インシテミル (文春文庫)/米澤 穂信

¥720
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☆☆☆
「ある人文科学的実験の被験者」になるだけで時給十一万二千円がもらえるという破格の仕事に応募した十二人の男女。とある施設に閉じ込められた彼らは、実験の内容を知り驚愕する。それはより多くの報酬を巡って参加者同士が殺し合う犯人当てゲームだった―。いま注目の俊英が放つ新感覚ミステリー登場。 (amazon)

本作には様々なモチーフが存在します。

1つは映画『es』のモデルとなったスタンフォード監獄実験
これはランダムに集められた被験者を囚人役と看守役にわけ刑務所そっくりの実験場で、ロールプレイングさせたところ、看守役は徐々に指示を受けなくとも囚人役を実際の囚人のように扱いだしたという心理実験です。
これは小説内でも同実験と類似が指摘される、アイヒマン実験の名前が挙がっていることから高い確率で参考にしたものと思われます。

2つ目は『そして誰もいなくなった』を代表とするクローズドサークルものです。
これも作中に固有名詞が出ているので間違いないでしょう。

3つ目は参考にしたかどうかまではわかりませんが、やはり『バトルロワイアル』でしょうね。
ある女性のエンディングの行動が『バトルロワイアル』の主人公そっくりだし。

個人的にはこの3つを巧みに組み込んだプロットを作り上げられれば相当面白い作品になったと思うのですが残念ながらそうはなりませんでした。本作で展開されるのは結局のところ限定空間における殺人事件および推理劇で要は雪の山荘とか、つり橋が落ちたロッジとかその類のミステリーになってしまっているんですよね。
バイトのくだりや心理合戦はあまり活かされず、かといって本格というにはミステリーとしての出来はそこまででもないですし…。

あとはやっぱりラノベ的なキャラや設定がちょっと…というところです。最終盤の犯人及びダメ探偵のはっちゃっけっぷりがそこまでのテンションと違いすぎますし、金額の設定もいくらなんでも法外すぎないか?彼女があの金額ぴったりでないといけない理由ってのいうのもいまいちわかりませんし。(あそこまで稼いだのならちょっとどうにかすればあの程度の差額は稼げるだろうし)もしくはそれこそ心理戦であそこに留まる選択をとらせる説得(口からでまかせ)をすればよかったのだろうと思いますし。

率直に言って及第点は十分与えられる作品なんです。ただ期待値の高い設定を活かしきれていないのがただただ残念なんですよね。例えばこれを書いたのが貴志さんだったらページをめくるのが嫌になるくらい恐ろしい人間像を描いたと思うんですよ。
あるいは『ライアーゲーム』の著者や『嘘喰い』の著者が漫画化すれば原作より心理合戦の構図がはっきりして面白くなる気もします。
そんな作品ですから、この秋に公開される映画バージョンのほうがむしろ面白いかもしれませんね。


ちなみに私なら昼間はダイニングで半分ずつ寝て、夜は全員で誰かの部屋に集まり、見張りのロボットが来るときはジャグジーに隠れてやり過ごすことを提案します。見回りが成立したことからも部屋に居ないことが問題なのではなく、本来いてはいけない場所で発見さえされなければいいみたいですから。あのロボットもジャグジーはガラスを割らない限り進入できませんし、いくら暑くても30秒やそこらなら耐えられるでしょうから。多少面倒くさいですがこれでとんでもない金額がもらえるなら万々歳です。