2012年05月30日(水)
posted by avalokitezvara
三面六臂の美しい観音さま@草津市・橘堂
テーマ:仏像
蓮長寺(5/28付エントリ)、盛安寺(5月29日付エントリ)と続いたGW滋賀編のラストは草津市の橘堂(たちばなどう、かつては「きつどう」とも)です。
橘堂は滋賀県草津市の旧・吉田(現在は合併して志那町)の集落に建つ小さなお堂です。坂本や大津と湖上交通でつながる志那港が近くにあり、物資を輸送するための要衝の地でありました。奈良時代から条理制に基づく集落つくりが行われていたように、古くから拓けた地であったことがわかります。
この近くの北大萱というところに天武天皇勅願で宝光寺が創建された際、天皇より御髻の一部を拝受し、本尊と共に髻を安置したことからここは髻堂(きつどう→橘堂)と呼ばれるようになったと伝えられます。その後、室町時代に大内義興の兵火にかかり堂宇は烏有に帰しますが、本尊は救出され、その後は吉田、白井の両家によって現代まで護られています。
通常は15年に1度の秘仏ということですが今回、運良く拝観させていただく機会に恵まれました。「近江の祈りと美」でそのおすがたを見て、どうしても拝んでみたいと思っていただけに感涙ものでした。(ちなみに、この日は朝イチで法性寺の国宝千手観音も拝観しているのですが、その国宝以上に楽しみにしてたほど・・・)
菩薩立像(伝・三面六臂観世音菩薩) 草津市指定文化財
木造ヒノキ材製 像高107.2cm
平安時代中期~後期(10世紀頃~11世紀頃)
こちらがその三面六臂観音菩薩立像です。穏やかな表情としなやかな指が目につきます。脇面2面を造り、頭上面と本面を合わせて14面、そして6本の腕を表す異形の菩薩像です。三面で六臂の十一面観音というのは図像典拠がはっきりしないため、あるいは千手観音像として造像された可能性もあります。
本像は、10世紀から11世紀頃の作と考えられています。前回紹介した、盛安寺の四臂十一面観音、やはりかつて天台系であった善勝寺の三面の千手観音のように琵琶湖周辺には11世紀頃の異形の観音像がいくつか残っています。
もともとは、8~9世紀の天台宗の入唐僧、円仁や円珍らによって請来された図像にこのような異形の観音像があったそうで、その影響による造像なのでしょう。(もっとも11世紀頃を境にして、この周辺でのこのような異形の観音像の作例が見られなくなるようではありますが・・・)
なんといっても、この穏やかな表情としなやかな指先。これが実に美しいですね。三面六臂という異形の姿でありながら、美しいというギャップにもより一層の惹き付けられる魅力があるようにも思います。
なお、この像は頭上面や腕など修復や後補部分が多いこともあるのか、国や県の文化財指定にはなっていません。肝心の本面も修復の痕跡がありますが、近世の修復と見られる頭上面とは作風や出来映えなどが違う点を考慮すると、本面は当初の制作時期とさほど変わらない時期(11世紀頃)の修復の可能性が高いようです。
吉田の集落は周囲を田園に囲まれ、中央には三大神社という神社があります。三大神社と近郊の志那神社、惣社神社それぞれの境内には藤があり、これらあわせて「志那三郷の藤」と呼ばれているそうです。
特に三大神社では地面に擦れるほどに長くなる「砂擦りの藤」が有名で、この藤が毎年4月下旬から5月上旬にかけて満開になります。ちょうど我々が訪問したときはまだピークよりも若干早かったようですが、橘堂を管理されている吉田さんが三大神社も案内してくださいました。神社ではちょうど地域の方々がおそろいの法被を着て、藤まつりの準備をされているところでした。吉田さんや地域の方の温かい応対に触れて、満開の藤まつりの時期にもぜひ訪れようと思ったのでした。
橘堂(たちばなどう、きつどう)
所在地:草津市志那町
拝観:秘仏(15年に一度、お盆の時期の1週間開帳)
<参考文献>
[1]展覧会図録「近江路の観音さま」,滋賀県立近代美術館,1998.
[2]高梨純次,寿福滋:近江の祈りと美,サンライズ出版,2010.

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橘堂は滋賀県草津市の旧・吉田(現在は合併して志那町)の集落に建つ小さなお堂です。坂本や大津と湖上交通でつながる志那港が近くにあり、物資を輸送するための要衝の地でありました。奈良時代から条理制に基づく集落つくりが行われていたように、古くから拓けた地であったことがわかります。
この近くの北大萱というところに天武天皇勅願で宝光寺が創建された際、天皇より御髻の一部を拝受し、本尊と共に髻を安置したことからここは髻堂(きつどう→橘堂)と呼ばれるようになったと伝えられます。その後、室町時代に大内義興の兵火にかかり堂宇は烏有に帰しますが、本尊は救出され、その後は吉田、白井の両家によって現代まで護られています。
通常は15年に1度の秘仏ということですが今回、運良く拝観させていただく機会に恵まれました。「近江の祈りと美」でそのおすがたを見て、どうしても拝んでみたいと思っていただけに感涙ものでした。(ちなみに、この日は朝イチで法性寺の国宝千手観音も拝観しているのですが、その国宝以上に楽しみにしてたほど・・・)
菩薩立像(伝・三面六臂観世音菩薩) 草津市指定文化財
木造ヒノキ材製 像高107.2cm
平安時代中期~後期(10世紀頃~11世紀頃)
こちらがその三面六臂観音菩薩立像です。穏やかな表情としなやかな指が目につきます。脇面2面を造り、頭上面と本面を合わせて14面、そして6本の腕を表す異形の菩薩像です。三面で六臂の十一面観音というのは図像典拠がはっきりしないため、あるいは千手観音像として造像された可能性もあります。
本像は、10世紀から11世紀頃の作と考えられています。前回紹介した、盛安寺の四臂十一面観音、やはりかつて天台系であった善勝寺の三面の千手観音のように琵琶湖周辺には11世紀頃の異形の観音像がいくつか残っています。
もともとは、8~9世紀の天台宗の入唐僧、円仁や円珍らによって請来された図像にこのような異形の観音像があったそうで、その影響による造像なのでしょう。(もっとも11世紀頃を境にして、この周辺でのこのような異形の観音像の作例が見られなくなるようではありますが・・・)
なんといっても、この穏やかな表情としなやかな指先。これが実に美しいですね。三面六臂という異形の姿でありながら、美しいというギャップにもより一層の惹き付けられる魅力があるようにも思います。
なお、この像は頭上面や腕など修復や後補部分が多いこともあるのか、国や県の文化財指定にはなっていません。肝心の本面も修復の痕跡がありますが、近世の修復と見られる頭上面とは作風や出来映えなどが違う点を考慮すると、本面は当初の制作時期とさほど変わらない時期(11世紀頃)の修復の可能性が高いようです。
吉田の集落は周囲を田園に囲まれ、中央には三大神社という神社があります。三大神社と近郊の志那神社、惣社神社それぞれの境内には藤があり、これらあわせて「志那三郷の藤」と呼ばれているそうです。
特に三大神社では地面に擦れるほどに長くなる「砂擦りの藤」が有名で、この藤が毎年4月下旬から5月上旬にかけて満開になります。ちょうど我々が訪問したときはまだピークよりも若干早かったようですが、橘堂を管理されている吉田さんが三大神社も案内してくださいました。神社ではちょうど地域の方々がおそろいの法被を着て、藤まつりの準備をされているところでした。吉田さんや地域の方の温かい応対に触れて、満開の藤まつりの時期にもぜひ訪れようと思ったのでした。
橘堂(たちばなどう、きつどう)
所在地:草津市志那町
拝観:秘仏(15年に一度、お盆の時期の1週間開帳)
<参考文献>
[1]展覧会図録「近江路の観音さま」,滋賀県立近代美術館,1998.
[2]高梨純次,寿福滋:近江の祈りと美,サンライズ出版,2010.
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