「プロフェッショナル」、日本語では専門家、職ですが、専門家と本職の語感には多少開きがありますね。本職は今のメインの仕事というくらいの意味でも使いますが、専門家というと士業や資格を取った仕事でどこでも通用するというニュアンスがあります。起業を考えるような場合、当事者としては当然その業種に精通している必要があります。経験と弛まぬ研究が必要とされますね。


ソフトバンク・ヒューマン・キャピタル㈱が運営するサイト「イーキャリア」で掲載されている「月刊ハイエッジ」のコーナー、「営業マン工房」に「6回ジャズピアニスト上原ひろみ」という記事がありました。ジャズピアニストの中には今まで楽器を触ったことがない人が、30代から自己流で練習を始めてプロになった人も知っていますが、上原ひろみさんのようにクラシック基礎を踏んでジャズ界に入る人も増えています。そんな彼女が語る仕事感がプロとなにかを教えてくれます。今日はここから全文を引用します。(文:中村京介さん/撮影:岩谷薫さん)


“売り”がなければ相手にされない>

ピアノを始めたのは6歳のとき。その頃はまだ「将来プロになろう」とは思っていませんでした。ピアニストとして生きていこうと思ったのは12歳、初めての海外公演だった台湾で演奏したときです。お客さんの笑顔やスタンディングオベーションを経験して、「言葉も通じない人と音楽で1つになる感覚ってすごく素敵

だな」と思ったんです。


上原ひろみ1

日本の大学は法学部を選び入学しましたが、ヤマハの音楽支援制度で留学奨学支援を得たのをきっかけに、中退してアメリカのバークリー音楽院に留学。周りはちょっと驚いていましたけど、自分の中ではごく自然な流れでしたね。ピアノはずっと続けていたし。


 音楽院では英語をしゃべる前に音楽で会話するというくらい、“音楽づけ”でしたね。アメリカでは、黙っていても、「どうしたの?」と聞いてくれる人は誰もいません。勝負するには、「私の“売り”はこれ!」と、しっかり言えなければならない。


ちょうどラーメン屋さんがオープンする前に、スープを「ああでもない、こうでもない」と何度も作り直して、「これだ!」というものができたときに、ようやく店をオープンするじゃないですか。私もそれと同じで、何度も何度も練り直して、自分の“売り”を作り上げていったんです。それがなければ、誰も相手にしてくれないんです。


<信じぬいたプロダクトだけが受け入れられる>

お客さんには自分が信じぬいた音楽だけを聞いてもらいたい。そのためには、何の迷いも疑いもなくなるくらい徹底的に準備します。これは、人に対して何かを発信したり奉仕したりする人にとっては不可欠だと思うんです。


実演販売でも、八百屋さんでも魚屋さんでも、自信のなさそうな顔をしていたら買わないけど、「これは絶対にいい!」と熱意を示されれば、何となく買いたくなるじゃないですか。自分が扱うプロダクトへの熱意や愛情もなく、誰かの手に渡したいという気持ちも持てないまま妥協していては、お客さんに失礼だと思うんです。


仕事は「誰かを幸せにする」ために存在しているのだと、思っています。私の場合、たまたまそのプロダクトがコンサートだったりCDだったりするだけ。これはどんな仕事でも変わらないのではないでしょうか。


<壁にあたって芽生える“ワクワク”感>

今、ライブで演奏したり、アルバムにまとめたりした曲は、ごく一部。完成していない曲は本当にたくさんあります。自分が思った通りの曲が作れない、納得がいかないことは日常茶飯事。“冬眠”している曲はたくさんありますよ。壁にぶつかって、30秒先から全然曲が作れなくなってしまうこともあります。


でも、どんな壁が現れても、「壁の後には何が待っているんだろう……」と思うと、ワクワクするんですよ。「この壁をどう壊してやろうか」って。だからスランプに陥って悩むことはないですね。自分の思い描く演奏ができない、弾きたい曲が作れないのは、自分に対する要求がどんどん高くなっているから。それは今の自分では見えない世界にたどりつくためであったり、音楽家としてステップアップするためであったりと前進できる証拠なんです。


1つ壁を乗り越えても、またすぐに新しい壁が現れます。きっとこれは一生続くでしょうね。でも、それがなくなったら終わりだし、逆に、自分ができないことに気付けるうちは必ず成長できると思っています。できないことに気付けば、あとは、必死に取り組んでいくだけですから。決して落ちこむ時間ではないのだと思います。


<バンドディレクターとしてメンバーの力を引き出す>

かつては、「ピアニストとしてこうなりたい」と思って、自分と向き合うことしかしてこなかったのですが、『Sonic Bloom』を組んでからは、バンドディレクターとして、メンバーにいかに良い演奏をしてもらうかと考えるようになりました。


今、私を含め4人でバンドを組んでいるのですが、メンバーの心理状態は演奏にも影響するので、ツアー中はどうしたらみんながもっと楽しめるのかを考えています。これは三者三様。その人は何が好きで何が好きじゃないか、機嫌の悪いときは放っておいてほしいのか声をかけてほしいのか、演奏が良くなかったときに、けなす方が伸びるのか、演奏が良かったときにホメる方が伸びるタイプなのか、など常に観察するようにしています。


もちろん、みんなに気持ち良く仕事をしてもらうには、自分自身が人間としてきちんとしていなくちゃいけない。イライラしている気持ちを抑えたり、疲れていてもメンバーに気を配ったり……。こういうことが自然にできるような人になりたいですね。今は未熟で、メンバーとぶつかることもありますよ。でも、うまくいかないながらも努力を重ねることで“人間力”が鍛えられていると感じます。より納得できる音楽を作るためには、人間として立派になっていかないといけないんでしょうね。

上原ひろみ2

<上原ひろみ>
ニューヨークを拠点に活躍する静岡県出身のジャズピアニスト。6歳からピアノを始め、ヤマハ音楽教室で作曲も学ぶ。17歳の時にチック・コリアと競演。1999年バークリー音楽院に入学。在学中にジャズの名門テラーク・レーベルと契約し、2003年『Another Mind』で世界デビュー。同年5月バークリー音楽院を首席で卒業。その後044月『Brain』、200510月『Spiral』、20072月『タイム・コントロール』をリリース。今秋、Hiromi's Sonicbloom「タイム・コントロール 日本ツアー」 がスタート。