「時間がない」と嘆く? | 片宮あやかオフィシャルブログ「I’m here.」Powered by Ameba

「時間がない」と嘆く?

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今日も1日お疲れちゃん!


毎日のことだけど、
暑かったね~。



私今日はとあるお仕事が昼間にありました\(^O^)/

そしたら目的地まで駅から徒歩15分のところ75分かっちゃって、

本気で迷子の子猫ちゃんにゃー



もー暑いのなんのって!

溶けるかと思った!


一時間歩くだけで結構きつくて、熱中症は意外にもすぐ近くにあるものなのかもって認識し直しました。

気をつけるべし。


べしべし。

です。




撮影が済んでからは喫茶店で読書。


読んだのは、

「パパラギ」。



みんなこの言葉知ってる?



私が初めてこの言葉を知ったのは高校生のとき。

英語の授業で使ってた長文読解の教材にこれに関したトピックが含まれてたの。



パパラギってゆーのは、サモアなんかの南国の人々がヨーロッパの文明人を指して使う言葉。


文明と距離を置いて生きる彼らの中にツイアビっていう人がいて、ツイアビはヨーロッパに渡って彼の目を通して見たパパラギたちのことを書き留めたの。

それが訳されたのが「パパラギ」っていう本。



パパラギは物に溢れて貧しい、貧しいから物を作るってツイアビは言う。

パパラギの神様は丸い金属と紙だって。そう、お金。


大地に注がれる太陽の光から逃げて白い肌をしていて、

穴の空いた箱に住んでて、

1日中覆った足からは変な臭いがしてて、



日々を時計の針で細かく刻む。



「1日24時間じゃ足りない」
「時間がない」

そういって新たな時間がそこにはあるってことに喜びを感じられないパパラギ。


神様から与えられたこの大地に存在するものを

「私のもの」



「あなたのもの」

に区別して神様から奪ってしまう。






なんだか読んでて生きてる世界がばかばかしく感じちゃったな。


もっと自然に生きることを学ぶべきなのかもしれない。






南国の人たちが日本を指すときはシャパニって言ってパパラギって言葉に含まれる軽蔑の意はないらしい。

でも本が最初に発行されたのは1981年ってなってた。


だからもしかしたら今はその呼び方は変わってるかもしれないよね。

日本人の生活はもうパパラギでしかない。




けどさ、

生まれたときから私の生きるここはこういうところだから

ツイアビにとってはマイナスな何かを私は幸せって感じられる。


それはそれで良いんじゃないかな?


いろんなことが削ぎ落とされて、反面複雑になってゆく部分も、この社会にはあるけど..

だからこそ失いたくないものがはっきり見えたりもするんじゃないかな。

ツイアビが言うことの重要性も、今までその暮らしを何も疑ってこなかった人が読むからこそ、はっとして重く感じられるんじゃないだろか。





読むのにあまり時間をとれなくて流し読みになっちゃったから表面的にしか考えられてない。

だから私の言ってることは的外れなことだったりするかもしれない。


でもとりあえずそう思うよ。


今の生活をやめなさいってゆーことじゃなくて、より多くの人がこういう考えがあって生活の仕方があるっていうのを知るのが大切なんだよねきっと。




また読みたいな。




みんなにも一度、
読んでほしい一冊です。






おやすみなさあーい音符