完全恋愛/牧 薩次

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☆☆
他者にその存在さえ知られない罪を完全犯罪と呼ぶ。では、他者にその存在さえ知られない恋は完全恋愛と呼ばれるべきか?

推理作家協会賞受賞の「トリックの名手」T・Mがあえて別名義で書き下した
究極の恋愛小説+本格ミステリ1000枚。
舞台は第二次大戦の末期、昭和20年。福島の温泉地で幕が開く。主人公は東京から疎開してきた中学二年の少年・本庄究(のちに日本を代表する画家となる)。この村で第一の殺人が起こる(被害者は駐留軍のアメリカ兵)。凶器が消えるという不可能犯罪。
そして第二章は、昭和43年。福島の山村にあるはずのナイフが時空を超えて沖縄・西表島にいる女性の胸に突き刺さる、という大トリックが現実となる。
そして第三章。ここでは東京にいるはずの犯人が同時に福島にも出現する、という究極のアリバイ工作。
平成19年、最後に名探偵が登場する。
全ての謎を結ぶのは究が生涯愛し続けた「小仏朋音」という女性だった。

タイトルとは裏腹に、このミス第3位の作品ということで、面白半分で読んでみました。
それ程期待していなかったんですが、読み始めるとなかなか引き込まれました。幼い頃に、ある少女に恋をした男の生涯を描いた作品なのですが、「完全恋愛」というタイトルから想像するほど、ねちっこくもしつこくも情熱的的でもない感じで、良い意味でクールなんですよね。そうは言いつも彼の気持ちの強さが伝わってくるような物語が要所要所に挿入されることで、愛情の深さと想いの強さ自体は読者にも読み取れますし。またそういった物語も全景を描くわけでなく、良い具合に端折っているのがまた好印象です。その辺が、ありがちな恋愛モノとの線引きをしている感じです。また1人の一生を追ったストーリーということでドラマの特番や映画化にも耐えうる大河ドラマ、という印象もあります。

それだけ褒めておいて、何で星は2つなんだ、と思われるでしょうが、全体の10分の9程までは4つ星ペースでした。しかしラスト10分の1で作品のテイストが一気に変わってしまうんですよね。本作では3つの殺人事件が起こり、ラスト間際までその内2つのトリックは明かされません。1つにはそのトリックがあまりに出来が悪い、というのがマイナス要因の1つです。とは言え本作においてはミステリーは主要なパートではないので、トリックの出来が悪いことには目をつぶっても構いません。気になったのは、その明かされ方なんですね。ある人物が、自分にとって非常に大切かつ親しい人間が犯行を犯したのではないか?と疑っているわけです。しかも犯人と思われる人物は犯罪を犯していたとしてもやむえない事情があります。そこで彼がすることは、その事件の担当刑事と「こうこう、こういう理由であの人が怪しいと思うんだ」と話し合うんですね。しかも2人はもともと大のミステリー好きとかで、あの人を捕まえたいわけではなく純粋に犯行方法を知りたいだけなんだとか何とか心の中で語りながら。自分にとってとても大切な人が犯罪に手を染めたのではないか、という時、信じたいが故、絶望が故、恐怖が故、真相を知りたいという心境は理解できます。しかし彼は単なる好奇心を満たすために時効にもなっていないのに、担当刑事にその人物が犯人である可能性を語るわけです。これをされてしまうと、そこまで何百ページもかけて築き描いてきたその人物と犯人と思われている人物との間の関係性が何だったんだろうということになってしまうわけですよ。他にも最後の最後には現実離れした探偵が現れ事件を解決してみたりと、ラストでミステリーパートを一気に回収しようという感じで、ここだけ浮きまっくてしまっているんですね。しかも会話の端々に本格ミステリーがどうしたとかなんとか語り出して、これまでと丸っきり空気を変えてしまって、全部台無しって感じです。

なんか最近粗さがしをしては突っ込んでいるような感じになってしまっていますが、決してそういうつもりはないんです。その作品において主要でないパートの出来が悪いとか中だるみがあるとかなら目をつぶれるんですが、今作で言えばラスト近辺がそれまでに作ってきた物語を全部壊してしまっているんですね。すると必然的に残る印象はろくでもない作品だったなぁ。ということになってしまうわけです。今作に関しては正直、未解決のままでもいいから、なぞ解きはすべきではなかったと思います。それまでが秀逸な出来だったためになおのこと残念でした。