ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)/伊藤 計劃

¥1,680
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☆☆☆☆
「一緒に死のう、この世界に抵抗するために」―御冷ミァハは言い、みっつの白い錠剤を差し出した。21世紀後半、「大災禍」と呼ばれる世界的な混乱を経て、人類は医療経済を核にした福祉厚生社会を実現していた。誰もが互いのことを気遣い、親密に“しなければならない”ユートピア。体内を常時監視する医療分子により病気はほぼ消滅し、人々は健康を第一とする価値観による社会を形成したのだ。そんな優しさと倫理が真綿で首を絞めるような世界に抵抗するため、3人の少女は餓死することを選択した―。それから13年後、医療社会に襲いかかった未曾有の危機に、かつて自殺を試みて死ねなかった少女、現在は世界保健機構の生命監察機関に所属する霧慧トァンは、あのときの自殺の試みで唯ひとり死んだはずの友人の影を見る。これは“人類”の最終局面に立ち会ったふたりの女性の物語―。『虐殺器官』の著者が描く、ユートピアの臨界点。(amazonより)

既に亡くなれている伊藤計劃さんの作品。
おおざっぱに説明すれば核戦争後に激減した人口を守るために生まれた「過剰な健康意識」とそれを主体とした「生府」なる組織によって運営されるの近未来を描いた作品。
設定としては作品の表に出ない部分も含めて細部まで良く出来ていると思うし、そういった世界像をストーリーの中でごく自然に説明できていると思う。

また、行き過ぎた健康社会は現在の嫌煙ムードや異常なほどの麻薬えの禁忌意識(例えばマリファナを吸って捕まった人間に対して「人として最低のの行為という言い方がされるが、世界には合法の国もある中で、それを殺人や強盗と同じにくくれるほど倫理を逸脱した行為と言えるのだろうか?)をさらに増長させたような世界像でもあり社会的な意識も感じる。
数年前に日本で制定された「健康増進法」がさらに飛躍された世界にも感じられ、この辺を意識しているのかな?という気も。

そういった社会の根底には病気が駆逐され皆が人にやさしいユートピア的な社会像であったり、それを守るための監視社会的な風潮であったりとか、テーマ自体は古典的なSFらしい作品でもあります。更に言うならそれを描くための手法もいわゆる「セカイ系」であり、新鮮さという意味ではそれほど感じない作品でもあります。

全体的には器用かつ丁寧に描かれた作品であり、SFにおける難どころであるウソの付き加減と納めどころを知っている作者だなという印象でした。

ただ起用は起用なんですが、最終盤に登場するこの作品の大ボス的な存在がなぜ心変わりしたのか?といった点が理解しがたく最終的な発散やカタルシス、あるいは作品的な意味におけるストレスを感じることが出来ませんでした。そもそもその人物の非常に特異な設定は通常の人間には気持ちを追いにくいものでこの作品おける役どころとしてはいまいち向かないのでは?という気もします。また最終的にあのような結末になったわけですが、大ボスとのやり取りを監視可能な技術を持っていたことから考えるとああいう結末になることにも違和感を感じます。
それとこれは表現方法の問題ですが最終的なやりとりの場面で大ボスがステップを踏みながら語るというのは如何にもそれっぽいキャラクターのそれっぽい所作ではありますがそれ故陳腐です。
全体的には器用ではあるものの、SFっぽいあるいはセカイ系っぽいという、それっぽい作品作りに終始して壁を一枚越えきれない作品という印象でした。