歴代編集長リレーコラム 7代目編集長/原田剛 | あわわ創刊30周年記念史のブログ

歴代編集長リレーコラム 7代目編集長/原田剛


●タウン誌あわわ連載中

【歴代編集長リレーコラム】 

※あわわ30周年を記念して歴代編集長に当時の苦労話や、
今だからこそ言える告白など、当時の思い出を綴るコーナーです。


2011年2月号(1月22日発行)掲載

◎タウン誌あわわ

7代目編集長/原田剛
編集長任期/1999年4月~2001年5月



あわわ創刊30周年記念史のブログ
写真は、1999年9月号

7代目あわわ編集長になったのは今から12年前。26歳の夏でした。
今でも、ありがたいことに“徳島ラーメンの名付け親”として、麺関係のオファーをいただきますが、徳島ラーメンブームの裏話については、あと5000文字くらい必要なので割愛しますね。


 12年前の僕が目指したことはズバリ《タウン誌の現代化》です。当時あわわ社員歴が3年しかなかったワカゾーは、全国のタウン誌業界で活躍していた名物編集者たちに「タウン誌の未来について?」ムリヤリ出張を入れては聞いて回りました。


そこで解ったことは《タウン誌は80年代から進化していない》という現実(これも詳しく書くと1万字は必要なので割愛!)。


夏に編集長に就任し、秋に本格的に取り掛かった《あわわ現代化》作業を簡略に分けると以下の5つです。
①「街ネタ」という新しい概念の導入 ②県民「撮りまくり」の開始 ③サマバン等の頻繁なイベント実施 
④「徳島ラーメン」のような地域の文化を育てるムーブメント ⑤WEBと誌面の連動・・・大きく分けると以上の5つです。

 

 実は①「街ネタ」という概念は、それまでのタウン誌にはなかったんです。
情報トピックス的なページはどこにもありましたが、あまりメインではありませんでした。タウン誌の進化よりも、街や人やネットの変化が速い・・・それをフォローするため巻頭に街や人の動きを大幅に持ってきました。


「街ネタ」という言葉は今ではいろんな媒体が使ってますが、西日本で初めて「街ネタ」という呼称を取り入れたのは、あわわだと思います。②の「撮りまくり」というのも、それまでタウン誌に載るのは特別な人だけ(可愛い子、カッコイイ子、何かで優勝した子など)でしたが、普通の子だって特別じゃ!ということで、成人式やら入学式やら、とにかくカメラ持って東奔西走しました。③はサマバンの他、夜のクラブ系イベント「ナイハン」など、とにかく編集者が街へ出よう!と、社内の部署を問わず、誌面を飛び出したイベントをやってました。


 ①②③に関して、今でも続いているのは、元編集長として嬉しいですね。
残りの2つも詳しく書きたいのですが、スペースがないので、④&⑤の合わせ技として『あわわ的住民投票』を挙げておきます。
これは全国ニュースでも話題となり、中学社会『公民』の教科書にも載っています。

教科書に載ったタウン誌なんて、あわわくらいでっせ!! では来月は8代目・平井さん、酒飲みながらどうぞ~。