)か「本省人」(終戦前から台湾で生まれ育った人と子孫)かを巡る「省籍問題」も、選挙戦にはほとんど影響しなくなった。
接戦を演じた両候補はともに博士号を持つインテリで、温和、冷静、理性的だ。今回の選挙戦からイベント色が薄くなったのは、こうした候補者の個性も反映しているようだ。【1月15日 毎日】
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ただ、上記記事にある「省籍問題」については、異なる指摘もあります。
馬英九総統は、父親が湖南省出身の国民党幹部で、自身は香港生まれという出自であることから「台湾の心がわかっていない」との批判もありまし。このため、選挙期間中、民家に宿泊したり、台湾語を使用したりして、台湾社会への融和をイメージづけことに腐心したようです。

****問われた「台湾の心」 対立感情の克服遠く****
14日に投開票された台湾総統選は国民党の現職、馬英九(マー・インチウ)総統の再選という結果になったが、対中関係改善で実績を上げながら最後まで厳しい戦いを強いられた。そこには「台湾の総統」になりきれない、特有の問題が潜んでいる。
「2期目が終わったら死ぬまで台湾で過ごす」。馬総統は選挙戦最後の13日、台中の野球場に集まった支持者を前に声を張り上げた。ことさらに強調しなければならないところに馬氏の宿命がある。(後略)【1月15日 朝日】
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一方、本省人総統が続くなかで、住民には「台湾人意識」が高まっているとの指摘があります。
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李登輝、陳水扁と本省人総統が続いた後の馬政権下で、皮肉にも「台湾人意識」は高まっている。政治大学の調査によれば、自分を「台湾人」と考える人の比率は90年代から40%台で上下していたが、09年に50%を突破、昨年は54%に。同様に40%台で推移した「台湾人であり中国人」との答えは昨年、39%。「中国人」は4%にとどまる。

政権関係者が指摘するのは、馬氏自身が推進した中国人観光客の台湾訪問解禁の影響。年間100万人を超える来訪は関連産業を潤わせたが、観光客のマナーの悪さが「我々とは違う」との意識を強めたという。【同上】
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後段のマナー云々については、中国・台湾を敢行旅行しただけでも、同じ華人社会ながらこうも違うものか・・・と思ってしまいますので、さもありなん・・・といったところです。

【中国:「先経後政」戦略で、統一へ】
今回の結果に、中国は当然安堵はしていますが、今後については、経済関係にとどまらない関係強化に向けて働きかけを強めていくことが予想されています。

****台湾総統選 馬氏が再選 中国、政治対話狙う****
中国共産党中央台湾工作弁公室と国務院(政府)台湾事務弁公室は14日、台湾の与党・中国国民党の馬英九氏の総統選での勝利について「両岸(中台)関係の平和的発展は正しい道。広範な台湾同胞の支持を得た」とする報道官談話を発表した。国営新華社通信が伝えた。選挙結果に安堵(あんど)した中国は、政治経済面で台湾に一段と攻勢を強め、政治対話の枠組み作りを働きかけるとみられる。中台関係に注がれる国際社会の関心は一段と高まりそうだ。

2008年の国民党による政権奪回後、中国はFTA(自由貿易協定)にあたるECFA(経済協力枠組み協定)を結ぶなど、台湾との経済関係を拡大してきた。その次のステップとして専門家はECFA交渉の拡大に加えて、「和平協議に向けた段階に入る」(上海国際問題研究院の厳安林研究員)と予想している。

実際、2期目の信任を得た馬政権は、中国が求める「先経後政」(先に経済関係を、その後に政治関係)との戦略に向き合っていかねばならない。和平協定の協議がそのまま「統一交渉」を意味しないが、中国が悲願の台湾統一に向けて虎視眈々(たんたん)と練った戦略の始動は、時間の問題だ。

その背景には中国の“お家の事情”もある。国民党政権2期目の4年間に、台湾との政治対話で成果を挙げなければ、共産党内部や人民解放軍の突き上げが起きる懸念もあるからだ。
中国の外交筋は「今秋の共産党大会で指導部が交代する前の夏までに、胡錦濤氏が党総書記の立場で国民党主席の馬氏と会談を行おうとする可能性もある」と話している。
しかも党大会で胡氏の後任に就く見通しの習近平国家副主席は、台湾との交流最前線にある福建、浙江の両省で長く働いた「台湾通」だけに注目される。

だが、台湾側も当然、一方的な結果は望まない。強烈な中国の磁場に吸い込まれるとの危機感を背景に、台湾の有権者は国民党がもつ「対中交渉力」に懸けたとも受け取れる。歴史的経緯から、共産党の脅威も弱点も知り尽くした上で交渉に当たれるのは、国民党しかないとの判断だ。
中国に経済的、軍事的に追い込まれつつある台湾人にとって選択肢は少なかった。中国の「台湾統一」への野望に対峙(たいじ)する2期目の馬政権がどのような政策と交渉を行うのか注視される。【1月15日 産経】
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【「民主主義に多くの人が触れたことはボディーブローのように効いてくる」】
そうした政府間の問題以外に、台湾社会の情報が中国社会へ及ぼす影響についての中国当局の不安もあるようです。

****台湾 馬総統再選 中国、民主化恐れ沈黙****
台湾総統選で、対中融和路線を取る与党・中国国民党の馬英九氏(61)の当選を望んでいた中国当局の意を酌む主要国営メディアは14日、投開票の経過に関する報道を最小限に控え、「中国の一地区」で行われている民主選挙を一般国民の耳目から遠ざけた。(中略)

中国では、総統選は「台湾地区の指導者選挙」という位置づけだが、中国当局にとって、“国内”で民主的な選挙が行われていることが、広く知れ渡ることは具合が悪い。国内の民主化運動に結びつくことを警戒し、台湾政治に関する報道を厳しく管理してきた。

昨年12月に行われた3人の立候補者によるテレビ討論を受け、中国のインターネットに「台湾の民主主義がうらやましい」「中国でこのような討論会が行われるのはいつの日か」などのコメントが寄せられたことから、今年秋に共産党大会を控える中国当局は、さらに敏感になったとみられる。

この日もネットでは開票速報を伝えていたが、総統選がトップニュースに“昇格”したのは、馬氏が野党、民主進歩党(民進党)の候補、蔡英文主席(55)に60万票差をつけたあたりからだった。国際社会から「隠蔽(いんぺい)」との批判を受けないよう、巧みに情報操作した様子がうかがえる。【1月15日 産経】
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選挙期間中台湾を訪れる中国人観光客の間でも“自由な選挙”への高い関心が示されていました。
また、1月8日ブログでも取り上げたように、台湾で急増する中国人妻の間でも“自由な選挙”への賛辞が示されています。

“激しい選挙戦は、一党支配の中国にも影を落とす。台湾を訪れた中国人が総統選の様子を目にし、候補者の討論会の内容もインターネットを通じて中国に伝えられた。北京の外交関係者は「民主主義に多くの人が触れたことはボディーブローのように効いてくる」と指摘。今後、中国がさらに体制の引き締めを図る可能性もありそうだ。”【1月15日 毎日】との指摘もあります。

【アメリカ:安堵と警戒】
中国の台頭を懸念し、東アジア情勢の安定を願うアメリカも、今回の「現状維持」の選択には安堵しています。
昨年9月、蔡英文氏の訪米直後の英紙フィナンシャル・タイムズは、蔡氏と会談した米政府高官の「中台関係の安定を維持する意思と能力が彼女にあるのかという疑問が残った」との匿名発言を伝えており、オバマ米政権が馬氏再選を望んでいることを示唆していました。【1月15日 毎日より】
ただ、アメリカとしても、今後の一層の中国への傾斜には警戒感もあるところです。

****米、均衡の変化警戒****
米ホワイトハウスは14日、カーニー大統領報道官が馬英九総統の再選を祝福し、中台関係の安定は米国に極めて重要とする声明を発表した。オバマ政権は馬総統の手堅い対中政策を期待感とともに注視していく構えだが、馬政権が一段と中国に傾斜する可能性を警戒する声もある。

カーニー報道官は、台湾が総統選を通じて「民主主義体制の強みと活力を証明した」とたたえた。その上で、中台間の「脅しのない状況下での平和と安定、関係改善は、米国にとって極めて重要」として、双方が示してきた「目覚ましい努力」の継続を訴えた。

また、米国と台湾は自由や民主化などの価値観を共有しており、今後も「緊密で非公式なつながり」を維持していくとした。オバマ政権は大統領ではなく報道官による声明発表で、「一つの中国」の原則を尊重し、中国にも配慮を示したものとみられる。

馬総統の再選は、安定した中台関係を維持する意味からも米国の対中外交関係者から歓迎されている。
米中関係が人民元問題や貿易不均衡、南シナ海問題などの課題に直面する中、今秋には中国指導部が交代し、米国も11月に大統領選を控えており、微妙な状況下での中台関係の緊張という「新たな火種を抱え込むような事態は避けたい」(元国務省高官)との本音があるためだ。

一方で、馬総統の再選を機に双方が急速に接近を強め、中台関係の均衡が崩れることへの警戒感も強い。
米下院外交委員会は昨年末、クリントン国務長官宛ての書簡で、「中国政府による(台湾への)継続的な脅しや介入」に警戒を怠らないよう、オバマ政権に強く求めた。
対中政策に対する台湾世論の方向性も不透明な中、米国は良好な中台関係の維持を前提とした上で、馬総統の今後のかじ取りを慎重に見極める方針だ。【1月15日 産経】
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