魔法使いの弟子たち/井上 夢人

¥1,995
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☆☆☆
山梨県内で発生した致死率百パーセント近い新興感染症。生還者のウィルスから有効なワクチンが作られ拡大を防ぐが、発生当初の“竜脳炎”感染者で意識が戻ったのは、三名だけだった。病院内での隔離生活を続ける彼ら三名は、「後遺症」として不思議な能力を身につけていることに気づき始める。壮大なる井上ワールド、驚愕の終末―。(amazonより)

岡嶋二人の片割れ(というか実質1人で書いていたわけですが…)井上さん9年ぶりの長編だそうです。
強力なウイルスに感染した主人公たちがそこから回復する過程で超能力を身につけるというSF的な構成なわけですが、そこ至る序盤の展開は見事でページ数は使わずしかし緊迫感や状況説明は失わずに描き切っています。
さてあらすじを読んでいただければお分かりになると思いますが本を読みなれた方や映画を見なれた方なら設定そのものに特別な目新しさは感じないだろうと思います。それどころかむしろ以下に挙げるような様ないくつかのストーリー展開のバリエーションすら予測してしまうことでしょう。

①ウイルスそのものが誰かの陰謀でその陰謀と闘う
②未知の力を手にした仲間のうちが良からぬことを企み闘う
③未知の力を手に入れたが故に迫害されうとまれる主人公たちの人生を描いた作品
④超能力は大きな代償と引き換え(例えば寿命が縮まる)であるにも関わらず超能力を使わざるを得ない状況に追い込まれ、その中でダイア用をクリアーするタイムリミットサスペンス
などなど

こんなあたりのストーリーあるいはこれらの複合体を想像されるだろうと思います。一番いいのは我々が想像すらしなかったようなストーリーが描かれることですが、そこまでいかなくとも 上手く描ききることが出来れば興味を引くテーマであることは間違いありません。実際中盤辺りまでは超能力の発現からそれを体得していく様が、現実にあることかの如くリアリティーを持って描かれておりページをめくる手が止められない状態に陥ります。
ただ物語が後半以降になると突然荒が目立ちます。というのもSFにおいては肝であり、最も難所でもある話の整合性が合わなくなり始めてくるのです。前にも書きましたがウソを重ねて作り上げるSFはその嘘どうしに整合性が成り立たないと途端にリアリティーや力を失います。この作品においてもそれが致命的に作用しており何でそうなるの?ということが連続して現れる後半になるとどうしても冷めてしまいます。またそもそもウイルス、超能力という設定を作っておいて後半闘うことになる相手があれっていうのもなんだかな~という感じだし。それとやっぱりラストですよね…。あの落ちはやっぱりまずいんじゃないかな~。まあ設定的にあれはありだとしてもあそこにも設定上の矛盾が生じているのは大きな減点ポイントでしょう。
如何に気になった点をネタバレありでいくつか過剰書きしますので未読方はご注意を。









・興津さんなんで若返ったんでしょうか…。木幡と同い年まで若返ったなんて説明がされてましたけど能力的なものが乗り移ると年齢が同じになるまで若返る必然性がないでしょね?そもそも乗り移っているのはカスター将軍だったんじゃないでしょうか?だから最終的に猿に乗り移ったわけで…。百歩譲って木幡の魂的なモノが乗り移ったから木幡に近づいたということを認めるとしたら、今度はカスター将軍が乗り移った木幡はカスター将軍と同年齢にあるかあるいは猿っぽくなるかしないとおかしいし、興津さんから乗り移ったボス猿は、興津さんの年齢くらいにならないと変ですよね?どっちにしても矛盾だらけなんだな…。

・エンディングで夢落ち的なことが明らかになるわけですが、あの説明はこれまで積み上げてきたものと矛盾します。なぜならあの予知通りになるとするなら、目覚めてすぐに千里眼の能力を使えるはずはなく、あの予知で体験したような訓練が必要になるはずだからです。
では一度予知の世界で体験したからできたのだという説明をつけるとしましょう。それはそれでおかしなことが起きます。主役の彼は予知の世界を見た後に目覚めたために、予知の世界とは違う行動をとろうとします。すると今後、予知の世界とは違う現象が起きるはずです。ということは予知は当たっていないことになります。「彼が予知をして行動を起こしたから未来が変わったんだ!」とお思いの方もいらっしゃるしょうが、時計を見つけた時のエピソードを思い出して下さい。予知をした結果彼が未来をかえた場合、それを含めた未来が見えるはずなんです。ということは序盤の説明と大きく狂ってしまうわけです。

・エンディング間近でめぐみは死を選ぼうとします。しかし彼女は世間から隔絶されたことを受け入れ生きてきたはずです。そんな中でも同じ力を持ち、愛する京介がいるから生きていこうと決心したのではなかったのでしょうか?それはあんな状況になっても何も変わらないはずなんです。それがみんな死ぬなら私も死ぬっていうのはいくらなんでも唐突にすぎ、キャラクター造形を壊してしまっています。更にもう1つ。そもそも致死率を20%に下げるワクチンがあるんでしたよね?そもそもあれほどの疫病が流行したにもかかわらずその後半年間でワクチンが2万人分しか作られていないという設定に無理があります。まあそれもいいとしましょう。2万人分しかなかったとしましょう。それでも2万人80%は生き残れるんだから最低1万6千人は生き残れるはずだし、京介の予知の中で人類が死滅するとされる数年間の中では最低でも世界中で更に数百万人分のワクチンが作れたでしょう。なぜいきなり絶滅?

・最後の突っ込みは少々趣旨がずれますが、危機的な状況の中で「マジで言ってるの?」「マジやばい」的な言葉遣いはやめません?危機感がぶっ飛びます。著者なりの若者理解なのかもしれませんが小説という作法にはあいませんし、身内同士はともかく警察相手には言わないでしょう。もっと言えばいい大人のはずの京介が警察相手に「めぐみちゃんはやってない」ってさ。めぐみちゃんって…。普通苗字にさんづけだろ、そこは。