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「前衛」という言葉は時代遅れなのでしょうか?

テーマ:ブログ
2012-06-02 14:15:30

[草莽崛起~阿蘇地☆曳人のブログ から]
少し乱暴ですが、これまでの「左翼」運動は、おおざっぱ何言って次の三つのタイプにまとめることができると思います。 タイプ1;ブルジョア議会で多数を獲得することを目指す→ブルジョア国家を利用して「構造改革」をおこなう/タイプ2;工場占拠などによって「労働者自主管理」を実現し、その基礎上に新たな政治権力を構築する/タイプ3;ゲリラ闘争によって、権力を奪取する 1は、生産過程における結合労働の意義を見失っています。この立場から行えることは、せいぜいうまく行ったとしても、資本主義を「よ...
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DOCTRINES OUTDATED--CIARA










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草莽崛起(The Rising Multitude)

This time tomorrow--The Kinks

テーマ:ブログ
2012-06-02 01:31:27

[草莽崛起~阿蘇地☆曳人のブログ から]


The Kinks - This Time Tomorrow


明日の今ごろ 僕たちは どこにいるんだろう 宇宙船に乗って な~んにもない海の上を 渡っているのかな 明日の今ごろ 僕たちは 何を知っているんだろう まだここで 機内映画ショーを流しているのかな 太陽を 置き去りにして 僕は出かけよう そして 悲しそうに通り過ぎていく雲を眺めよう 7マイル... 続きを読む


 








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草莽崛起(The Rising Multitude)

政治党派、労働運動、市民運動

テーマ:ブログ
2012-06-01 17:43:20

[草莽崛起~阿蘇地☆曳人のブログ から]
シーバー@武偵高強襲科さん 中核派が目指すのはレーニンの前衛党論に基づく革命です。また僕らは、大衆として労働者を組織するのです。労働者(プロレタリアート)こそ大衆そのものであって、党は労働組合など大衆組織の一部という捉え方です。 レーニン自身は、党と大衆組織を区別していると思いますよ。 それと、そういう捉え方では、政治党派や武闘組織の活動とは異なる生産点での闘争の独自の意義が不明確にならないですか? 「五月テーゼ」が単なる一時的退却や待機の戦術としか考...
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Anti-Flag - One People, One Struggle













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草莽崛起(The Rising Multitude)

女性の育休「取らないで」25% 

テーマ:ブログ
2012-05-31 01:58:40

[草莽崛起~阿蘇地☆曳人のブログ から]
企業も、女性を労働市場から完全に排除しようとしているわけではないのでしょう。あとで非正規雇用の形態で安上がりに利用しようという魂胆なのです。 John Lennon - Beautiful Boy 草莽崛起 (The Rising Multitude) ...
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John Lennon - Beautiful Boy











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草莽崛起(The Rising Multitude)

「平和革命VS.暴力革命」-問題設定それ自体の限界

テーマ:ブログ
2012-05-30 16:54:30
<革命的暴力が、革命の発展の一定の時機にだけ、一定の特殊な条件があるばあいにだけ、必要かつ正当な革命の手段であるということ。これに反してプロレタリア大衆の組織、勤労者の組織は、この革命のはるかに根ぶかい、恒常的な本性であり、この革命の勝利の条件であったし、今でもやはりそうである、ということもまた疑いない。」(レーニン;スヴェルドロフの追悼演説、全集二十八巻七十八頁


「一定の特殊な条件があるばあいにだけ、必要かつ正当な革命の手段である.」

つまり「議会主義が発達した今日では、暴力革命不必要だ」という見解にも検討の余地はあるわけですしかし、「平和革命」、「暴力革命」のいずれにしても、具体的条件と切り離してあらかじめどちらで行くべきかを定めておくことはできません。

さらに、スヴェルドロフ追悼演説におけるレーニンの指摘のポイントは、武力革命の適応条件の問題よりもむしろ、革命の本質的要素はプロレタリア大衆の組織、勤労者の組織」なのだという点にあります。



なお、この「組織」から「党」は排除されてはいないものの、「プロレタリア大衆」とあるように重点は、大衆的な労働運動の組織におかれています。

なお、「暴力革命」という表現自体かなり不正確なものであると考えます。武力は装備されても、行使されないことがあり得ますが、行使しない暴力というものは概念的に存在しません。そして実際の歴史を見ても、ロシアの十月革命は武力革命でありながら、事実上の無血革命でした。また、ポルトガルのリスボンの春も軍の決起による武力革命ですが、ほとんど無血革命でした。「暴力革命」という言葉では、こうした歴史的事実を表現することができません



「議会で多数を握って合法的に革命を達成することのほうがいい考えだと思います。」「国民から受け入れられない暴力革命論は破棄し、選挙という合法的戦争で右翼勢力を倒すべきだとおもいます。」



「議会主義」は、社会を根本的に変革することができません。なぜなら、「選挙」という「現在の枠組み」は、それ自体「既成システム」であって、変革しなければならない制度の一つだからです。



「『議会主義』は、社会を根本的に変革することができません。」というご意見を支持します。右翼とは、資本の勢力のイデオロギー的代弁者及びその影響下にある大衆であって、かれらを根底的に「倒す」には、資本の解体が不可欠であり、そして資本の解体を実現するに当たっては、生産点に於ける労働する諸個人の日常的闘争こそが本質的な要素です。

「人民的議会主義」あるいは「多数者革命」も「先制的内戦戦略」も決して革命の本質的な契機とはなりえないのです。どちらも革命の本質的契機から、人々の目を逸らさせるという作用において致命的な弱点を持つものと言わざるを得ません。

反資本主義派の戦略としては、サパティスタのように、生活レベルでの自治を積み上げ、事実上の二重権力状態を作り出す方が有効だと思います。同様の経験は、スペイン市民革命における反スターリニスト諸派の実践にも見出せるはずです。また、ケレンスキー政権下でのボルシェビキ、左派エスエルの生産点での実践からもくみ出せるものがあるかもしれません。


New Model Army - Stupid Questions


イメージ 1 草莽崛起(The Rising Multitude)

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