俺は帰宅するのが家族で一番遅いので、昨夜もひとりで夕食を食べていた。

俺の横には最近めっぽう耳の遠くなった祖父の姿。どうやらテレビを見ているらしい。
見ているチャンネルは『世界の珍しい昆虫の生態をさぐるドキュメンタリー』

俺は優しくさとす様にこう言った。
「愛しのグランパよ、僕は今まさに食事をしているんだ。どうかそういったグロテスクな生物の生き残り合戦を大音量で見るのは止めてくれないだろうか。気分が悪くなってしまうよ」

すると祖父は気づいてやれなくてゴメンよ、といった感じでチャンネルを変えた。
テレビ画面には『プロレス名勝負・流血デスマッチ』が大音量で映っていた。

僕は一度手に取った箸を再びテーブルに戻し、こう言った。
「たびたび邪魔をするようだがグランパよ。たしかに昆虫も気持ちが悪いが、今度はおもいっきり人間から血が出ているじゃないかグランパよ。もしよかったらチャンネルを変えてはくれないだろうか」

祖父はこりゃまた失敬!と、リモコンをおもむろに操作した。
今度は『フィギュアスケート世界大会』が映っていた。
相変わらずの大音量だが内容的にはこれなら一安心、と僕は食事を再開した。

すると祖父が
「ワシもあんな風にきれいにスベってみたいのぅ。それにしてもよくスベる。あっ、コケた」

僕は口の中の食べ物を飲み込んでから静かに祖父に言った。
「何度もすまないグランパよ。実は僕は今週末に大事な試験があるのさ。言うことがいちいち細かいのは承知だが、そんなに大声でスベるだのコケるだの言わないでおくれよグランパよ」

祖父は「しまった!」という表情を一瞬して、慌ててリモコンをテレビに向けた。そして風呂に行くといって部屋を出ていった。

祖父が最後に選んだチャンネルは、ケーブルテレビで現在放送中の全チャンネルが表示される無音のチャンネルだった。

天然なのか、嫌がらせなのか。教えておくれ、グランパよ。