今日はぶらり岐阜駅に行ってきました。
岐阜駅と言えば
9月に北口前に日本一広い駅前広場が完成したんですよ。
木も生い茂っていて、グリーンだよ!
そして小川も流れている駅前広場。
そのまわりをバスがせわしなく走っています。
そこには金箔の織田信長もどーんと建ちました。
ちょっとやりすぎのような金箔の信長・・・
岐阜がなんで織田信長かって?
織田信長さんは
愛知の清洲でおぎゃーと生まれました。
清洲城信長の誕生です。
その頃の岐阜は 井之口 という地名で
その頃の岐阜城・・ 稲葉山城(いなばやまじょう) に
住んで?いた斎藤道三が
キレイな城下町として整備しておりました。
信長の父ちゃんは清洲城のお偉いさんで、
道三さんを倒して井之口・・
というか美濃全部を奪っちゃおうとしたけど失敗し、
作戦変更、道三さんの娘と信長を政略結婚させました。
でも、信長は義父さんには気に入られておりました。
ある日、道三さんが息子のよしたっちゃんと
親子喧嘩して負けてやられちゃいました。
道三さんは遺言で
「井之口と稲葉山城を信長に託す・・・ガクーッ」と残してくれたけど
よしたっちゃんだって、稲葉山城を譲りま宣言。
そのよしたっちゃんが、これまた強くて
秀吉が一夜城作戦とかして頑張ってくれても
信長もかなわなかったんだけど、
よしたっちゃんが若くして亡くなって
まだ幼い息子が跡をついでから形勢逆転。
時は1567年。(今日、像の前に書いてあった・・・)
信長がようやく美濃を征服し
稲葉山城にお引越し。
信長が、道三が作り上げた
稲葉山城のふもとの井之口という城下町を「岐阜」と命名。
稲葉山城を「岐阜城」と改名しました。
そして、岐阜を拠点に天下統一を目指したんですよ。
わたくし事ですが、
お父さんの実家がその城下町のあった辺りで、
城下町として整備された金華山のふもとは
今でも道を挟めば違う町名だし
やたらとお寺が建っています。
歴女まがいな事をしてしまった・・・が
全くもって歴女ではなく岐阜女です。
説明が下手なので長々となってしまいました。
と、いうことで、
岐阜は信長なのです。
清洲城信長は鬼ころしなのです!