日の名残り (ハヤカワepi文庫)/カズオ イシグロ

¥798
Amazon.co.jp

☆☆☆☆☆
品格ある執事の道を追求し続けてきたスティーブンスは、短い旅に出た。美しい田園風景の道すがら様々な思い出がよぎる。長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々―過ぎ去りし思い出は、輝きを増して胸のなかで生き続ける。失われつつある伝統的な英国を描いて世界中で大きな感動を呼んだ英国最高の文学賞、ブッカー賞受賞作。(amazonより)

この作家の作品は何年も手を出そうと思いながら、もったいない気がしてとっておいたままでした。(好きなものは最後に食べたい派です。)そんな作品についに手を付けた理由はこちらで数回紹介した『モンキービジネス』の村上春樹ロングインタビューでカズオイシグロの作品だけは新刊が出ると書店でハードカバーで買うといったことが書いてあったからです。

ここで書評に入る前に少しだけ著者の紹介をしておくと、名前でお分かりの通り、この作者は日本生まれです。(おそらく両親も日本人です)5歳までを長崎で過ごし、その後は渡英しイギリスで暮らし、イギリス人作家として小説家デビューします。ご本人の日本語能力は分かりませんが、日本で出版されている作品は本国イギリスで出されたものに訳者が役を付けています。イギリスではブッカー賞(イギリスで最も権威ある文学賞)などもとられているので、英語圏の作家として大成されています。

さて書評ですが、あらすじに紹介したように本書の主役は執事で彼に与えられた短い休暇期間中に初めてドライブ旅行に出かけた話です。と言っても別に老執事の珍道中を面白おかしく描いたわけではなく、イギリスに生きる人々や風景と触れ合いながら、自分自身の過去を振り返っていく物語です。率直にいって特別に大きな事件が起きるわけでもない本作はタンタンと進んでいきます。ただそこで描かれている職業人としての執事のあるべき姿論や、人々との交流によって描かれる心の機微は秀逸で純文学的な喜びと心地よさを与えてくれます。

しかし多くのページを費やした回想シーンと旅は最終章までの大きな複線でしかありませんでした。ラスト数ページでの主人公の心の動きに、多くの読者は「ああ、やっぱり」と思わされると同時に、悲しみにくれ、そして少しの安心を与えてくれます。

素晴らしい小説には特別な事件も大仰な仕掛けも必要ないのだな、っと改めて教えられましたね。ちなみにこの小説、イギリスの歴史や風土などについての知識があればより深いレベルで楽しめるでしょうし、もっと言えば本当のところはイギリス人でなければ味わえないのかもしれません。

モンキービジネス 2009 Spring vol.5 対話号/柴田 元幸

¥1,365
Amazon.co.jp

この作品を原作とした映画です。映画も本当に素晴らしいので是非です!
日の名残り コレクターズ・エディション [DVD]

¥1,225
Amazon.co.jp