こんにちは

 

4/14・16日と、2回の震度7の地震で自宅、スタジオともに被災しました。

 

自宅・スタジオともに、外観を見ると大丈夫そうに見えますが、中はかなり悲惨な状態です。

 

2回の地震は、ともにスタジオで遭いました。

 

14日は翌々日に控えた肌育セミナー開催の準備が一通り終わり、自宅に帰ろうと準備していた時にそれは起こり、耐震に向けた備えをしていなかったところは悉く被害にあいました。

 

 

飾り棚に置いていた大事にしていたオリーブオイルやワイン、作業台に乗せていたまな板などがどんどん落ちてあたり一面ひどい有様。

 

 

食器の収納ストックの扉がスライドレールから外れて頻度の高い食器が揺れに合わせて飛んできたりと、もうかつてない経験に只々動揺するばかりでした。

 

ガスの元栓をしめなければ!と、キッチンのガス台の方に行こうとすると、流し台の引き出しが一斉に飛び出し、行くてをはばみ、立ってもいられずダイニングテーブルの下で揺れがおさまるのをこらえて待っていました。

 

程なく揺れは止まりましたが、大きな余震はそれからおさまりません。

 

自宅に帰った方がいいのか、どうか迷っていたら、東京の身内から電話があり、自宅よりもスタジオの方がコンパクトだから、一晩そこにとどまっておいた方がいいだろうとの勧めもあり、ひたすら夜明けを待ちました。

 

その時はライフラインに特には問題なく、外が白々と明けてきた頃、最寄りのコンビニに行き、様子をうかがいました。

 

関係各所に電話連絡・Facebookのメッセンジャーでやりとり・LINEでやりとりしながら、ラジオをかけっぱなしで、後始末にとりかかり、夜遅くまでかかって飾り棚周辺を綺麗に仕上げました。

 

 

やれやれ・・・これで一安心。

 

一応、セミナーやレッスンは用心のため延期や中止をせざるを得ないな・・・と、思って生徒さんにお知らせのメールをしようとスマホを持って椅子に座った瞬間、またあの振動が始まりました。

 

重たい私が乗った椅子がズルズルと縦横無尽に動きだし、そのうち振り落とされ、瞬間停電になり、ドドドドドッという地鳴りが押し寄せてく感じを受け、またテーブルの下に潜り込みました。

 

ぐるぐると渦の中に入れられたような感覚が30秒くらい感じました。

昨日と同じ又はそこまではいかないだろうと、思いながら、落ち着くのを待ちますが、全くその様子はなく、2~3分くらいは、縦の振動と横揺れを交互に感じていました。

 

なかなかおさまりを感じない揺れに、『もうやめて!』と、何度叫んだことか・・・。

 

ようやく揺れが終わったかのように感じ、暗がりの中、スマホのあかりを頼りにバッグと鍵を抱きしめて外へ出て車に乗り込み、同じ区内に住む友人に震える手をおさえながら電話をすると、駐車場の一角が液状化を起こし、水が染み出して道路へ流れていくのが目に入りました。

 

ようやく繋がり、話をすることができましたが、津波警報も出ているので、高台に車で逃げているとのこと。

 

自分も駐車場が液状化している話をすると、とりあえずそこを離れた方がいいと言われて、最寄りのコンビニの駐車場に移動すると、車や人が沢山集まっていました。

ここにいれば、とりあえず独りきりじゃない・・・と、少し安心したのも束の間。

 

また大きな余震が。

 

カーラジオからは、阿蘇方面や大分方面でも大きな揺れがおきて、大動脈となる阿蘇の赤橋が崩落、南阿蘇は壊滅・・・と、次々に嫌な情報しか入ってきません。

 

そうしていると、街路灯や、家々にあかりが点灯しているのを見て、スタジオにまた戻ると、せっかく片付けが済んだと喜んだのをあっさりと数十分で払拭されてしまいました。

 

片付ける前以上に物が散乱。

 

なかなか動かせないはずの作業台も元の位置から大きくずれてしまいました。

 

片付けた飾り棚は少しずれてしまっていましたが、倒れてはいなかったので、大事にしていた茶器を影響のないところに避難させて、その晩は車中泊になりました。

 

それ以降、ライフラインの電気は復旧できましたが、約1週間近く水道が使えず、避難したところで使う生活用水は、自宅の井戸水や、給水所へ取りに行く毎日が続きました。

 

震災からだいたい2日後くらいに最寄りの大型スーパーやドラッグストアが販売を始めたので、物資に事欠くことはあまりありませんでした。

 

支援物資が運ばれないと、スマホのワンセグテレビのニュースで見聞きしましたが、私が住む町では早くもスーパーが開いたので、食べものや飲みもので苦労したというのはわずか1日だけでした。

 

まだまだ書きたいことは、色々ありますが、とても長くなりますし、日常を取り戻すには、一山もふた山も越えなければいけないことが多々ありますので、それはまたいずれ公開したいと思います。

 

熊本は地震ってそんなもんたいしてこないでしょう・・・と、思ったら、この有様です。

2週間で有感地震は1000回軽く超え、いまだに日に数回は震度3以上の余震があります。

気象庁でも、同じとはいかないかもしれないけれど、震度5や6クラスの地震はあってもおかしくないと発表されるようなので、どうなるかわかりません。

 

気が滅入ることもありましたし、何もしていない時に不意に涙が出てきて焦燥感に襲われることもしばしばありますが、それに浸っている余裕はありません。

 

頑張れ!踏ん張れ!負けるな!・・・・

 

そんな言葉が飛び交っている時『もうこれ以上我慢したり頑張るのってもう無理。そんな言葉簡単に言ってほしくない。』と、思ったことも度々あります。

 

多分、阪神大震災・中越地震・東日本大地震・・・被災された方はこちらからのそういう言葉に『応援するといっても安全な場所で言うだけでしょ。軽々しく言わないで!』と、思った方もきっといらっしゃったはず。

 

熊本は元々よそ者を受け入れる気質があまりないので、人に手を差し伸べられても、テリトリーに入られると避けがちです。

震災直後から、窃盗や強盗や暴漢などの話があり、見慣れない人を見ると警戒したくなったり、デマを信じて余計に疑心暗鬼になります。

それでも、前に進みたいなら、現実を打破するためには次に進まなければいけません。
2度スタジオで被災し、最近は一人で中に入るのを恐怖に感じるようになりました。

 

特に夜は無理。

 

そういった訳で、そういうトラウマが抜けるまでは、夜間レッスンは今後休止し、日中のレッスンのみで運営していく方向です。

 

調理器具はほぼ大丈夫でしたが、食器が見事にダメになってしまいました。

まだ通常通りのレッスンができるかわかりませんが、遅くとも7月くらいから徐々に初めていこうと考えています。

 

メニュー構成も縮小しながらですが、また『料理を作るの楽しいな』『みんなで食べるの楽しいな』と、思う日が必ず来るように頑張ります。

 

束ねたり、アップにしたりしてアレンジ楽しんでいた髪も、かつてないショートボブにカットしました。

新たな気持ちで、スタジオの復旧に努めます。

 

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