ASEAN  マレーシアの不法移民強制退去問題など | 碧空

ASEAN  マレーシアの不法移民強制退去問題など


マレーシア 移民
(“からゆきさん”で日本人にも馴染み深いサバ州サンダカンの路上でマンゴーを売るフィリピン人移民 “flickr”より By choozm
http://www.flickr.com/photos/12537536@N03/1313902727/ )

【難航したASEAN憲章】
今日20日からシンガポールで開かれる東南アジア諸国連合(ASEAN)外相会議は、2015年の共同体構築に向け、ASEAN憲章で定めた「人権機構」の具体化などが焦点となります。

昨年11月、シンガポールで開催された第13回ASEAN首脳会議では、ASEANという組織を法的に規定するASEAN憲章が署名されました。
憲章で人権機構の設置は盛り込まれましたが、その設置時期や強制力の有無などの具体化については、今後の協議へ先送りされています。
もっとも強固に抵抗したのは軍事政権による人権侵害が問題となっているミャンマーで、強制力を伴わない“機構”(body)とすることでミャンマーの合意を取り付けたとも言われています。
ミャンマーの存在がASEANの進展の大きな足枷になっています。
また、ベトナム、カンボジア、ラオスといった新規加盟国も強力な人権委員会設置には反対の対応でした。

内政不干渉原則の見直し、表決制の導入、非民主主義に対する制裁措置についても、これを推進しようとするインドネシア、フィリピンなど原加盟国と、難色をしめすミャンマー、ベトナム、カンボジア、ラオスなど新規加盟国が対立し、結局新規加盟国の反対を容れる形で見送られました。

今回の外相会議に先立ち、現議長国シンガポールのリム第2外相は6月12日、ASEAN憲章に基づいて新設される「人権機構」について、具体的な設立時期をあらかじめ定めるのは避け、加盟10カ国が合意できるよう漸進的に準備を進めるべきだとの立場を明らかにしました。
ミャンマーやカンボジア、ラオスなど人権擁護に消極的な加盟国に配慮したもので、ASEANは引き続き、人権問題を含め「内政不干渉」の大原則を優先、維持することになると報じられています。【6月13日 時事】

なお、24日のASEAN地域フォーラムでは、アメリカ・ライス国務長官も含めて北朝鮮の核問題を協議する6カ国の外相も顔をそろえます。6カ国外相は23日にも、非公式の外相会合を開催する予定です。

【「プレアビヒア」問題】
さて、今回ASEAN外相会議においては、いくつかの加盟国間の対立が協議の進展を妨げるのではないかと懸念されています。
ひとつは、タイとカンボジアの間で、現在の領有国カンボジアによるユネスコへの世界遺産登録をきっかけに、国境にあるクメール寺院遺跡「プレアビヒア」付近で双方の軍がにらみ合う状態になっている問題。
(7月4日「カンボジアとタイの世界遺産登録をめぐる摩擦」http://ameblo.jp/azianokaze/day-20080704.html

ASEANの“盟主”を自認し、次期議長国でもあるタイでは、カンボジアが申請したクメール寺院の世界遺産登録に同意した共同声明への署名が憲法裁判所によって「違憲」とされたため、ノパドン前外相が辞任に追い込まれました。
現在、前外相の刑事訴追の検討が進んでおり、「領土売り渡し」の罪で有罪となれば、死刑か無期懲役とか。
これ恐れをなした閣僚らが国際会議での文書への署名をためらっており、ASEAN外相会議についても、サマック首相が「誰も会議に行きたがらない。署名をおそれているからだ。恥ずべきことだ」と嘆くような外交機能不全に陥っています。
結局“貧乏くじ”を引く形で、首相腹心の外交経験のほとんどないサハット副首相の派遣が決まったそうです。
【7月18日 朝日】

【マレーシアの不法移民強制退去問題】
一方、マレーシアは先週、同国ボルネオ島のサバ州に不法滞在している外国人の大量強制退去計画を発表。
サバ州では、アブラヤシ農園、建設工事などでの仕事を求めて、近隣のインドネシア、フィリピンから数十万人が入国、社会問題になっています。
マレーシアのナジブ副首相は「来月、10万~15万人規模の強制退去に着手する」と発言しています。

この問題は以前からある問題で、マレーシアでは生活水準向上にともない、いわゆる“3K”の農園・建設業においては労働力不足が深刻となり、合法・非合法の移民労働者を受け入れ、これを維持してきた経緯があります。
マレーシアは経済的には移民労働者に頼りながら、同時に厳しい移民排斥政策を繰り返すという、矛盾したようにも見える政策を繰り返しています。

サバ州には約23万人の外国人労働者の他に、13万~15万人の不法滞在者がいるとみられている。その多くが海路でやってくる隣国のフィリピン人とインドネシア人です
移民問題の背景には、この地域の所得格差があります。

マレーシアの平均収入は、3092ドル(約12万4298ペソ)で、フィリピンの907ドル(3万6460ペソ)の3倍を越えています。
マレーシアの建設、プランテーション産業におけるフィリピン労働者の収入は、建設産業では年間で少なくとも9万5000ペソ、プランテーション産業の魚業部門では5~6万ペソ、メイドは4~6万ペソ稼ぐと言われています。

更に、特に移民が多いフィリピン・ミンダナオ島においては、長く反政府勢力による紛争が続き政情・治安が不安定なこともあって、この地域はフィリピンでも最貧地域であり、1人当りの年収は1万1214ペソ以下だそうです。
【日本労働研究機構 海外労働情報 http://www.jil.go.jp/jil/kaigaitopic/2000_03/firipinP02.htm

地理的に見ても、サバ州(ボルネオ島)とミンダナオ島は非常に近い位置関係にあって、それぞれの首都であるクアルンプールやマニラよりも身近な存在です。
歴史的にも、この地域の交流は頻繁で、15世紀にミンダナオ島に連なるスールー諸島のホロ島を拠点として成立したスールー王国が、中国と東南アジア・西アジアを結ぶ海上交易の一端を担って栄えました。
最盛期には、東はミンダナオ島の西部、南はボルネオ島北部、北はパラワン島までその支配が及び、サバ州もこの版図の中にありました。
その後この地域はスペイン・イギリスなど殖民地勢力の支配下に入った後、現在のマレーシア・フィリピンとして独立した訳ですが、スールー王国の歴史的経緯を踏まえて、フィリピン側には今もサバ州の領有権を主張する動きがあります。

7月11日にBIMP-EAGA、“赤道アジア”を取り上げましたが、この地域は歴史的にも密接に繋がっており、現在も“不法移民”というかたちで繋がっています。
(7月11日 http://ameblo.jp/azianokaze/day-20080711.html
しかし、“不法移民”というかたちをとっているということは、この地域の連携した開発が実際には政治的に非常に困難なものを孕んでいることをうかがわせます。

【差別意識】
マレーシアの移民追放が特に問題となるのは、不法移民に対する“鞭打ち刑”、劣悪な環境での長期拘留など、移民であるフィリピン人・インドネシア人への人権侵害ともとれる行為がなされるためです。
これまでも、この問題にフィリピン・インドネシア政府は強く抗議してきています。

マレーシア自身はこれまでも何回も取り上げたように多民族国家であり、その共存を目指した取組みが試行錯誤されているのですが、外国人であるフィリピン人やインドネシア人に対しては、根強い優越意識、差別意識があるようにも見えます。
サバ州の移民問題に対するマレーシア政府の人権無視の対応に限らず、国内で働くインドネシア人メイドへの虐待行為などが報じられています。
ミンダナオのフィリピン人もインドネシア人も同じムスリムなのですが、“差別”というものは、そういうこととは別次元のもののようです。

【危ぶまれる憲章批准】
ASEAN憲章は、インドネシア、フィリピン、タイがまだ批准していません。
今回の外相会議ではこの3カ国に批准を促しますが、特にフィリピンが、ミャンマーの人権問題で具体的な進展がみられないことを理由に批准に慎重な姿勢を崩していないそうです。
憲章発効は全加盟国の批准が条件ですので、首脳会議が行われる今年12月までの発効が危ぶまれています。

ミャンマーの存在、原加盟国と新規加盟国の思惑の違いに加え、上記のような種々の加盟国間の対立・・・ASEANの行く手はかなり厳しそうに見えます。