「和牛フィレ肉…」 | シェフのページ

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オー グルマン…。フランス語で「食いしん坊」の意味の単語です。その名の通り食べ物、食にまつわる話し、見解をただただしるしてゆくブログです。このブログを通じて色々な人達との食に関する意見の交換を楽しめればと思っています。

フランス料理を始めて20年。このオーグルマンを開いて10年。その時の10周年メニューの食材を選びに当たり前といえば当たり前、以外といえば意外な食材を採用しました。「和牛のフィレ肉」自分の中で食材を選ぶ際に持っている基準があります。・・・まずは1に美味しいこと、そして2ウチのお店で使うことのできる価格帯であること、3にその食材を使いこなし、その質を最大限に引き出すだけの知識、考察、調理法がきちんと懸案されていること。

和牛フィレ肉・・・価格、質、扱い・・・自分にとって少々ハードルの高い食材だったような気がしました。

   この食材、普通に扱って、そこそこ上手に加熱をすれば結構に美味しくなる食材です。ですが、その質を十二分に引き出し、特別な美味しさにするためにはそのアセゾネ、キュイソン、考察、集中力、注意力、仕上げに対するコンセプト、全ての要素を満たす仕事をしなければならないと思っています。

   繰り返しになりますが、 少し上手に焼き上げるのは料理に携わっていて真面目に取り組んでいる料理人ならばみんなできることだと思っています。でもやはりそれ以上を、最上を…を目指したい・・・と考えるならばそれ以上の考察とコンセプトを要すると思います。

それに取り組むのには十分すぎるいい機会だと思いました。「フィレ肉」というとな
んとなく年配の人やライトな料理を好む人向けの食材・・・みたいなイメージがあるのではないでしょうか。「柔らかくて、脂が少なくて、ライトな感じでたべる・・」まあ、確かに間違ってはいないとは思います。

しかし、しかしです。半ば年配者むけ・••みたいな食材に、一頭の牛からたかだか2本。メスで1本4キロ前後、オスのヌキで5キロ前後の部位に何故これほどまでの高値が付くのか。

単に数が少ないからだけなのか…

やはりそれなりの価値があるからに他なりません。ただ希少部位であるという理由だ
けでそこまでの高値は付かないものです。需要と供給のバランスが市場の価格を決める大な要素であることは周知の通り。松茸然り、トリュフ然り、そしてこの和牛フィレも然り・・・。

もともと値段にものの価値をそれほどは見出さないたちではあります。料理に携わり、自分の見識と価値観に正直に向き合っている方は同じような価値観をお持ちかと思いす。

その価値観はその人の趣向と食に対する感覺が大きく左右するものではあります。何
正しく、何が正しくない・・・という問題ではありません。その美味しさ、価値観は自分の味覚、感覺のみが理解、説得をさせるものであると感じます。

そこで自分のすること・・・「和牛のフィレはこれほど美味しいものなのか・・・」
とお客さんに思ってもらえるような調理をすることです。その為のフィレにたいして自分なりに考察しないといけません。

日本では以前和牛のサシの濃厚な風味、とろけるような肉質に長らくその価値観に重
きが置かれて来たように思われます。その後健康ブーム(これは現在でも続いていますし、今後も永遠に続いてゆくものと思いますが)という流行の流れが世間にはあります。

自分にとって「オーグルマン」にとって、この場所では敢えて「体にとっての健康・・・」は全く考えていません。考えるのは「心の健康」です。そのことについては皆さん周知のことと思っておりますのでその説明はここでは割愛いたします。

和牛を使う場合に自分で特に注意している点は1、脂の質が重たくないこと。2、そ
の肉の味わいにフレッシュな味わいがあること。3、肉に和牛のサシの持つ和牛の味わいがあること。

この上記3点を満たすために自分なりの肉に対する基準を設けて肉を選んでもらって
います。

さて今まで和牛を使用する際の部位では主にランプ、イチボ、クリ、内腿であることがほとんどです。サーロイン、リブロース、肩ロースはほとんど、いえ全くといっていいほど使いません。ある程度の塊、薄くない、厚さを持って焼き上げるときにロースの部位は自分にとっては不向きと考えます。良質の和牛は脂の融点が低いので重たくない・・・という理屈をお話している方もいらっしゃいます。あとは和牛の脂は不飽和脂肪酸だから体にはいいのだ・・という方も。色々な商業的な意味合いもあってそんな理屈もあるのかと思いますが、やはり脂は脂です。自分にとっては重たい存在です。

極少量たべるのにはまあまあいいのですがそこまでです。「肉」をしっかりと味わう
事は出来ない肉質です。

ランプ、イチボについては食べる人の趣向によって使い分けないといけません。サシ
の強い部分、肉質の硬い部分、赤みの強い部分・・・・なるべくメニュー説明の際に今日の部位について説明はするようにはしていますが混み合っている時には璧・・・というわけには行かないのが現状です。

フィレは全ての部分がほぼ均一な柔らさ。肉質です。確かにシャトーブリアンといっ
た中心の極一部は肉の断面も大きく贅沢な箇所ではありますが自分はその部分にはこだわりません。良い肉質のフィレならば全ての箇所はほぼ極上です。

フィレ肉を選ぶ際にランプ、イチボとは違ってヌキ(去勢牛のこと)の極上のものを
選んでもらいます。言わば「サシの入っているフィレ」です。全くサシのないフィレはどこかホルスや外国産牛肉に似た味わいを感じてしまいます。ちょっと乳臭いというか、食べて「美味い!」という感覺には触れてきません。もともと黒毛和牛は外国産の牛との掛け合わせですからその理由も十分にわかり得る事ではあります。

やはり和牛の美味しさはサシの風味が大切かと思います。フィレのサシはそれほど強
く入らないことが多いです。仮に少々強めに入っていたとしてもフィレの脂は強くはありません。

メスのフィレにはサシが入りづらいようです。個体の大きなヌキの方がサシは確実に
多く入ります。なので自分はヌキを使います。信頼を置いている丹波牛の業者さんのおすすめもあって去勢牛である「ヌキ」の極上を使います。

フィレの美味しさの大きな要因の一つが柔らかさです。綺麗に縦に入った繊維。肉の
上に歯を乗せるとその重力で肉に歯が引き込まれてゆくようなあの感覺・・・他の部位には無い特別な感覺と味わい・・・やはり素晴らしいです。確かにランプ、もも系の肉の赤みの旨みの強い部分も確かに美味い!!自分自身も大好きな部分です。肉の味わいだけで言うと、もしかしたらランプ、ももの方が好みかもしれません。でもやはりその柔らかさと繊細かつ豊かな味わいは比類がないものです。

その和牛フィレの味わいを隈なく、出来うる限り完璧に食するにはどのような調理が
必要なのか、適しているのか、それを考える・・・これが楽しい・・・。

タルタル、グリル、ロースト、はたまた何の調理・・・?色々と考えましたが結局
「牛フィレのロッシーニ」を採用しました。調理法としては炭火焼きとオーブンでのローストを組み合わせたものです。とは言っても…説明が難しいものですね。詳しくお知りになりたい方はお問い合わせください。
フランスの大古典です。古典料理はどうしても重たく、重厚になりがちなことが多いのですが、このロッシーニはそれほどの重たさではないと思いました。ましてやフランスのシャトーブリアンです。サシ感は全くないわけです。それをフォアグラで
補うわけです。その調理方を考える時にはその肉質を如何に生かすか・・・というこ
とを調理の基本に考えます。

そしてその前に本当に和牛で良いのか、外国産(最近ではフランスのものも入手が可
能になった)のものと比較してどうなのか。もともとフランス産のサシという概念の無い、柔らかくはあるけれども肉自体の味わいにかける肉を使ったのでファオグラという油脂を使ったのでは・・・。

などなどを考えていると・・・。

もしかしたらこの古典料理は日本の和牛で作ったほうが重厚感のある味わいになるの
では・・・とも思えます。クラッシックなソースのことも考えるとどうなのな・・・とも思ったりします。

まあ個人的には和牛の味わいが最高!と思っていますので日本人にとっては和牛フィ
レのロッシーニに軍配が上がるように思えます。

さてその和牛フィレ肉の料理はまずはその肉質の見立てから始まります。こちらの好
みを伝え基本的にしっかりとコミュニケーションをとった上で業者さんにお任せします。丹波牛を注文するときはほぼ安心です。こちらの好みはしっかりと把握してくれていますので。

そのほかの業者さんから仕入れる時は納品されたものに対して注文をつけてゆきま
す。

届いたフィレ肉は掃除してゆくわけですが、脂な必要最小限に残します。程よくサシの入った上質の和牛のフィレ肉の肉質は素晴らしいと思います。生で食べても当然美味しいわけですが、やはり適度に加熱したほうがその肉質と美味しさを味うことができます。

フィレは他の部位に比べ水分の含有量が多くなく、肉の繊維の並びが均等かつ密でな
いため独特の他の部位では感じられない柔らかさを感じる事ができます。フィレ肉に加熱をする場合にその柔らかさ、ジューシーさの損失を極最小限にとどめなくてはならないのです。
だから皆「レア」で焼くわけです。ただこの「レア」という概念が曲者に思えてなりません。
                 …「レア」=生・・・

この発想と考え方はもういい加減に脱却するべきです。

等々和牛、フィレということ、その肉質とそれに適した加熱を考え、試作をし、考察
を重ねてフィレ肉に適した加熱をしたフィレのロースト・・・?グリル・・・?を採用して調理にあたることとしました。

その際の最も注意する点・・・それは「気を使うこと」でした。やるべきことはそれ
ほど難しい技術は使いません。強い熱源に当てない、加熱し過ぎない、乾かさない。この3点に注意を施して
肉の焼き縮みを極最小限にとどめることができれば最も柔らかい、ジューシーさに富
んだ、切っても肉汁の出ない、そして温度をきちんと伴った生ではない「レア」に近いフィレ肉が完成します。

でもこのフィレ肉を焼いていてつくづく感じます。「料理」とは気を使うこと、いか
に食べてに美味しさや楽しさを伝えることか・・・そのためにいかに取り組か・・・そこに尽きるものであるということであるということに・・・。また一つ自分たちの料理に対する、レストランという場所についての意識が深まった気がします。

実に楽しい仕事が出来たと思っています。これからの調理にもとっても役に立つものにもなりました。

では今回はこの辺で。

Au revoir.