オシムの言葉 (集英社文庫)/木村 元彦

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☆☆
ハードカバーとして発売された時から気になっていた本なのですが、気付いたら文庫化されていたため購入しました。世間的には評価も高い本作ですが個人的には評価できるレベルの作品ではありませんでした。

まず第一に全編通して何にスポットを当てたいのかが全く見えてきませんでした。
ジェフに監督就任して選手との最初の顔合わせから始まる第1章はオシム、選手双方からインタビューをとっていてオシムの監督像やサッカー観を明らかにするモノでした。この段階ではこの本が向かう方向性はそこにあると思わされます。ところがそれが唐突にオシムの幼少時代の話になります。なるほどこれはオシムという人間を描いた作品なんだなと思っていると今度は急旧ユーゴスラビア情勢の話が延々と続きます。オシムはユーゴ代表の最後の監督であり激動の政情に翻弄された経験を持ちます。また当時自身の出身地であり家族を残しているサラエボで空爆があった逸話も有名です。こういった事象がオシムのキャリアを語る上で欠かせないことには納得です。それでもこのパートに当てられた分量は適切とは言いがたいですし、単に旧ユーゴの情勢について描かれた部分も多すぎます。

2つ目が文章の稚拙さを始めとした作家として、ライターとしての能力の問題です。
例えば前述した旧ユーゴ情勢のパートでは様々な地域の選手を招集したことを現すためにひたすら選手の名前を羅列し括弧付けで出身地域が書かれています。また当時の状況を表現するために日付と年号を付けて起きた政治的軍事的事実を時系列で現したりもしています。しかし本書は本来オシムを語る本であり、読者もそれを求めています。だとすれば選手の人数とその出身地域数を書けばオシムがいかに多様な地域から選手を招集したかは見えますし、例えば試合の前後の日付に起きた事象を書けば如何に困難な状況下で監督を務めたのかは見えます。
また事実描写が続いている中に唐突にインタビューが入り最後には作者の独白まで書かれていたり、唐突に視点や場面が切り替わり非常に読みにくいです。また大部分の選手が苗字で書かれているのにも関らず一部名前や愛称で表記される選手もいたりしてこの辺りにも統一性が見られません。
全体的にひどく散漫な印象を受けました。この原因が以上のような構成能力不足に起因しています。

3つ目がオシム礼賛色が強すぎたことです。
本ブログでもいくつか作品をご紹介したスポーツライターの小松成美氏は中田英寿から最も信頼されたライターでありながら彼の自伝的作品で彼にとってマイナスになるであろう事件のいくつかを描きました。彼女はその時、中田英寿との友人関係を解消することを覚悟し、プライベートな連絡先も全て消去したそうです。しかし結果的にその行為が彼から信頼を勝ち取り引退後に前作以降の自伝的作品の執筆を依頼されたそうです。1人の人間を取材対象とし執筆することはそもそもその人間に強い興味と敬愛を抱いているからこそすることでしょうし、取材する中で更なる愛着を持つのは当然です。だから幾分偏愛的になることは仕方の無いことです。しかし本書はそれにしても冷静な判断力を欠いています。裏取りという名目で幾人からインタビューをとっていますが、作者はそのインタビューを更に補強してまでオシムを褒め称えます。結論あり気で書くのであればノンフィクションの存在理由は何でしょうか?

散々書いてきましたが、本書で取り上げられているイシュー1つ1つは非常に興味深いものがあります。これが例えば「オシムというサッカー監督」を描いた作品、「サッカー監督であるオシム」を描いた作品、「サッカーから観た旧ユーゴ」という3つの作品に分解され、かつ補強を行えばどれもが面白い作品であったと思います。そういう意味では必ずしも悪い作品とは言えないでしょう。しかしノンフィクションとして純粋に質を評価するのであれば2つ星以下を付けざるを得ません。

中田英寿 鼓動 (幻冬舎文庫)/小松 成美

¥760
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