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2012年05月30日(水) posted by avalokitezvara

三面六臂の美しい観音さま@草津市・橘堂

テーマ:仏像
蓮長寺(5/28付エントリ)盛安寺(5月29日付エントリ)と続いたGW滋賀編のラストは草津市の橘堂(たちばなどう、かつては「きつどう」とも)です。

橘堂は滋賀県草津市の旧・吉田(現在は合併して志那町)の集落に建つ小さなお堂です。坂本や大津と湖上交通でつながる志那港が近くにあり、物資を輸送するための要衝の地でありました。奈良時代から条理制に基づく集落つくりが行われていたように、古くから拓けた地であったことがわかります。

この近くの北大萱というところに天武天皇勅願で宝光寺が創建された際、天皇より御髻の一部を拝受し、本尊と共に髻を安置したことからここは髻堂(きつどう→橘堂)と呼ばれるようになったと伝えられます。その後、室町時代に大内義興の兵火にかかり堂宇は烏有に帰しますが、本尊は救出され、その後は吉田、白井の両家によって現代まで護られています。


通常は15年に1度の秘仏ということですが今回、運良く拝観させていただく機会に恵まれました。「近江の祈りと美」でそのおすがたを見て、どうしても拝んでみたいと思っていただけに感涙ものでした。(ちなみに、この日は朝イチで法性寺の国宝千手観音も拝観しているのですが、その国宝以上に楽しみにしてたほど・・・)

菩薩立像(伝・三面六臂観世音菩薩) 草津市指定文化財
木造ヒノキ材製 像高107.2cm
平安時代中期~後期(10世紀頃~11世紀頃)

念彼観音力

こちらがその三面六臂観音菩薩立像です。穏やかな表情としなやかな指が目につきます。脇面2面を造り、頭上面と本面を合わせて14面、そして6本の腕を表す異形の菩薩像です。三面で六臂の十一面観音というのは図像典拠がはっきりしないため、あるいは千手観音像として造像された可能性もあります。

念彼観音力


本像は、10世紀から11世紀頃の作と考えられています。前回紹介した、盛安寺の四臂十一面観音、やはりかつて天台系であった善勝寺の三面の千手観音のように琵琶湖周辺には11世紀頃の異形の観音像がいくつか残っています。
 もともとは、8~9世紀の天台宗の入唐僧、円仁や円珍らによって請来された図像にこのような異形の観音像があったそうで、その影響による造像なのでしょう。(もっとも11世紀頃を境にして、この周辺でのこのような異形の観音像の作例が見られなくなるようではありますが・・・)

念彼観音力


なんといっても、この穏やかな表情としなやかな指先。これが実に美しいですね。三面六臂という異形の姿でありながら、美しいというギャップにもより一層の惹き付けられる魅力があるようにも思います。

 なお、この像は頭上面や腕など修復や後補部分が多いこともあるのか、国や県の文化財指定にはなっていません。肝心の本面も修復の痕跡がありますが、近世の修復と見られる頭上面とは作風や出来映えなどが違う点を考慮すると、本面は当初の制作時期とさほど変わらない時期(11世紀頃)の修復の可能性が高いようです。


吉田の集落は周囲を田園に囲まれ、中央には三大神社という神社があります。三大神社と近郊の志那神社、惣社神社それぞれの境内には藤があり、これらあわせて「志那三郷の藤」と呼ばれているそうです。
 特に三大神社では地面に擦れるほどに長くなる「砂擦りの藤」が有名で、この藤が毎年4月下旬から5月上旬にかけて満開になります。ちょうど我々が訪問したときはまだピークよりも若干早かったようですが、橘堂を管理されている吉田さんが三大神社も案内してくださいました。神社ではちょうど地域の方々がおそろいの法被を着て、藤まつりの準備をされているところでした。吉田さんや地域の方の温かい応対に触れて、満開の藤まつりの時期にもぜひ訪れようと思ったのでした。


橘堂(たちばなどう、きつどう)
所在地:草津市志那町
拝観:秘仏(15年に一度、お盆の時期の1週間開帳)


<参考文献>
[1]展覧会図録「近江路の観音さま」,滋賀県立近代美術館,1998.
[2]高梨純次,寿福滋:近江の祈りと美,サンライズ出版,2010.

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2012年05月29日(火) posted by avalokitezvara

穏やかな表情の四臂十一面観音菩薩さま@盛安寺

テーマ:仏像
延暦寺や日吉大社の門前町・坂本にある盛安寺は、室町時代1486年に越前国・朝倉貞景の家臣である若杉盛安が西教寺の真盛上人に帰依して再興した天台宗の寺院です。この盛安寺に、旧・崇福寺の伝来とされる平安時代作の十一面観音像が安置されています。

十一面観音立像(国指定重要文化財) 木造・漆箔・彫眼
平安時代(10世紀~11世紀頃) ヒノキ材製 像高179.1cm
 
念彼観音力


四本の腕を持つ異形の十一面観音の等身大像。平安時代に請来された新しい経典の図像を典拠にしたと見られていますが、同時代の類例は決して多くありません。

ふっくらとして穏やかな顔立ちは善水寺の帝釈天・梵天と共通するような部分が見受けられます。平安時代も後期に入ってくるとこのような穏やかな表現の仏像が好まれる時代になっていくので、この像はちょうどその過渡期くらいの時期になるでしょうか。第一手は合掌し、第二手は右手に錫杖、左手に蓮花を持つ姿。合掌する両手には臂釧が細かく刻まれています。

衣文は翻波に造り、また渦文もあしらわれていてこの辺りは平安前期頃に多く見られる特徴が出ています。


(補足)渦文について
一木彫の場合、衲衣や裳の縁を単に波形にあらわすだけでなく、そこに装飾的に渦形を彫りあらわすことをいう。この渦形は写真のように丸刀で下から上に向かって刻むこむ彫りを連ねて渦の形にあらわしている。刻みと刻みの間にあらわれる縞は、時代が降るとだんだんと滑らかに仕上げられるようになる。翻波式衣文にしても、渦文にしても大小の丸ノミや丸刀の鋭利な刀痕がそのまま生かされ、いかにも像に力強さを与えるのに役立っているように見える。(日本の美術No224 近江の仏像 より)

念彼観音力


構造は、檜材一木造りで合掌手の上膊まで供出彫出とし、頭上面(後補)、四本の腕、両足先(後補)、天衣垂下部(後補)を矧ぎ、背面から上下に内刳りし背板を矧ぎ付けているとのことでした。


十一面観音像は収蔵庫に安置されていて、この写真のように外から拝む形になります。像までの距離は少し遠目ですが、明るいのでよく拝観することができます。開扉は5,6,10月の毎週土曜日と、GW期間(詳細は要確認)および、正月三が日です。

盛安寺
所在地:大津市坂本1-17-1
電話:0787-578-2002
拝観:十一面観音の拝観は5,6,10月の毎週土曜およびGW,正月三が日。
※それ以外は要予約
時間:9時~16時
拝観料:300円
アクセス:京阪石山坂本線穴太駅から徒歩10分


<参考文献>
[1]展覧会図録「近江路の観音さま」,滋賀県立近代美術館,1998.
[2]高梨純次,寿福滋:近江の祈りと美,サンライズ出版,2010.

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2012年05月28日(月) posted by avalokitezvara

腰のひねりが美しい十一面観音@蓮長寺

テーマ:仏像
滋賀県野洲市内、琵琶湖にほど近い比留田という地域に浄土真宗本願寺派の蓮長寺というお寺があります。この蓮長寺の境内収蔵庫に、平安時代前期(9世紀~10世紀頃)の作と見られる十一面観音様が安置されています。以前は飛び地境内の観音堂に安置されていたそうです。

ご住職に収蔵庫を開けていただくと、そこには等身大の美しい観音様のおすがたが・・・。
十一面観音立像(国重要文化財) 木造・彩色・彫眼 
平安時代前期 ヒノキ材製 像高166.7cm

念彼観音力

腰を左に大きく捻り、右膝を緩めた姿勢はSの字型を描いているような大胆なポーズといえます。耳たぶが大きく、左右に張っているのも特徴的です。

念彼観音力

天衣や、裳の折り返しなど至る所に複雑なひだが表されています。

念彼観音力

翻波を描く衣文も刻まれていたり、裳の裾両端には渦文が表されたりしています。右足と左足で作風が異なるのは左足が後補だからのようです。

念彼観音力

丸い大きな髻が特徴的。
捻った腰からは女性的な印象がありますが、お顔の表情は少年のような印象も受けます。個人的には阪神タイガースの鳥谷選手にどことなく似てる気がしないでもないのですが・・・どうでしょうか(笑)。
連長寺
所在地:滋賀県野洲市比留田934
問い合わせ:077-589-2865
拝観時間:9時~17時
※十一面観音の拝観は要事前予約
拝観料:志納
アクセス: JR琵琶湖線野洲駅から近江鉄道バスで15分
「さざなみホール前比留田」バス停下車 徒歩10分


<参考文献>
[1] 西川杏太郞,日本の美術 No.224「近江の仏像」,至文堂,1985年.
[2] 展覧会図録「近江路の観音さま」,滋賀県立近代美術館,1998年
[3] 吉田さらさ,古寺巡礼14 近江若狭の仏像,JTBパブリッシング,2012年

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2012年05月25日(金) posted by avalokitezvara

仏像の足の親指が上を向いている件

テーマ:仏像
前日のエントリでも書いた中山寺の秘仏本尊・馬頭観音坐像。両足の組み方が珍しいのですがよく見ると、足の指が親指だけ反らせているというか、上げています。


この像に限らず、足の親指だけを反らせている表現を見ることがあります。

たとえば、イケメンで知られる東寺の帝釈天騎象像。

こんな感じで、踏み下げた左足の親指が上向きに反ってます。
この帝釈天さまを見て、「この姿勢、疲れないかね?」と気になったのがきっかけで、それ以降、足の親指にちょくちょく目が行くようになりました。

立像でも京都・金剛院の深沙大将のように足の親指を立てているものがあります。金剛院のご住職のブログ、2009年9月4日付エントリ「快慶仏の親指」(別ウインドウで開きます) (写真あり)には

『前に踏み出した脚の親指を僅かに立てておられるが(中略)確かにその1センチほどの空間によって仏像に動きが生まれている。』
とあり、さらにコメント欄でも
『<親指>については諸説あり、足を上げるとき、まず親指が持ち上がって、それから足全体が動くのを表現した、つまり<動>の表現なのだという方もおられます。歌舞伎でも親指を立てる仕草があったと記憶しています。』
と触れられています。

動かない彫刻において、仏様の動きをいかに表現するかとなったときに、このような足の指先の表現に行き着いたのでしょう。

よく、如来や菩薩立像では片方の足を少し前に出している、あるいは前傾姿勢になっているものがありますが、ここからは今、救いに行きますよという動きが伝わってきます。仁王や明王などでも親指を反らせることによって、力が全身に漲っている様子が伝わってきます。

一方で、坐像。よく見られる結跏趺坐の場合は、足の指での動きの表現はできないわけですが、半跏や安坐となってくると足の親指によって動きを出しているものが比較的多いことに気づきます。これも、座っているところから、今まさに救いに行くために動き出す瞬間つまり、静から動への動きの表現の一種と見ることもできるわけですね。

そう考えたら、東寺・帝釈天の姿勢について思った疑問「この姿勢、疲れないかね?」は当然なのです。なぜなら、力が入っていることを示してるわけですから。それが瞬間的なのか、それともずっと力入れてるのかは別にしても、足の指先に力は入ってるわけです。
信仰の対象としてありがたいのはもちろん、美術的な視点からも仏像の美しさに惹かれるわけですが、このような隅々に至るまでの表現の工夫があるからこそなのだなあという感じもします。

このように親指を上げている作例をざっと調べられた限りで挙げてみました。
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平安以降南北朝頃までの親指上げ表現作例(一部)
★平安時代中期以前
京都・東寺 帝釈天騎象像  (9世紀) ※半跏
奈良・法華寺 十一面観音立像(9世紀頃)
京都・醍醐寺 大威徳明王坐像 (10世紀)
兵庫・中山寺 十一面観音立像(10世紀頃)
京都・醍醐寺 帝釈天騎象像 ※半跏
京都・禅定寺 文殊菩薩半跏像 (10世紀頃?)

★平安時代 後期
京都・壬生寺 地蔵菩薩坐像 ※半跏 →1077年頃の作。半跏の地蔵の最初期例 (昭和37年焼失) 
奈良・橘寺 如意輪観音坐像 藤原時代
京都・長講堂 阿弥陀三尊のうち観音、勢至菩薩坐像 藤原時代 ※半跏
奈良・長岳寺 阿弥陀三尊のうち、観音・勢至菩薩坐像 ※半跏
静岡・瑞林寺 地蔵菩薩坐像 ※安坐 →1177年頃の作。安坐地蔵の初期例
京都・安国寺 地蔵菩薩坐像 ※半跏
岐阜・明星輪寺 地蔵菩薩坐像 ※半跏
京都・大覚寺 五大明王像(大威徳明王騎牛像、金剛夜叉明王立像 軍荼利明王立像、降三世明王立像) 
★鎌倉時代
奈良・帯解寺 地蔵菩薩坐像 ※半跏
奈良・安倍文殊院 普賢菩薩騎獅像 ※半跏
京都・随心院 如意輪観音坐像
滋賀・福明寺 地蔵菩薩坐像 ※安坐
奈良・福智院 地蔵菩薩坐像 ※安坐
奈良・法隆寺地蔵堂 地蔵菩薩坐像 ※半跏
奈良・東大寺念仏堂 地蔵菩薩坐像 ※安坐
滋賀・御影堂新善光寺 地蔵菩薩坐像 ※半跏
神奈川・金剛寺 地蔵菩薩坐像 ※安坐
京都・北向山不動院 不動明王坐像 ※半跏
クリーブランド美術館 菩薩坐像 ※半跏
文化庁蔵・ 菩薩坐像 ※半跏
鎌倉・建長寺 地蔵菩薩坐像 ※安坐
鎌倉・禅居院 観音菩薩坐像 ※半跏、遊戯坐
神奈川・慶覚院 地蔵菩薩坐像 ※安坐
福井・中山寺 馬頭観音坐像 
京都・松尾寺 金剛力士立像
京都・金剛院 深沙大将立像
奈良・興福寺国宝館 金剛力士立像
奈良・如意輪寺 蔵王権現立像
滋賀・徳円寺 馬頭観音立像 →両足のつま先を上げて、踵だけで立つ。
このカテゴリに加えるかが難しい。ブレーキかけてるようにも見える。むしろ、動から静の瞬間?

★鎌倉時代後期~南北朝
兵庫・長楽寺 地蔵菩薩坐像 ※半跏
奈良・東大寺法華堂 不動明王像及び二童子像 ※半跏 南北朝時代14世紀
 ※この時代以降にも多数あると思われますが省略
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(補足1)地蔵の半跏像について
いわゆる半跏形式の地蔵像が表れるのは平安後期、11世紀頃。左足を踏み下げるものが多いが京都・安国寺のように右足を踏み下げる例もある。京都・壬生寺像は半跏形式の初期の作例。1077年頃の造立(昭和37年に焼失)。

(補足2)安坐像について
結跏の左足あるいは右足を前に外して座る、いわゆる安坐形式の地蔵像は1177年銘の瑞林寺像、1201年銘の滋賀・福明寺像以降に多く見られる。安坐形式の像は地蔵に限らず、他の仏菩薩像にもみられ、中国宋風美術の影響と思われるが、当代の古典復古の傾向と動的なものを好んだ鎌倉時代の風潮がその流行を促した。
----------------------------------------------------------------

補足でも書いたように、平安後期以降、地蔵の半跏像や安坐像が多く造られるようになったため、作例も地蔵菩薩が多くなっています。
地蔵以外だと当然ながら、鎌倉時代の慶派仏師の作に多いように思います。金剛院・深沙大将立像(快慶)、興福寺国宝館・金剛力士立像、松尾寺・金剛力士立像などなど。人間の身体の自然な動きを的確に捉えた表現の巧さは、慶派仏師の真骨頂ですね。

定朝様が流行していた平安時代において、康慶や運慶ら慶派仏師たちは古典に帰ることで新しい時代の仏像を創り出したと言われています。もしかしたら、康慶たちも、東寺・帝釈天像の足の親指に何かヒントを得たことがあったのかも知れないなあと思ったりもします。
(もっとも東寺講堂像は運慶らによって修復されているので、そもそも足先は彼らによるものかもしれない?^^;)

(関連)
足の親指の表現については以前ツイッターでもツイートしたことがあって、そのときの一連のツイートのまとめがあります。こちらも参照ください。
仏様の足の親指が上向きな件【togetter】(別ウィンドウで開きます)

<参考文献>
[1]松島健, 日本の美術 No239 地蔵菩薩像,至文堂,1986年.
[2]倉田文作、日本の美術 No.151 二王像,至文堂,1978年.
[3]井上一稔, 日本の美術 No.312 如意輪観音像・馬頭観音像,1992年.

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2012年05月24日(木) posted by avalokitezvara

見納め!秘仏・馬頭観音 福井・中山寺

テーマ:仏像
前日5/19の越前地域の見仏に続いて翌日は若狭地方の見仏です。特にこの日は、中山寺の馬頭観音の閉帳法要の参拝が主目的でした。33年に一度開帳の中山寺本尊・馬頭観音は平成22年5月より開帳されていたわけですが、2年間に及ぶ開帳期間も遂にこの日が最終日です。

半年ほど前に参拝した際、開帳期間中にもう一度お会いしたい!とは思ったのですが、それが本当に再び参拝できる機会に恵まれるとは思いませんでした。前回もTwitterのフォロワーさん達との西国巡礼を兼ねた旅、そして今回もまたTwitterのフォロワーさん達の誘いで実現した旅。すばらしい仏縁に感謝したいですね。

前回の参拝時は参拝者もほとんどおらず、ひっそりとしていたものでした。閉帳法要が催されるこの日は一般の参拝者はそれほど多くはないものの、関係者の出入りも多かったりして終始あわただしい雰囲気がありましたね。


さて、本堂に入って馬頭観音様と再会。忿怒相でありながら不思議と美しい感じ。思わず息をのむ美しさ。この美しさがどこから来るのか、顔もそうですが八臂の腕と足の全体のバランスがいいからもしれません。八臂の腕の配置、膝のあげ方、左右対照でないにも関わらず、それぞれが邪魔することなく、絶妙なバランスを保って配置されています。

厳重な秘仏であったため、彩色、光背、台座が当初のままに遺っている非常に貴重な例で、このように造像当時から残る彩色、光背、台座も自然さもこの像のバランスを見事に保っているように感じました。



13時半から始まった法要には、北陸三十三観音霊場各札所の住職さん達(その中には前日の越前見仏の案内をしていただいた福通寺のご住職も)や、檀家さん達が参加していました。

法要も無事に終了し、こうして厨子の扉が再び閉ざされたのでした。33年に一度しかお会いできないという神秘性もまたこの像の魅力を高めているでしょうね。
なお、聞くところによると、次回は33年後かと思いきや、「中開帳」として平成40年に開帳される予定だそうです。33年よりは短いにしても、それでも16年後ですから長いといえば長い・・・。16年後は自分は52歳・・・。また拝めるかな?!



中山寺は天平8年(736年)、聖武天皇の勅願によって泰澄大師が創建したと伝えられます。秘仏本尊の馬頭観音が安置される本堂も、鎌倉時代後期の建築で重要文化財に指定されています。仁王門の金剛力士像は鎌倉時代の作でこちらも国指定重要文化財。桧材の寄木造で、表情や筋肉の現実以上にリアルともいえる表現は有力慶派仏師の作と考えられます。


青葉山 中山寺
住所:〒919-2317 福井県大飯郡高浜町中山
電話番号:0770-72-0753
アクセス:JR小浜線青郷駅徒歩40分または高浜駅からタクシー10分
拝観料:300円(秘仏公開中は500円)
   ※本尊馬頭観音の次回開帳予定は16年後(平成40年)の中開帳
拝観時間:午前9時~午後5時
公式サイト: http://nakayamadera.jp/
主な仏像:
馬頭観音坐像(本尊) 鎌倉時代 国重文
金剛力士立像 鎌倉時代 国重文
阿弥陀如来坐像 平安後期 県指定
不動明王立像 平安後期 町指定
毘沙門天立像 平安後期 町指定
 馬頭観音坐像(本尊前立) 室町時代


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2012年05月23日(水) posted by avalokitezvara

越前町・八坂神社の仏像群に驚く@越前・若狭見仏

テーマ:仏像
先週末は、越前・若狭の見仏に行ってきました。
初日は新TV見仏記福井・越前編で紹介された神社仏閣を中心に拝観し、2日目は中山寺の馬頭観音の閉扉法要を中心に拝観しました。

福通寺さんの藤川住職には大変お世話になり、なかなか参拝しづらいような貴重な仏さまを拝観させていただきました。感謝感謝です。

どの仏様も印象に残っているのですが、特に八坂神社の収蔵庫の仏像群には驚きました。


八坂神社 福井県越前町
鎌倉時代には別当寺・応神寺として神仏合せ祀る神社として繁栄したが明治期の神仏判然の令以後、八坂神社と改められた。昭和36年の台風を期に社殿を改築した際に、旧内陣の床下より多数の仏像・仏具が発見された。いずれも平安末期のものと鑑定され、仏像四躯、光背一面が重要文化財に指定された。これらのものは、明治の神仏判然の際に関係者によって隠されたものと考えられている。


明治から昭和36年までの約100年もの間、これだけの大きな仏像が4躯も内陣の床下に隠されたまま、ずっと忘れられていたというから本当に驚きです。阿弥陀が2躯に釈迦如来と菩薩形坐像。いずれも半丈六の大きな仏様。それぞれがお堂の本尊級の仏像に見えますし、ということはこれだけの仏様を安置するお堂がこの境内あるいは、その周辺に複数あったということですから往事はどれほどであったのかと考えてしまいます。


阿弥陀如来坐像はいずれも定印を結び結跏趺坐、釈迦如来像は施無畏与願印を結び、結跏趺坐して座ります。いずれも平安後期の作とのことですが、作られた時期が幅広いのか作風がいずれも異なっているのが興味深いですね。像高は140cm~145cmの半丈六像。



菩薩形坐像は天冠台を着け、結跏趺坐しています。両腕の肘から先の部分が失われてしまっているために正確な尊名は不明。智拳印を結ぶ大日如来坐像の可能性もあるかと思われます。像高125cm。

また、収蔵庫右手に安置されている像高62.6cmの木造十一面女神坐像も見逃せません。
念彼観音力

十一面女神像は、頭部は十一面観音、体部は女神という神仏習合の姿をとる非常に珍しい像で、神仏習合の色が強く残っているこの地域の仏像を象徴するような仏様です。白山信仰の泰澄大師が感得した白山妙理大権現の本地(化身する前のお姿)が十一面観音であることから、このような十一面女神像が造られたようです。

こちらの像は、八坂神社の床下からではなく境内摂社である御塔神社の小さな社殿内に祀られていたのを発見されたそうで、社殿が風雨にさらされていたために像の損傷も激しいです。
この不思議な十一面女神像はみうらじゅん氏もお気に入りのようで以前、ラジオで紹介されたたみうらじゅんの仏像ランキングでは第4位に入っているほど。

そのほか、当日の見仏の様子などはtwitterでのタイムラインをまとめたtogetter、

twitter菩薩とゆく越前若狭見仏 【togetter】
http://togetter.com/li/307453
もご覧ください。

主な参拝寺社は下記の通りでした。
5月19日(土) 
樺八幡神社(福井市中手町)阿弥陀如来坐像、大日如来坐像他
大安禅寺(福井市田ノ谷町)大日如来坐像、文殊菩薩坐像他
八坂神社(越前町)阿弥陀如来坐像、釈迦如来坐像、十一面女神坐像他
日吉神社(越前町内郡)大日如来坐像、地蔵菩薩立像他
福通寺(越前町朝日) 千手観音立像ほか
5月20日(日)
西国29番・松尾寺(舞鶴市) ※春季宝物展開催中
 快慶作阿弥陀如来坐像他
中山寺(高浜町)※秘仏本尊馬頭観音公開最終日 
羽賀寺(小浜市) 十一面観音立像他
妙楽寺(小浜市) 千手観音立像他

個々の仏様についてはまた機会があれば個別に紹介していきたいと思います。

なお、今回案内していただいた藤川住職の福通寺さんが登場する『新TV見仏記6 福井・越前編』のDVDは2012年5月30日発売です!!

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2012年05月10日(木) posted by avalokitezvara

中村の人々とお地蔵さま(後編) 三本松中村・安産寺

テーマ:仏像
(前回までのあらずじ)快晴の空の下で室生の里・三本松中村を訪れた我々。管理人の洞出さんからお地蔵様の説明を聞いて、いよいよお地蔵様と対面となりました。

収蔵庫が開けられて目に飛び込んできたのは青年のような若々しいお地蔵様。もちろん、事前に写真では見ているのですが実際の印象はまた違った印象を受けました。それぞれの写真によっても印象が違うし、角度だけでなく光の当たり方によっても表情が違って見えました。

衣文は「漣波式」と呼ばれる表現で、1つの大きな波と1つの小さな細かい波を繰り返すのが特徴的です。それほど衣文が深く刻まれない表現であるために、とても薄い衣をぴったりと身体にまとっているようにも見えてきます。



この地蔵菩薩は制作年代は貞観9年(867年)頃と考えられ、もとは室生寺金堂内で十一面観音と共に釈迦如来の脇侍像であったと見られています。この像が様式がこの釈迦像と似ている(漣波式の衣文も室生寺特有の特徴)ことおよび、室生寺に現在安置されている地蔵菩薩立像の後背の大きさが、この安産寺像とぴったり合うことがこの像が室生寺伝来のものであることを裏付ける要素となっています。

以前、東京国立博物館で行われた展覧会にこちらの地蔵が出展された際には、室生寺にある後背がつけられて展示されました。管理人の洞出さんは会場で室生寺の後背をつけた地蔵さまを観たとき、見違えるほどの神々しさにその場に立ちすくんでしまったのだそうです。

この地蔵様がどういう経緯でこの中村地域に安置されるようになったかは実際のところは不明なようですが、江戸時代1658年~88年頃の記録にこの地で子安地蔵新堂が建立された記載があるので、それ以前には既にこの地で安置されていたことになります。

なお、室生寺では観音と一対で安置されていたわけですが、このように観音・地蔵を対で安置するのは放光菩薩信仰と呼ばれ、中国・唐時代には海難よけや安産に効験があるとして信仰を集めていたということです。

待ちに待ってようやく対面がかなったお地蔵様。同行した皆がその美しさ、オーラに魅了されてしまい、なかなかその場から離れられなくなってしまうほどでした。この旅は地蔵巡りがひとつのテーマだったわけですが、最初の訪問地で究極の地蔵さまに出会ってしまった、そんな感じすらしたのでした。

安産寺
所在地: 奈良県宇陀市室生区三本松中村2932
アクセス; 近鉄大阪線 三本松駅から西へ徒歩7分
問い合わせ:宇陀市室生地域事務所(電話0745-92-2001
開扉日: ・毎月9日 午前10時~正午
・1月24日 午前10時~午後3時(初地蔵)
・8月の第4日曜日 午後1時~午後9時(御縁日法要、午後7時半より盆踊り)
※それ以外の日は、要事前予約



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2012年05月08日(火) posted by avalokitezvara

中村の人々とお地蔵さま(前編) 三本松中村・安産寺

テーマ:仏像
GWの初日、快晴の天気の下で安産寺のお地蔵様を参拝してきました。この日はtwitterで知り合った方々と合流しての見仏。その最初の訪問地がこちらの安産寺でした。

安産寺は室生寺のある室生の里から東へ少し行ったところ、三本松の中村という地域にあります。近鉄大阪線の線路沿いの高台の上に建っていました。



安産寺というお寺の名前はついていますが、お寺としては無住で、お地蔵様やお堂はこの地域の自治会の中で選ばれた専任保護委員の方々によって管理されています。お堂はこの地区の公民館としても使われており、内部もまさしく田舎の公民館という感じでした。



この日案内してくれた保護委員のひとり、洞出さんがとても優しい方で、こちらのお地蔵様が現在のようにこちらの収蔵庫で安置されるようになるまでの経緯などを丁寧に語ってくださいました。

第二次大戦中、奈良帝国博物館(現・奈良国立博物館)に預けられていたこの地蔵菩薩(当時は国宝)は、戦後に一旦、中村地区に戻ってきます。しかし、昭和25年の文化財保護法制定により改めて重要文化財に指定されたのを機に、国の指示によって再び奈良博に預けられてしまいます。

村から地蔵さまがいなくなって十数年、洞出さんは心に穴が開いたような寂しさをずっと感じていたそうです。その心境を他の人にも話したところ、やはり他の方々も同じように感じていたのでした。そこで改めて、奈良博に地蔵さまの返却を要請したところ、収蔵庫を作るという条件でようやく戻してもらえる許可が出ます。その後、待望の収蔵庫が昭和50年に完成しますが、それでもすぐには戻してもらえず湿度が安定するまでさらに3年間もの間待たされたのだとか。

 そうしてようやく念願かなって昭和53年、お地蔵様がこの地に戻ってこられました。そんないきさつもあって、洞出さんの気持ちとしては今後は博物館に預けたりすることなくずっとこの地で守っていくつもりということを語っておられました。

この後も洞出さんがこのお地蔵様にまつわるいろいろなエピソードを話してくださいました。どの話も洞出さんやこの地域の全ての方々のお地蔵様に対する気持ちがひしひしと伝わってくるものばかり。

そんな洞出さんのお地蔵様に対するお話しは1時間近くにも及びました。地域の方々がこの地にお地蔵さまが戻ってくるのを待ち続けた年月からしたら、我々の待ち時間はなんとも短いものではありますね^^;

はやる気持ちを抑えつつ、渡り廊下の先の収蔵庫へと我々は案内されるのでした。



念願のお地蔵様との対面は次回に続きます。

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2012年05月02日(水) posted by avalokitezvara

GW見仏まとめ

テーマ:仏像
先日も書いたように4/28~30の間、奈良・京都・滋賀見仏に行って参りました。

今回の旅では、いつにも増していろんな出会いがありました。twitterのフォロワーの皆さんはもちろん、拝観でお世話になったお寺の方や仏像を管理してる地域の方などなど。仏像の素晴らしさだけでなく、こうした出会いも含めてよい思い出になる旅でした。また今回は予約のアレンジでも苦労があっただけに、無事にすべて回れたことでより一層、感慨深いものもありました。
みなさま本当にありがとうございました。

今回、参拝した寺院を最後に一覧で挙げています。それぞれの感想についてはまたこのブログでも更新していきたいと思いますが、中でも一番の印象に残ったのはやはり、草津市の橘堂ですね。

写真で見て一目惚れしてしまった観音様。本来は15年に1度開帳の秘仏ということでしたが、お願いして拝観させてもらうことができました。


最終日30日は観音巡りになりましたが、もともとの今回の旅の主題であった地蔵巡りも順調に終えることができました。中村区三本松安産寺像、融念寺像、橘寺の伝・日羅像など。平安前期のすばらしい地蔵をいくつか参拝しましたが、その中でも初めてお会いした安産寺像がとても印象に残っています。写真で見るのとまた違った印象でした。これらについてもまた追々書いていきたいと思います。


【4/28 奈良県】
安産寺(中村区三本松) 地蔵菩薩立像(予約拝観)
竹林寺(笠区) 薬師如来立像(笠区の三宝荒神大祭での開帳)
玄賓庵(桜井市)  不動明王坐像(予約拝観)
慶田寺(桜井市) 十一面観音立像(予約拝観)

【4/29 奈良県】
安養寺(田原本町) 阿弥陀如来立像(予約拝観) 
宮古区の薬師(田原本町) 薬師如来坐像(予約拝観)
融念寺(斑鳩町神南) 地蔵菩薩立像、聖観音菩薩立像(予約拝観)
橘寺(明日香村) 伝・日羅立像(春季特別公開)
安倍文殊院(桜井市) 文殊菩薩騎獅像

【4/30 京都府~滋賀県】
法性寺 国宝千手観音(春の京都非公開文化財特別公開)
檀王法林寺 阿弥陀如来立像(春の京都非公開文化財特別公開)
橘堂(草津市) 三面六臂観音菩薩立像(予約拝観)
蓮長寺(野洲市) 十一面観音立像(予約拝観)
盛安寺(大津市) 十一面観音立像(GW期間開扉)



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2012年04月27日(金) posted by avalokitezvara

行ってきます!

テーマ:その他
今夜から京都・奈良に向けて旅立ちます!

今回は、現地でtwitterのフォロワーさんたちと合流して
3日間、奈良~京都~滋賀の見仏旅です。

テーマは 地蔵と観音と快慶!
テーマといっても、3つはバラバラですが・・・。

地蔵は
安産寺
融念寺
橘寺(伝・日羅)
などを観てきます。

平安初期の地蔵中心で、
融念寺のように僧形神像という見方もあるものもあります。
安産寺は今回初めてなので特に楽しみです。

3月には広隆寺講堂の地蔵や法金剛院の地蔵、六波羅蜜寺の運慶地蔵、先々週も白米寺の地蔵、法輪寺の地蔵、奈良博の明星菩薩などを見てますから最近はかなりジゾーブームがきてます。

快慶仏では
田原本・安養寺
安倍文殊院
奈良博貞慶展 快慶弥勒(時間があれば)
などを観てきます。
貞慶展は先々週行ったばかりでもまた行けたら行きたいところ。

観音は
京都・法性寺 
奈良・慶田寺 
大津・盛安寺 
野洲・蓮長寺 
などです。

なんといっても、法性寺の国宝千手様の特別公開です。
どれも楽しみなところばかりで
出発前から緊張と期待で胸が一杯です。

この他にも、個人的にとっておきのところを予約してあるので
また後日それも報告したいと思います。

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